12. 二つの王国
北の地には、かつて、光と闇を支配する強大な王国が存在した。
だがその王国を治めるアルファード王が、二人の息子を分け隔てなく愛したため後継者をひとりに決められず、光と闇をそれぞれ分けて統治させることにした。
すなわち、闇を統治する権利を思慮深い兄のヘキンザーへ、光を統治する権利を公明正大な弟のルスセルクスへ与えたのである。
こうしてできあがった『闇の王国』と『光の王国』の兄弟国において、二人の王はそれぞれ「ダーク王」「ブライト王」と呼ばれ、父王の下で定かなバランスを保ってきた光と闇は個々の勢力として、解き放たれた鳥のように羽ばたき始めた。
とはいえ、兄弟王は多くの守るべき条約を結び、互いをよい意味で牽制しあっていこうと努力を惜しまなかったので、しばらくは平和が続いていたのである。
ダークキングダムの王妃フレデリカが、ブライトキングダムのひとりの絵師と恋におち、追い詰められて自害するまでは――。
ダーク王ヘキンザーの狂気はここから始まり、その歪曲した闘争心ゆえに、ついにブライトキングダムを暗黒の力で攻め滅ぼしてしまったのだった。
今もまだ、王の心に王妃の最期の声がよみがえる。
「あなた、許してください。わたくしはもう、この国で生きていくことはできないのです。
あなたは強いお方、闇の重さにも耐えられるでしょう。闇を愛することもできるでしょう。
けれどわたくしには耐えられなかったのです。わたくしには、光をくれるこの人が必要でした。
たとえ今、あなたに追い詰められこのような最期を遂げることになっても、闇の中で生き続けることはできません……
さようなら、あなた。どうか許してください。そしてどうか、アリーナにも――」
静まり返った宮殿の玉座にいたる廊下に、ずらりと闇の兵士たちが居並んでいる。
かつてはブライトキングダムの王の間でもあったその高い天井の窓からは、もはや一筋の光も入っては来ない。
それどころか闇はますます濃くなって、この国を支配しているようであった。
今、この闇の王は、四人の賢者を両横にはべらせ、陰鬱として玉座についていた。
数ヶ月前、賢者から光の封印が解かれたことを知らされたからである。
かつては自らも賢人であったはずの王の鼻から上の顔は、黒光りする異様な鉄仮面で覆われ、どんよりと濁った瞳がそこからのぞいていた。
「王よ、お感じになりますか……我らの目の届かぬところで、光が身をよじっているのを」
「王女ライレーンの目覚めを、光の精霊どもが誘っているのです」
「光の精霊によって王女の眠りが覚めるとき、光もまた完全にかつての力を取り戻し、逆に力の弱まったこのダークキングダムを飲み込んでしまうでしょう」
「その前に何としても、我々が王女の眠りを解き、王女を屈服させねばなりません。そして光の妖精たちを闇の支配下におかねば」
賢者たちは、頭からすっぽりと包まれた黒ずくめの身を奇妙にくねらせながら、口々にそう進言した。
そのとき広間の燭台の炎が、ひとりの男の入場を告げるかのようにふわりと揺れた。
黒マントに全身黒の装束。
いかつい肩章までもが黒であるが、その上にかかる髪は見事な赤毛である。
彼は優美な姿勢でまっすぐに玉座へ向かうと、王の前でひざまずいた。