1. 魔女バールの水晶
「ベルナデットーっ!」
ここはグラダナルの村はずれの森の中。
細い木の枝にびっしりと覆われた奇妙な小屋に住む年老いた魔女、バールの癇癪炸裂の叫び声が、今日も響いた。
近くの木の上からひょいと降り立ったのは、妖精ベルナデットである。
ふっくらと膨らんだ、ホタルブクロを思わせる袖から伸びている白い腕に大切そうに抱えているのは、彼女に不似合いな大きな酒壺だった。
「ベルナデット、待ちや! ベルナデット!」
「ここまでおいで――バール婆さん」
妖精は、ラベンダー色の綿菓子のような髪と背中の透明な小さな羽根を震わせながら、バールに向かってあっかんべをしてみせると、酒壺を抱きなおしてすたこら逃げ出した。
「ば……婆さんとはなんじゃ! わしは大魔女じゃぞ! おまえごとき妖精に馬鹿にされてたまるかっ。わしのハチミツ酒、返せっ」
「いいじゃない。バールのけちんぼ」
「だれが、けちじゃと? そのハチミツはな、苦労して集めた熊ん蜂のミツなんじゃ。おまえになど、やれんわい」
「だって、これ、おいしいんだもん」
バールが文句を言う側から、ベルナデットは舌なめずりしつつ、酒壺のふたを開けようとしている。
「やめやっ、このいたずら妖精……おおっ!」
と、そのとき、バールは胸を押さえると、その場にばったり倒れ伏した。
「ど、どうしたの?! バール」
「し……心臓発作じゃ……く、苦じい……」
「バール! 大丈夫? しっかりして」
……とベルナデットがバールの側へ戻った瞬間――
「ほうれ、捕まえた!」
「あっ。騙したな!」
じだばたあがくが、後の祭り。「ほっほー」と、バールは得意そうに笑った。
「まったくもって、悪い子じゃ! 十年前、ブライトキングダムが滅んだとき、おまえたち妖精を助けたのは誰だと思っておる? この婆じゃぞ。もちっと感謝せい!」
そして、「ぱこっ」とベルナデットの頭を叩く。
「あたっ! ……だってぇ。わたしはそのあとに生まれたんだもん」
「そうじゃったな。光の国から逃れてきた光が、葉の上の朝露に宿って生まれたのじゃったな。じゃがおまえが光の国の妖精の末裔であることにかわりはない」
いまやベルナデットは、バール秘蔵のハチミツ酒を飲みそこなって半泣きの態である。
口を尖らせ、ぶつぶつと文句を言った。
「もう。いつもそれを言うんだから。聞き飽きちゃったわ」
そしてバールの肩越しに小屋を見やって、あっと息を呑んだ。
「バール! 小屋が……光ってるわ!」
「なんじゃと?」
振り返ったバールの目にも、白銀の光を四方八方に放つ、我が小屋が映った。
「おおっ、水晶じゃ。水晶が光り出したのじゃ!」
言うなりバールは飛んで小屋に戻り、ベルナデットもその跡を追う。
すると小屋の中で、たくさんの書物や薬草に囲まれて、大きな水晶がたしかに白く光っていた。
二人がのぞき込むと、もやのような渦は、やがてたくさんの尖塔が空に向かってそびえたつ白亜の城を形作ったのだった。
「光の城……ブライトキングダムじゃ」
「あれが? じゃ、あそこにいるのは……」
水晶は、城のバルコニーにたたずむブライト王とアルタミラ妃、そしてブライト王の腕の中のライレーン王女まではっきりと映し出していた。
バールは思わず感極まった声を上げ、両手で顔をおおうとさめざめと泣き出した。
「おおお……王様、王妃様。お懐かしや。ライレーン王女様、なんたる愛らしさ……お可哀相にのう」