30. 森の中の小競り合い
「しっ!」
そのとき、ハラートが身を硬くして、皆に聞き耳を立てるよう合図した。
一瞬で緊迫する。
だが四人が立ち上がったときにはすでに、黒馬に乗った闇の兵士の集団が、そのまわりを取り囲んでいた。
かろうじてベルナデットだけは、露に姿を変えてどこかに消えたようだ。
三人は、とっさに鞘から抜いた剣を構えて対峙した。
隊長と思われる、黒兜をつけた男が進み出て問う。
「おまえたち、ここで何をしている」
そして、ハラートの赤毛に目を留めた。
「ほほう、これはこれは。もしや、ハラート戦隊長どのか?」
にやりと笑い、男は兜を脱ぐと、馬上で頭を軽く振った。
が、柔らかそうな黒髪は、汗に濡れた額や頬にへばりついてたままだ。
ハラートと同じくらいの年ごろのその男は、髭のないすっきりした細い顔をしていたが、目だけは鋭く光を放っていた。
「レゴラス――!」
その男は、かつてハラートのライバルとでもいうべき男だった。
ハラートにはそんな気はなくとも、レゴラスの方が常にハラートに対抗意識を燃やし、何かにつけて挑んできた。
ハラートがアリーナに推されて戦隊長の任についた日、レゴラスはハラートに、永久に消せない敗北感を植え付けられたのだった。
レギオンが闇の兵士に飛びかかろうとするのを、ルシータが制す。
「待って! まだ相手はわたしたちのことを敵だと思ってない。もう少し様子を見ましょ」
剣を下ろすと、ハラートはレゴラスの前に進み出た。
「レゴラス、聞いてくれ。今のままでは世界はだめになる。詳しいことは話せないが、どうか通してくれないか」
ふん、と鼻を鳴らすと、レゴラスは、
「どんな理由にせよ、おまえは黙ってダークキングダムから脱走したのだ。おまえはもう戦隊長でも何でもない。
――そうだ、ハラート。いいことを教えてやろう。
アリーナ姫は、新しい戦隊長ナビル将軍と結婚したぞ。もうじき子も生まれる」
ハラートは、まるで雷に打たれたかのように直立し、その顔は見る見る色を失っていった。
さらにレゴラスは、馬から降りると剣を抜き、
「ハラート、決着をつけよう。今ならおまえを倒しても、おれの罪にはならん――おまえはただの脱走兵だからな!」
そうして振り上げた剣は、ルシータの剣にとめられた。
二人の剣から、光が飛び散る。
「くそっ、邪魔をするな!」
「やめて! さっきハラートが言った通りよ、このままだと世界は闇に包まれてしまう。わたしたちを通しなさい!」
「ほほう」 レゴラスの瞳がきらりと光った。
「やはりおまえたちは、光の手先か」
そして闇の兵士たちに命じる。
「やれ! こいつらを殺すのだ!」
一斉に馬を降りた兵士たちが剣を抜いて三人に迫ってきた。
彼らの剣は刃までも黒く、そこから時折、ぼおっと赤い炎が上がる――魔剣だ。
「おい、注意しろ! あれに触れるなよ、どうやら火傷じゃすまないぜ!」
レギオンの声にルシータはうなずいたが、さっきから生気を失ったようなハラートが気になって仕方がない。
「ハラート、どうしたの? しっかりしてよ!」
そう言う間にも、闇の兵士がルシータに斬りかかってきた。
ルシータは右に身をかわしながら、ハラートにわざと体を当てて叫ぶ。
「ぼんやりしないで! 死にたいの?! ――しっかりなさい、『銀の車輪』!」
と、ハラートにかかっていった二、三人の兵士が、いちどきに胴体を薙がれて倒れ伏した。
振り向いたルシータは、瞬時にして燃え上がったハラートの剣気を見たのだった。
彼のオーラと一緒に、剣までもが銀色に光りだしていた。
(オーケー。いつものハラートだわ)
レギオンはといえば、彼はいつものごとく派手に立ちまわっている。
彼の手の中の剣も黄金に輝き、容赦ない音を立てながら、次々と相手を倒してゆくのだ。
リズミカルに、いかにも楽しそうに剣を振るうのが、彼流だ。
レギオンの力により、折れた魔剣が四方八方へと飛び散っていった。
「!」
ルシータの足元を狙い、レゴラスが剣を走らせた。
とっさに飛び上がり、それをよける。
それから地面に転がって、さっと立ち上がった。
「女と思って、馬鹿にしないでよっ」
ルシータの中で、女剣闘士の血が沸き立ったかのように、その動きがぐんと加速する。
光の剣は薄い青を帯びた輝きを放ちながら、空間を縦横無尽に走り出した。
その間合いに入った兵士は、ことごとく斬られ倒れてゆく。
「くそっ……」
まずは力の弱そうな女から、と考えたレゴラスは自分の読みがはずれたことに焦り、後ろを振り返った――と、そこにいたのは――
レゴラスは、その一瞬で、今までハラートに挑んできた自分が間違っていたことを知った。
ハラートの本気の殺気というものを、もしももっと前に見ていたら――
それ以上考える前に、レゴラスの頭は茂みの中に転がっていた。