28. 金色のレギオン
まだ雪は残っていたが、春は近づいている気配があった。
ルシータたち三人は、いよいよダークキングダムに向かって旅立つことにした。
「ほほう。馬子にも衣装とは、このことじゃな」
バールが三人を見て、にやにやと笑う。
クラウディアの縫ってくれたレギオンとハラートの衣装の胸の部分には、車輪と葉がデザインされた刺繍がなされており、ルシータのそれには車輪のない二輪馬車と、それを守る光が、見事に刺繍されていた。
その上に、それぞれの鎖帷子とマントをつけ、光の剣を佩いたその姿は、どこから見ても立派な戦士だ。
「ハラートが素敵なのはわかっていたけど、レギオン、あなたってハンサムだったのね!」
浮かれたベルナデットが大げさに驚いてみせた。
「ベルナ、迷っちゃう!」
「何を迷うんじゃ?」
怪訝そうに片目を瞑りながら聞くバールに、ベルナデットはまた大きく目をむいて、
「もちろん、どっちの肩に乗っていくかよ。――ああ! どっちにしよう」
ルシータが慌てて中に入る。
「ちょっと待ってよ。ベルナデット、あんたも来る気? とめてよ、バール」
だがバールは涼しい顔である。
「ま、いいじゃないか。何かの役には立つだろうて……おお、ほれ、『金の車輪』もうまく見つけたろうが」
すると、『金の車輪』レギオンは言った。
「今ごろ気づくたぁ、許せんね。ベルナさんよ、あんたの乗り物は、あっち」
その親指の先に『銀の車輪』ハラートがいる。
銀の光に包まれたかのような全身に、彼の赤毛が際立っている。
その端正な面立ち、彼の薄青い神秘的な瞳に見つめられれば、きっとどんな者も――男も女も、奇跡に出遭ったと思うに違いない。
(実際、こんなに美しい戦士はいないわね)
幸せそうな妖精の笑顔を見つつ、ルシータもハラートに感心したが、それでも気になったのはやはりレギオンだった。
今の彼に"死神"を見出すのはむつかしい。
『金の車輪』は金色の光を放ち、自らが輝いているように見えた。
ハラートが月なら、レギオンは太陽だ。
(彼の波打つ金髪――姉さまは、あの髪に指をからめてキスしたのかしら?)
初めてルシータの心がうずいた。
「やっぱり、ルシータに乗っていく。だって、わたし、ルシータの守護妖精だもん」
ベルナデットの声に、ルシータははっと我に返った。
「自分で歩く、っていう選択はないのか?」
半分あきれたようにレギオンが言う。
「飛ぶっていう選択とか」
ハラートも乗ってきた。
「ないの。この羽根は、妖精の証拠についてるだけだから」
つんとして答えたベルナデットに、二人とも楽しそうに笑っている。
そのとき、バールがじっと自分を見つめているのに気づいて、ルシータはちょっとどきまぎした。
「何? 何か変?」
ルシータが若い女性だということを配慮してか、クラウディアは、ルシータの衣装の襟ぐりと肩口のところに白いレースをつけてくれていた。
それがいつものルシータのイメージと少し違って、女性らしさをかもしだしてくれていたのである。
さらに水晶の鎖帷子は、武具というより胸元を飾る宝石そのもののように輝いている。
突然バールが、よよよっと泣き崩れ、
「アルタミラ王妃に生き写しじゃ……のう、『金の車輪』。そなたもそうは思わぬかのう」
だがレギオンは、ルシータの方は見ず、軽い調子で答えた。
「いや。アルタミラはもっとエレガントだったからな。そんなふうに男の格好をしたことなど、一度もない」
いつもなら取り合わない。
本当のことだ、笑って平然と受け流す。
だが今は、なぜかそれができなかった。
悔しさが口をついて出た。
「悪かったわね、こんな格好で! でもこれがわたしよ! 男顔負けの女剣士だわ――ほうっといて」
そして、涙まで出てきた自分に驚いて、ルシータは慌てて顔を背けた。
背中でレギオンが驚いた気配があり、ハラートの視線が自分の心をすべて見透かした気がした。
咄嗟にルシータは明るく振り返り、笑った。
「――さあ、出発しましょう。くだらないことを言ってる時間はないのよ。ダーク王を倒すんだから」