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29. 森の木漏れ日

 数時間後、セルディンが贈ってくれた馬に乗り、彼らは北へ向かっていた。

 

 低木の茂みを歩く速度で行きながら、ルシータはハラートに話しかけた。


「ハラート、ダークキングダムまで安全に行ける? ダーク王や闇の兵隊たちに見つからないように」

「なるべくならそうしたいところだが……すでにダーク王は光の封印が解かれたことを知っている」

「だから、むつかしいというわけか」

 ハラートはうなずいた。

「おそらくあちこちに兵士を放っているはずだ。それに、サーグという闇の魔術師がいる。彼は厄介だぞ」

「というと?」

「サーグは闇の魔物を自在に操る力を持っているんだ。ダーク王でさえ、サーグの力は警戒していた」

「闇の魔物?」

 ルシータの胸元で、露に姿を変えたベルナデットがぶるると震える。

 ハラートはうなずき、

「ああ。いろんな魔物がいる。ダークキングダムの闇の中では、邪悪な力を持つものが絶えず生まれてくるんだ。

 たとえば、動物にとりつき、血や精気を吸ってしまう魔物。それから、人の欲望を見抜き、それをどんどん大きくさせて破滅に誘い込む魔物。人の思い出を利用して、幻覚で惑わせる魔物もいる。

 サーグはそれらを、必要に応じて抑えたり、召集したりできるんだ」


 

 馬を走らせて三日目の午後、彼らは深い森へと入った。

 まだ春が完全に来たとはいえない季節なのに、緑が濃く、いくすじもの木漏れ日が木々のこずえからまっすぐに射し込んでくる。

「美しい森ね……ここは、元ブライトキングダム?」

「うーん。なんか、懐かしい気がする。ベルナのルーツは、きっとここだわ」

 今は姿をあらわして、ルシータの後ろで馬にまたがっているベルナデットである。


「だがもう少し進めばダークキングダムだ。そこからは壮絶な光景に変わる――言っておこう、ダークキングダムには生きた木などない。森に満ちた瘴気の中に長くいると、命の危険さえある」


「えへん」

 そこでベルナデットが咳払いをし、

「みなさん、わたしが妖精だってことを忘れてもらっちゃ困るわ。わたし、光のシールドが作れるのよ」

 得意満面の笑みを見せる。

「ほー」

 と、レギオン。

「素晴らしい。なぜ今まで黙ってたんだ? 十分役に立つじゃないか」

 妖精は肩をすくめ、

「だって今までシールドが必要だったことがある?」

 そして付け加えた。

「残念ながら、たいした力はないの。せいぜい水と空気を防げる程度」

「上出来、上出来。頼むわね……じゃあここらで休んでいく?」


 ルシータの言葉に、皆馬を降り、最後の作戦を練ることにした。

 森を一気に抜けたら、そこはもうダーク王の居城なのだ。



(アリーナ――君はどうしている?)


 狂気の王が、娘のアリーナにだけは愛情をそそでいることを、ハラートは知っていた。

 それゆえアリーナも、父王の元を離れなかったのだ。


 その王を、今から自分は仲間と共に、倒す。


 ここまできても、ハラートには「自分の心に揺るぎはない」と言い切る自信がなかった。

 自分はとてつもなく情けない卑怯者であるという思いが、ハラートの苦悩を広げていた。



「思い出してきたわ、あのころのこと」

 木の根に腰掛けていたルシータが、ふと睫毛を伏せた。

「わたし、よくアルタミラ姉さまと森へ来たっけ。幼いわたしが木の根につまづいて転びやしないかと、いつも手を握ってくれていた……とても優しい手だったわ」


 レギオンは草の上に寝転がっている。

 上から降ってくる木漏れ日に目を細めながら言った。

「おれが彼女と出会ったのも、森の中だった」

「王妃様と?」

「ああ。泉で水を飲んでいたおれの耳に、澄んだ美しい笑い声が聞こえた。その声に導かれるように行くと……彼女がいた。その側には多分、ルシータ、君がいたんだろうな。おれが近づくと、彼女は振り返ったんだ、長い黒髪に光を躍らせながら――そして微笑んだ、天使のように」


 ルシータは黙っていた。

 そんな昔からレギオンと会っていたということが、信じられない。

 その驚きは、レギオンの記憶の中に自分が残っていなかったことを悲しむことすら忘れさせた。


 今も、レギオンの心に生きている、アルタミラ姉さまの笑顔。

 どのみち自分はその思い出には勝てない。


「遠い昔のことだ」

 ルシータの沈黙の意味に気づいたようにレギオンは言って、自ら話を折ろうとした。

 それをルシータはわざととめた。

 辛くても、切なくても、なぜかこのまま話を続けたかったのだ。


「姉さまはあんたを愛していたわ、レギオン。わたし、あんたの記憶の中の姉さまを、もっと知りたい」


 するとレギオンは、ルシータをじっと見た。

 その瞳は困ったようであり、寂しそうでもある。

 だが結局彼はごまかし笑いをし、手をあげて言った。


「やめよう。――おれはこれでも、デリケートなんだぜ」


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