34. 懐かしい手
「ふーむ。女……か」
サーグは、黒水晶に映ったルシータを見てつぶやいた。
今、部屋の中で、先ほど放った闇の魔物たちの様子を見ていたのだが、魔物たちが取り囲んだせいでまぶしかった光がおさまり、光の戦士の姿がはっきりと黒水晶に映ったのだ。
そして彼は、もっと重要なことに気がついた。
「この女、もしやアルタミラ王妃の妹か?」
サーグは、ブライト王とアルタミラの婚礼の日を思い出していた。
たしか王妃の横に、頭に花の冠を載せて座っていたのが彼女だった。
二人が瓜ふたつだったことは、その席でも話題になった。
「名は……ルシータといったか」
そこで彼は大きく息を吸い込むと、心の中で魔物たちに命じ始めた。
『おまえたち。その女を殺すな。光の神殿におびき寄せるのだ。"思ヒ出喰イ"よ、おまえに任せよう』
それに応じる魔物たちの気配をとらえ、サーグは白目をむいてにっと笑った。
ルシータは光の剣を構えていたが、闇は一向に襲ってこなかった。
もちろん姿が見えるわけではない。
だが、明らかに引いてゆく気配さえ感じるのだ。
不思議に思い目を凝らすと、暗い森の中、思った通り、黒い渦巻きが消滅していくのが見えた。
そしてその向こうからこちらへ歩いてくる人影――。
それが誰かを知ったルシータは、驚きのあまり凍りついた。
「サイラス?!」
それはまぎれもなく、ルシータの恩人サイラスだった。
大きな頭、頑丈そうな肩の輪郭が、闇の中にぼうっと浮かび上がる。
「ルシータ、早くこっちへ! そこは危険だぞ」
懐かしいその声に、涙さえ出そうになったルシータだが、サイラスは死んだのだ。
いぶかる気持ちが先にたったのは自然だった。
「サイラス――なぜ? なぜダークキングダムの森に?」
するとサイラスは優しい声音で、
「おまえを助けに来たんだよ……このままだと、おまえはこの森で死んでしまう。
さあ、こっちへ来なさい。安全なところまで、わしが連れてゆく」
そして片手を差し伸べたのだ。
ルシータは信じた。
サイラスは自分を助け、導くために来てくれたのだ。
ルシータは、ついに懐かしいサイラスの手を取り、導かれるままについていった。
サイラスの手は、記憶の通り肉厚で、だが身が震えるほどに冷たい。
やがて目の前に大きな、空に伸びるように尖った屋根のある建物が黒い輪郭を持って現れ、ルシータは思わず、
「ここは……?」
と聞いた。
「覚えていないかい? 光の神殿だよ」
サイラスはそう答え、ルシータの手を握ったまま扉を開け中に入る。
「なぜ……なぜサイラスが知ってるの?」
そのとき、サイラスは振り返ってにやりと笑った。
まわりの闇がぐにゃりとゆがみ、神殿の白い柱をよこぎっていくつもの黒い影が飛びまわるのをルシータは見た。
サイラスが頭から消えてゆき、つながれていた手からルシータの全身に闇が広がって、ルシータは悲鳴を上げて意識を失った。