22. 雪の塔
雪は灰色の雲から次々と落ちてくる。
数ヶ月前、まさにハラートが立っていた塔の上に、アリーナも立っていた。
降り積もる雪が、目の前の森ばかりでなく、この塔の上もをすっかり白く変えている。
兵士たちの間では、「若い戦隊長は光の封印が解かれたことで、怖気づいてさっさと逃げ出したのだ」と噂されていた。
だがアリーナには、彼が自分にさえ一言のわけも言わずにこの国を出て行ったことが信じられなかった。
「どうしてなの……ハラート? なぜ、わたしを置いて?」
アリーナの胸に、ハラートを戦隊長にと強く推したことを後悔する気持ちが湧き上がっていた。
そのせいでハラートをねたむ者が多くいたことは事実だからだ。
彼はそのことで、自分を恨んでいたのだろうか?
何も考えられなくなって、アリーナは薔薇色の唇をきゅっと噛んだ。
「ここにおられましたのか、アリーナ王女」
そのとき、狡猾そうな高いトーンの声が背後から響き、アリーナははっとして体を硬直させた。
振り返る気はしなかったけれども、かろうじて顔だけを向ける。
するとそこには、一面真っ白い中に黒く不吉な細い影が立っていた。
影は、口の端を薄い笑みに歪めながらこちらを見ている。
「何の用? サーグ」
サーグは「闇の神殿」に棲む、闇の魔術師だ。
闇の魔物を従える強い力はあるが、性格が尊大で、常に獲物を横取りしようと狙っているキツネのようなずる賢さが、アリーナは大嫌いだった。
そして何よりも、彼の目――
まるで盲目のようなその瞳は、やや黄色を帯びた白色なのである。
見えているのかいないのか、わからないような視線を向けられるだけで、全身に怖気が走った。
再び彼は、粘りつくような声で言った。
「王が捜しておられましたぞ。何でも、前戦隊長にかわってナビル将軍を任命したいとのこと……どうやらほかにも、アリーナ様にお話が」
(おまえのそのしゃべり方、いらいらするわ)
叫びたい苛立ちを押さえ、アリーナは毅然と魔術師を見返す。
「それよりも、サーグ。ハラートの行方はまだわからないの? おまえともあろう者が、そんなこともつかめないなんて」
「これはこれは、アリーナ様」
サーグは大仰に礼を払った。
「大変申し訳ございません。どうしたことか、彼の姿は一向に見えないのです。魔物たちにも捜させてはおりますが、いまだ情報はなく、わたしの黒水晶にも、ただ強い光が映るのみ――
あるいはもう、彼はこの世にはいないのかもしれませぬな」
「生きてるわ!」
今度こそ、アリーナは叫んだ。
「ハラートは生きている、わたしにはわかる! 捜しなさい、何としても。いいわけは許さないわ!」
片方の眉を面白そうに上げると、サーグはより深くお辞儀をし、一歩退いてアリーナを通した。
溶けた雪が、黒いドレスに静かに沁み込んでゆく。
城の中に入り、だが体ばかりか心まで凍えてしまったように、アリーナは感じていた。
こんなにもはっきり、ハラートが生きているということを感じられるのに、確信は持てない。
ハラートの心まではつかめない自分が悔しかった。
微動だにしない兵隊の居並ぶ廊下を通り、玉座の間へ入る。
と、玉座の下にナビル将軍が立っているのが目に入った。
ナビル将軍は、アリーナから見れば父王と同じくらいの齢で、しかしさすがに筋骨の隆々とした武人である。
たくわえたあごひげのせいか、顔も締まって見え、全身からは強いエネルギーを発しているようだった。
そのせいか、年よりは若く見える。
今、将軍は片手に兜を持ち、黒々とした甲冑に身を包んだまま、こちらへ歩んでくるアリーナを悠然と見ているのだった。
「おお、アリーナか」
ダーク王が立ち上がってアリーナを迎える。
今日はめずらしく機嫌がいい様子だ。
「ナビルは今、リディアバランの町でひと働きしてきたところだ。あの町の人間どもは、皆強く光の復活を願っていたらしい」