20. 妖精のお気に入り
これから季節は冬へと向かう。
それゆえ、ダークキングダムのある北へ向かうのは、春が近くなってからにしようと三人で決めた。
まず彼らが取り掛かったのは、バールの小屋の近くに自分たちの住む家を建てることだった。
ハラートは街が合わないらしく、レギオンですら、もう「ディエゴの家」には戻る気がしなくなっているらしい。
日に日に仲間意識を強くしていったブラツキーもこの計画には大乗り気で、子供のようにはしゃいでいるのだった。
「最初にルシータの家を建てよう。レディ・ファーストだからな」
ブラツキーは、うきうきとそう言ったが、ルシータは断った。
「いえ、まずハラートの小屋にしましょう。あんたと一緒で、彼、辛そうだから」
「え?」 と眉をハの字に下げたブラツキーの背中を、パンと叩き、
「冗談よ。でも、彼には街より森の方がいいみたいなの。ねっ、お願い。協力して」
もちろん、家と言ってもたいそうなものではない。
一冬を乗り切ればいいだけだ。
それに、誰も口には出さないが、ダーク王と対峙して生きて帰れる保証もない。
もとより戦士である三人は、これまでも命ぎりぎりのところで生きてきて、いまさら特別な感傷があるわけでもなかったが――。
それより今は、ダークキングダムの情報が必要だ。
「ハラート、ダーク王は王女に危害を加えないかしら?」
無事にハラートの住む小屋が完成した日の夜、バールがお祝いにふるまってくれた秘蔵のハチミツ酒を飲みながら、ふと、ルシータが聞いた。
ハラートがひとり、やっと住めるだけの小さな小屋に、今全員が集まって賑やかしているのである。
石造りの、かろうじて暖炉と呼べるところには赤々とした火が燃えていた。
「王女様のご様子は、水晶にも映らないんじゃ。ただまぶしい光が見えるのみ――。
『銀の車輪』よ、わしも知りたい。そなた、王女様を見たことはないか」
「そうよ、早く助けなくちゃらめ。王女様が死んじゃったら、あたしも死んじゃうんだからぁ……」
ブラツキーと意気投合し、互いに酌をしながら飲んでいた妖精は、すでに酔っ払っている。
バンバンと、ブラツキーを叩き出した。
「ちょ……痛いじゃんかよ、ベルベル。やめてくれよォ」
それを見たレギオンは、杯を掲げ、
「おう、おまえら気が合ってるな。いいことだ」
愉快そうだ。
「違うの!」
すると妖精がいきなり立ち上がった。
「こいつはレギレギがいいんだって! かんぺきに変よねっ」
「レ、レギレギ……?」
ちょっとルシータの頬がひくついた。
ベルナデットは、目をすわらせてルシータをぐっと見ると、指をさし「ルシルシでしょ」、さらにバールをさし「バルバルでしょ」、最後にハラートまでさして、「ハラハラ!」。
それからついに叫んだ――
「ブラブラは、レギレギが好きなのよう……!」
ブラツキーがベルナデットを締め上げる勢いで「ばらしやがったな!」と言うのと、レギオンが沸騰して怒鳴るのは、ほぼ同時だった。
「てめえら……出てけ! 頭冷やして来やがれ!」
「キャーっ、怖いっ。助けて、ハラハラーっ」
なぜかハラートに飛びついたとたん、ベルナデットの姿はふっと消えた。
「ほっほー。露に姿を変えおったわい。相変わらず、逃げ足の速い妖精じゃて。……ほれ、そこにおるわい」
するとハラートのブラウスの襟できらりと光った露がぶるりと震え、そこから小さな声がした。
――『あたしは、ハラハラがいいわ!』