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13. 闇の王女

「ハラートか」

 物憂げな、それでいて威圧感のある重厚な声が王の口から発せられ、戦士は、「は」とさらに低頭した。

「どうだ、我が戦隊長。言うことがあるかね」

 すると彼は微動だにせず、ただ淡々と申し述べた。

「じつは今日、グラナダルで我が部下が数名、何者かに斬られましてございます。さらに、激しい雷雨の後に光の精霊の気配が――」


 おおおおーっ、と賢者たちが声を立て、まるでカラスを思わせる声で騒ぎ出す。

 ダーク王は、しかし、彼らを無視するかのごとく、戦隊長に言った。

「もしや、光を導く者があらわれたか。ハラートよ、光の攻勢が我が王国に及ぶか及ぶまいかは、おまえにかかっておる。心してかかるように」


 王の胸の上で、三日月型のブローチが(つるぎ)のようにぎらりと光ったのが、ハラートにも見えた。


「ははっ!」


 すでに本性を露にし、鋭いくちばしを大きく開け、頭の黒い羽根を立てながら、興奮状態で議論を続けるカラスの精霊たち――これが四人の賢者の正体である――と、その間で、やはり物憂げに王座の肘についた腕を曲げ、その手に顎を乗せたままのダーク王を残し、ハラートは退出した。



 玉座の間を出て、私室に至る長い廊下を行きながら、ハラートは今日いた街、グラナダルのことを思い返していた。


(あの街には剣士が多い。だが、誰も彼も……女でさえ喧嘩っ早く野蛮で、それこそ光の精霊と関係を持っているような人間は見当たらなかった――)


 しかし、部下が殺られ、光の精霊の残した波動があった。


(いや、やはり見過ごしたのだ)


 それからふと、酒場で会った女剣闘士のことを思い出した。

 剣闘士というだけあって、さすがに強い目をした女性だった。

 亜麻色の長い髪を後ろでひとつにした顔の輪郭は、誰かを思い出させるようでもあったが……。


 そのときハラートは、自分を見つめる厳しい視線に気づき、足を止めた。

 瞳を伏せたまま、声をかける。

「わたしに御用でしょうか、アリーナ王女」


 たった今通り過ぎた柱の影から、長身の乙女が姿をあらわした。

 黒髪を美しく結い上げ、黒いドレスと宝石に実を包んだ美姫である。

 ハラートを見つめる目はぱっちりと大きく、白い陶器の肌に血のように鮮やかな小さめの唇が際立つ。

 が、その声は決然として、なぜか(さげす)みさえはらんでいるようだった。


「お父さまはおまえを頼りにしているけど……どう? 光の力を抑えることができて?」

「わかりません。やってみなければ」

 そのとたん、蔑みは怒気に変わった。王女の白い耳朶(じだ)が赤く染まる。

「――わたしが気づかないとでも思っているの、ハラート。おまえの目には、迷いがあるわ。お父さまはごまかせても、わたしはごまかせないわよ」

「迷いなどありません」

「嘘……! おまえはいつも迷ってる。まるで今、自分がどこに立っているかさえ、わからないように」


「わたしは闇の戦士。ダーク王にお仕えすることに迷いなどありません」

 アリーナ王女の感情に流されることなく、戦士は言った。

「そう……おまえは命令されることしか知らないのね。だったら、わたしが命令してあげる。わたしの目を見なさい!」


 王女は彼の前に立つと、顎を上げ、ぐっと挑むような瞳を向けた。

 ハラートの睫毛が上がり、水のように澄んだ青い瞳が王女のそれと合う。


 冷たい火花がぶつかり合い、まるで「かちり」と音がしたようであった。

 たちまちにして、アリーナの瞳が折れる。

 今しがた怒りに燃えあがっていた瞳は、もう潤んでいた。

(ハラート……!)

 声にならない声が喉もとまで出て、また沈んでいく。


「失礼します」

 アリーナがすがろうとする前に、戦士はそう一言だけ言うと、彼女の脇をすっと通り過ぎていった。

 何にも決して、心動かされなかったかのように。


(ああ、ハラート――!)

 アリーナの胸は爆発しそうだった。

(わたしは知っているわ……十年前、お父さまがブライトキングダムを攻め滅ぼしたときからおまえが変わったのを。なぜ? 何があったの? わたしにそれを教えて)


 ハラートは自分の想いを知っている。

 それだのに無理に冷たい態度をとって、アリーナを苦しめる。


 ついにアリーナの頬を涙が伝い落ちた。

「おまえはずっと昔からわたしの側にいた……わたしを守ってくれていた。

 たとえそれが、お父さまの命令であったとしても――わたしは嬉しかった」


 広い廊下にはもう、誰の気配もしなかった。

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