9. 雷雨の中で
その答えにため息をつくと、今度はベルナデットの方を向いた。
「で? あんたはどうしてたわけ?」
妖精はもじもじしながら、ルシータとディエゴをちらちらと見る。
「――ルシータが走って行っちゃったとき、光る星があらわれたの。それで、『このひとを連れて行きなさい』って、啓示が」
「ディエゴを?」
「おれも妖精なんぞ、初めて見たぜ。――とにかく、ここへ来たのはおれの意思じゃないからな。だが、もしおれが来なかったら、今頃おまえはサイラスと再会してたかもしれん」
今度こそルシータは、頭の痛みをこらえきれず、両手で抱え込んだ。
何たる失態、よりにもよって、ディエゴなんかに命を助けてもらうとは。
「お礼は言うわ。借りもいつか、返す。でもこれでわたしがあんたを許したとは思わないで」
立ち上がり、兵士たちを一人一人見て回った。
六人の兵士が倒れていたが、その中にあの赤毛の兵士はいない。
「よかろう。なら今ここで、相手になるぞ」
ディエゴの声に、ルシータは振り向いた。
「借りは考えなくてもいい」
ターバンの下から、ディエゴの金の巻き毛が風になびいている。
堂々たる体躯。戦士の体だ。
もし、むさ苦しい髭がもう少し短く刈り込んであれば、きっと好ましい美男子なのだろう。
彼は再び剣を抜いた。
「さあティアナ、剣を抜け。かかって来い」
そのときだった。
一瞬にして空が濃い灰色に変ると、稲光が閃いた。
そして轟音が響くと同時に、激しい雨が降り始めた。
「さあ、抜け!」
全身を滝に打たれたように濡らしながら、ルシータは剣を抜いた。
正直、目もまともに開けられないほどの豪雨である。
それでも後へは引けない。
相手も同じ条件なのだから。
ルシータは自慢の俊足でディエゴの左脇に斬り込んだ。
だがそれは相手の剣に弾かれ――その衝撃は、女同士では感じ得ないほどだ。
腕への衝撃に、思わず声が出た。
力や技ではディエゴに勝てないとはわかっていた。
自分がディエゴに勝るものは、身の軽さと速さしかない。
再びかかっていったルシータは、息もつかせぬ早業を連続して繰り出し、攻めた。
だが相手は一度として受け損ねることがない。
ばかりか、こちらの力を利用することで自分の力は最小限に抑えている。
案の定、雨の中でルシータの体力は尽きてきた。
息が上がり、脚に震えが来た。
「どうした、それで終わりか!」
ついに死神ディエゴが最後の一撃を与えようとしたとき、そのとき、ルシータの眼にすさまじい炎が燃えた。
――待っていた! まさにこの一瞬を!
そう、ルシータは自らを餌にして油断させたのである。
ディエゴの上からの一撃をぎりぎりのところでするりとかわすと、体全体をディエゴの背中に乗せるようにして剣を突き下ろした。
地面に押さえ込まれたディエゴの頬をかすめ、光の聖剣が地に突き立つ。
「ルシータが勝った――!」
雷鳴が低く空を震わせる中、両者とも地に伏せたまま動かなかった。
が、ディエゴが右手の剣を捨てると、勝負は明確になった。
「おまえの勝ちだ、ティアナ。止めを差せ」
だがルシータはくるりと立ち上がると、
「これで貸し借りはなし」
そう言って、剣を鞘に収めた。
「ベルナデット、行きましょう。今度こそ、光の戦士を捜しに」
ディエゴは雨の中、地面の上に座ると肩で大きく息を継ぎ、ターバンと指なし手袋を脱いだ。
頭上に閃光が走る――と、何とそれは、ディエゴの剣目がけて落ちてきたではないか。
「きゃああああっ――!」
耳をつんざく大音響。
ルシータはベルナデットをかばい地に伏せたが、そのとき、美しい音楽のような、エコーする声を聞いた。
『この者に光の剣を与えます。金の光がこの者に集うよう――』
「ルシータ、今の声聞いた? あれは天使ソワールよっ」
ベルナデットがルシータの腕の下で、叫びながらジタバタしている。
「天使ソワール?」
はっとして顔を上げると、ディエゴが昏倒しているのが見えた。
思わず駆け寄り、体を揺する。
ディエゴは剣を捨てていたから、雷に撃たれたわけではない。
「ちょ……ディエゴ! しっかりして! ディエゴったら」
「ルシータ、天使ソワールが来てくれたわ……! 光の剣を与えるって言ってた……
って、これ――」
二人は顔を見合わさずにはいられなかった。
先ほどまでの鉄色のディエゴの剣が、今は黄金色に輝いている。
「これが光の剣……ということは?」
「見て、ルシータ! 彼の手!」
「え?」
ディエゴのむき出しの右手の甲――。
そこにはくっきりと、まさに『光の戦士』のあかしである車輪のあざが浮かんでいた。