33. 動き出す闇の魔物
朝からレギオンはルシータの顔を見ようともせず、ハラートは一言もしゃべらない。
ルシータは、ひとり気を遣って明るく話しかけていたが、もう限界だった。
「何なのよ、あんたたち! いい加減にして!」
森中に響くぐらい、大きな声だった。
「やる気がないなら、もどるといいわ! こんなんで、ダーク王に勝てるわけない……
何が"光の戦士"よ――もういい、ひとりで行くわ!」
そうして後ろにベルナデットを乗せたまま、馬を駆った。
「おい、ルシータ!」
レギオンの声もすでに届かない。
飛ぶように走っていってしまった。
へまをした、というように頭に手をやり、レギオンは自身に悪態をついた。
「まったく、男二人が何をやってるんだ! ――ああ、ちくしょう!」
横でハラートが深い息を継ぎ、力なく笑う。
「すまない。本当に情けない……ルシータは頑張ってくれているのに」
「ああ、おれも自分の弱さに辟易するさ。ハラート、とにかくルシータに追いつこう」
それから二人とも懸命に馬を駆り、ルシータに追いつこうと試みたが、結局ダークキングダムの森の入り口まで来てしまった。
まわりには、誰の気配もしない。
「これは相当怒らせたらしいな。ルシータは、わたしたちを完全に見限ったようだ」
「……ったく。あいつ、本当にひとりでダーク王を討つ気か。信じられん」
さすがに二人も落胆を隠せず、その先を眺めやる。
そこからは線を引いたように、まったく世界が違っていた。
緑の森はぷっつりと終わり、真っ黒な葉をつけた高い木々の森が、まるで洞窟の穴のように口を開けて続いているのである。
瘴気であろうか、煙のような白いもやも漂い、光も射さないその森は、まさに死の森だった。
「ルシータ! おい、いるのか、ルシータ!」
だが返ってくる声はない。
ハラートが馬のひづめの跡を見つけ、
「ルシータの馬だ。森の中へ続いている」
と指差す。
「どうやらやっぱり、ひとりで行ったらしいな……まずいぞ、ベルナデットもいないし。一気に駆け抜けるか」
しかしハラートは首を横に振ると、
「いや、ダークキングダムの馬でなければ持たない。瘴気にやられてしまうだろう。
――レギオン、これを」
そう言って懐から取り出したのは、薄いケープだった。
「これで鼻と口を覆うんだ。我々はここを通るとき、いつもこれを使う。ただし、ここからは徒歩だがね」
「わかった……ルシータ、無理するな。無事でいてくれ」
レギオンはケープを受け取ると、しっかりと顔に巻きつけ、いよいよ二人は森に入っていった。
「ルシータ……。ほんとに気味悪い森ね。何にも見えないし」
ルシータたちを包むベルナデットのシールドは、ほのかに光っていたが、先を見とおす灯にはならない。
いやむしろ、手元ばかりが明るいために、かえって森の中が見えないのだった。
「ええ。走り抜けるなんて、とうてい無理だったわね。あんたのシールドがあってよかった」
「でも、ねぇ、ルシータぁ……やっぱり二人を待った方がよくない?」
恐る恐るそう言うベルナデットに、だがルシータは返事をしなかった。
ずっと、心の中で怒っていたのである。
(――レギオンの馬鹿。ハラートの弱虫。あんたたちに光の戦士の資格なんてないわよ)
そのとき闇の中で、さらに濃い闇が動く気配がし、馬がいなないて前足を上げた。
「きゃああん……!」
「落ちないで、ベルナデット!」
とっさにベルナデットを引き上げなおしてから、すぐさま馬を降りたルシータは、剣を抜き身構えた。
「ベルナデット、わたしにシールドを! あんたは入り口に引き返すのよ、早く!」
「ええっ?!」
「早くシールドを!」
「え――えいっ」
引き返せと言われて戸惑ったベルナデットだったが、言われたとおり、ひとまずルシータにシールドを張った。
ルシータの全身を薄い光が取り巻いたとき、すぐにルシータは馬の尻を叩いて、
「レギオンたちに知らせて!」
と叫んだ。
「……きゃん! ルシ――」
見る見る光に包まれたルシータが遠ざかってゆく。
返事をする余裕もなく、ベルナデットは森の入り口に向かって走り出した馬にしがみつくしかなかった。
(――ルシータ、無事でいて!)
そう祈りながら。