18. ソワールの予言
木の葉がさわさわと音を立て、さっきまでの凄まじい剣気が嘘のようであった。
森には清浄な気が満ち、透明な鳥の声がそこかしこから聞こえてくる。
ルシータは光の剣を下ろすと、肩で息をしている二人を見た。
たった今、水晶の中で見た幻影の男が目の前にいる。
黒い衣装、ガーネットにも似た輝きを持つ赤い髪。
いくらか赤味を帯びた白い面差しは、思わず目を引かれるほど綺麗だ。
だが、ルシータがもっと驚いたのは、レギオンの変容である。
新しい木綿のブラウスに着替え、さっぱりと髭を剃ったその顔は、ルシータが憧れた戦士その人だったから。
ルシータの記憶どおり、レギオンの波打つ髪は光を反射してまさに太陽の色に輝き、彼の肩をゆったりと覆っていた。
「こいつが『銀の車輪』だと? それはどういうことだ」
言葉だけは、相変わらず荒い。
「水晶に映ったの。間違いなく、彼が『銀の車輪』よ――ねえ、あなた。わたしはルシータ、彼はレギオン。あなたも天使ソワールの声を聞いたのね?」
赤毛の剣士は、しばし息を整えつつ無言でいたが、意を決したように、
「そうだ。美しい声を聞いた。グラナダルへ――バールの森へ行けという声を」
すると、うって変わった風にレギオンが手を差し出し、
「まあ悪かったな。おれはレギオン――おれと互角に張り合うとは、なかなかの剣の腕だ。仲良くやろうぜ」
と言った。
「こちらこそ、よろしく。わたしの名はハラート」
「ハラート、ね。もしよかったら、あなたのあざを見せてくれない? あるでしょう、車輪のあざが」
握ったレギオンの手に車輪のあざがあるのを見たハラートは、はっと彼の顔を見上げた。
すると、「そういうわけだ」とでも言いたげに、レギオンが眉を上げる。
ハラートは、詰襟のボタンをひとつずつはずすと、胸の上についた車輪のあざを見せた。
「わたしはペンダントを持っていた。母から貰った車輪のペンダントだ。それが――胸の中に吸い込まれていったんだ」
「おれもだ、おれもアルタミラからもらったペンダントが、この手の上に吸い込まれてあざになった」
「姉さまからもらったペンダント?」
「ああ」
そうしてレギオンがルシータにもまだ話していなかったあざのついた経緯を語るのを、ハラートはじっと聞いていたが、ふと思いついたように、
「アルタミラ? アルタミラ王妃のことか? レギオン、君はアルタミラ王妃と――」
それからルシータの顔を見た。
「そうか。どこかで見覚えのある顔だと思ったのだ、あのとき……。君は王妃の妹だったのか」
言ってから、ハラートの脳裏にあの闇の侵攻の日が浮かんだか、彼は顔を苦渋にゆがめた。
「わたしの母は予言していた。いつか闇が光を滅ぼすだろうと。そのときわたしは、父と同じ闇の兵士の服を着て戦うだろうと――。
そしてあの日、本当にそうなってしまった日から、母の言葉がわたしの中で重くなっていったのだ。『おまえは光を救う戦士になる』……」
ルシータの胸は、驚きに鼓動し始めた。
「姉さまもそう言ったわ、『レギオンが光の戦士になる』って……!」
「アルタミラが?!」
ルシータはレギオンにうなずき返すと、
「姉さまは光の天使に会ったのよ。そして、こう告げられた――。
自分は光の王妃になって王女を産み、光の戦士になったレギオンが王女を守るって」
「わたしの母も、きっと光の天使に会ったのだ。そして予言を与えられた」
ルシータは吐息を吐いた。
「不思議な話ね……ということは、光の天使はハラートのお母様とアルタミラ姉さまにだけ、未来を予言していたってことか」