14. 銀色の光
自室に帰ろうとして、ハラートは考えを変えた。
そのまままっすぐさらに廊下をゆき、螺旋階段を上って、この城でもっとも高いところへ出た。
高いところ――といっても、そこから見渡せるのは、薄暗いダークキングダムの森ばかりだ。
かつて、そこがブライトキングダムの森であったころは、風が通り、水が流れ、おそらく光り満ち輝いていたであろうが。
空には灰色の雲が重く垂れ込め、ときどき真っ黒な雲が渦を巻く間を稲光が走る。
ブライトキングダムが滅び去り、光と闇の均衡が破られてから、この国の空は晴れたことがないのであった。
ハラートは左手を目の上に当てると、しばしそうしていた。
すると、遠い日の記憶がまぶたの奥に浮かんできた。
それは母の記憶である。
――「ハラート、これをおまえにあげるよ」
――「ペンダント? ……車輪だ。わあ、光にきらきら輝いて、きれいだね」
――「そう、銀の車輪――。おまえは、大きくなったら光を救う戦士になるの。これはその印なのだよ」
――「光を救う、って?」
――「今から何年かしたら、光は闇の中に沈むのよ。おまえはとうさまと同じ、闇の戦士の鎧を着て戦うだろうけど……かあさまの国を滅ぼすために」
――「ぼくはそんなことしないよ! かあさまの光の国を滅ぼすなんて、絶対にしない!」
――「いい子ね、ハラート……」
そう言って自分を抱き締めたときの母の悲しそうな瞳を、ハラートは忘れられはしなかった。
きっと今の自分の瞳は、母の悲しさをそのまま映しているに違いない。
そうして『予言』どおり、本当に光が闇に滅ぼされてしまったとき、ハラートは愕然としたのだ。
同時に、母の言ったことが日に日に心の中に澱のように沈んでいくのが感じられた。
『光を救う戦士になる――』
(けれど、わたしはダークキングダムの戦士だ。王の信頼も厚い戦隊長だ。それにわたしは、アリーナを……)
森の瘴気が銀色のもやと化して、高い木々の上にまとわりついているのが見えた。
彼は首の鎖をたぐりよせ、懐から銀の車輪を取り出すと、手の中で転がした。
――どちらを選ぶべきなのか。闇の戦隊長か、光の戦士か。
(わたしはダークキングダムの人間だ。しかしわたしの体の半分には、ブライトキングダムの血が流れている――)
「いったいいつから、世界はこんな風になってしまったんだろう……いったいいつから、日の光が射さなくなってしまったのか。空は怒りに満ち、森が死につつある……これは誰のせいなのか」
認めたくない真実。
――『おまえはいつも迷ってる。まるで今、自分がどこに立っているかさえ、わからないように』
(アリーナは何もかも見通している。そのとおりだ、わたしは……)
ハラートは力なく頭を振った。
やはり結論はでない。
ペンダントを服の中に戻したとき――突然の強い光が、頭上からハラートを照らした。
「な……!」
咄嗟に手で目を覆ったハラートは、今度は胸に焼けつくような熱さを感じ、あわてて黒服の前を開くと胸をはだけた。
愕然としないではいられなかった。
自分の胸に、車輪のペンダントヘッドが銀色に光りながらのめり込んでゆくではないか。
あっという間にそれは消え、胸にはただ、車輪のあざだけが残った。
『ハラート、ハラート――』
唖然としていると、天空から降り注ぐように、エコーする美しい声が響いてきたのだった。
はっとして見上げた天上からは、光が小さな無数の水玉になってゆっくりと自分の方へ降ってくる。
『そなたに光の剣を与えます。銀の光がその身に集うよう――』
なんと、光の玉は、ハラートの腰の剣に集中するように降ってくるのであった。
そしてハラートは、いつしかその剣がまばゆいばかりの光を放っているのに気づき、うろたえた。
いつの間にか、あたりは元の薄暗さに戻っている。
(……夢か? いや、しかし――)
ハラートはおのれの剣を見た。
夢ではない証拠に、それは闇の中で、不似合いなほどの光を放っている。
銀色に輝いているのだ。
さらに胸のあざを見ると、まるで銀糸を縫い込んだように、それがちかりと光るのがわかった。
『グラナダルへ行きなさい。バールの森へ――』
頭の中で、あの美しい声がし、ハラートは思わず頭を抱え、膝をつく。
心が決まったわけではなかった。
ただひとつだけ、はっきりとしていることがある。
もう闇の国にはいられない。
光はダーク王の国に存在するわけにはいかぬのだ。
――『おまえは、大きくなったら光を救う戦士になるの……』
今再び、母の声が心の中に響いた。