15. 水晶に映る影
「ねぇぇ……バール。バールったらあ」
今日は外はよく晴れて、空気のおいしい一日である。
にもかかわらず、小さなランプが灯されたきりの薄暗い小屋の中で、バールは先ほどから水晶玉とにらめっこをしているのであった。
ときおり呪文を唱えては水晶をのぞきこみ、首を横に振りながら青息吐息している。
側ではルシータとベルナデットが見守っていたが、ベルナデットがついに辛抱切れてぐずり出した。
「ねぇ、さっきから、なぁんにも映らないわよう?」
「しっ! 静かにしやっ。もうひとりの戦士、『銀の車輪』を捜しておるのじゃから」
それでも妖精は口を尖らせる。
「ソワールは何にも答えてくれないの? 彼女にもわからないのかな?」
「ベルナデット、バールが集中できないわ。大人しく見てて」
ルシータに諭され、ちょっと肩をすくめて、やっと黙ったベルナデットである。
「水晶というのはの、ずいぶんと気まぐれなんじゃ。……どうも気に入らんことがあるらしいわい」
バールのしかめつらの横で、ふと嬉しそうにベルナデットがルシータに小声でささやいた。
「あなた、水晶に映ったのよ、ルシータ。王様や王妃様や、ライレーン王女様と一緒に」
「わたしが?」
「うん。まだ少女だった」
ルシータは目を丸くした。
少女の自分が、影のように水晶の中に映っていたのかと思うと、不思議な感じがする。 それと同時に、自分も懐かしい人たちを見たいと思い、「姉さま……」とつぶやいてみる。
と、そのとき、水晶が白く煙りはじめた。
「おおっ! 映る、映るぞい……」
水晶の中には、懐かしいアルタミラの姿が映っていた。
まだ王妃になる前の、初々しい姉の姿が。彼女は誰かにやさしく話しかけている様子で、ルシータはそれが自分にだとわかったし、そのときの場面がありありと浮かんでいた。
あのとき、姉さまはわたしの問いに答えてくれていたのだ。
――「どうして王様のところへ行くの? 姉さまは、レギオンが好きなんでしょう?」
――「そうよ、レギオンを愛してるわ。だから行くの」
――「どうして? わたし、姉さまはレギオンと結婚してほしい。わたしたちから離れていかないで」
――「ねえ、聞いて、ルシータ。姉さまは光の天使に会ったのよ。天使は言ったわ、レギオンは光を救う戦士になるって」
――「レギオンが? 光を救う戦士?」
――「そうよ。そしてわたしは光の王妃になって、王女を産むの。レギオンが守ってくれるはずの、王女を」――――
ルシータは、両手を握り締めないではいられなかった。
「そうか……そうだったんだ」
「何か気づいたの? ルシータ」
さっと立ち上がり、「レギオンはどこ?」
バールが言った。
「泉じゃよ」 目は水晶を睨んだままだ。「二人とも、体を洗っているのさ」
そしてルシータが戸口へ走りだそうとした瞬間、今度は裏返ったバールの声が部屋中に響いた。
「これをごらん、ルシータ……!」
水晶の中に、きらめくたくさんの赤い糸が舞っていた。
やがてそれは人の髪となり、後ろ姿のその人物の虚像がくるりと回って顔を見せた。
「この男……! あのときの戦士だわ、ダークキングダムの男……なぜ彼が?」
『――『銀の車輪』は目覚めました』
水晶から、ついにあの美しい声が聞こえてきた。
『ルシータ、彼を仲間として迎えなさい。彼はもうじきここへあらわれるでしょう』
ルシータも、バールも、ベルナデットも――三人とも唖然としたまま動けなかった。
水晶の中の『銀の車輪』は、あの日ルシータが見たままの悲しみをたたえた目をして、どこか森の中を進んでいる。
黒い闇のような衣装に、さらなる悲しみを包み込んで。