31. 白い流れ星
森に静寂はもどったものの、血の匂いがあたりに満ち、三人は休息の場所を変えるしかなかった。
ダークキングダムの森に入る前に、一泊することにして。
「近くに池がある。体を洗おう」
「案外、綺麗好きなのね」
レギオンをからかったつもりはない。
だがいつもなら一言返してくるレギオンが、今は何も返してこなかった。
もうあたりは人の区別がつかぬ暗さである。
三人は共に池で体を洗い、焚き火をたいてそれを囲んだ。
黙々と夕食を取る間、元気なのはベルナデットだけである。
彼女はひとしきり、さっきの戦闘の凄さを物語り、それから炎に照らされているルシータに言った。
「ねえ、ルシータ。そうしてると、とっても綺麗」
「は?」と言って顔を上げると、ベルナデットがにこにこしている。
「だって、いつも髪を後ろで束ねてるでしょ? そうやってほどいてると、綺麗だわよ」
ルシータは濡れた髪を乾かそうと、櫛を入れつつ炎の前に座っていたのだ。
亜麻色の髪がゆるいウェーブを描いて胸の上を覆い、腰のあたりまで流れていた。
濡れているせいで、黒髪にも見える。
「つまらないこと、言わないで」
そう言いながらも、目はレギオンをちらりと見る。
彼は焚き火をはさんでルシータの前に座っていたが、先ほどから絶対に目を上げようとしないのだった。
ハラートもだ。
ハラートも目線を落としたまま、一言も口をきかない。
理由はわかる。
さっきの闇の兵士から聞いた何かが、ハラートの心に引っかかっているのだ。
そしてレギオンは、彼が衝撃を受けたわけを追求すべきか迷っている――。
だが、レギオンの口から出た言葉はまったくルシータの予想を外れていた。
「今夜はもう休もう。明日は一気に森を抜けるぞ」
ハラートが顔を上げ、ルシータも驚きを隠さずレギオンを見た。
「おまえたちは先に休め。おれはやつらを見張っている。あとで、ハラート、おまえを起こすからな」
「あ……ああ。わかった」
ハラートは横になると、マントを被った。
「わたしも寝ようっと」
言うなり妖精はまた露になって、どこかへ消えた。
「ルシータ。おまえも寝ろ」
やはり顔は見ないで言う。
ルシータは静かな声で返した。
「まだ髪が乾いてないの――レギオン、先に寝て」
炎の照りかえりが、レギオンの金髪に濃い陰影を作り、彼の顔をふちどっている。
まるで苦悩するような表情が浮かんで見えるのは、気のせいだろうか?
「ルシータ――」
いきなりレギオンが自分の名を呼び、ルシータはどきりとする。
以前にはなかったことだ。
自分はどうしてしまったのだろう?
「おれはなぜあのとき、ブライトキングダムを離れたんだろうな? 何があっても、アルタミラの側を離れるべきじゃなかったのに。
おれは、ブライト王を憎んだ。光の国がどうなろうと知ったこっちゃない……と。
だがおれは間違っていた。おれは、離れるべきじゃなかったんだ」
そうして顔を上げ、彼は今夜初めてルシータの顔をしっかりと見た。
「ルシータ、君はおれの記憶の中のアルタミラにそっくりだ。あのとき、君はまだほんの少女だったのに」
(――どういうつもりで、そんなことを?)
ルシータがそう考えている間にレギオンは横になって、マントを被ってしまった。
「じゃあ悪いが、頼む……適当に起こしてくれ」
ルシータがため息をついて夜空を見上げると、白い星が流れて消えた。