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7.そして彼は


 逃げるしかない。あの日あの夜あの場にいた、はじめは殺され次は僕。

 逃げなくちゃいけない。それしか生きるすべはない。勝たなければならない、この狂った宗教に。


 妹をぎゅっと抱きしめると、僕はその家から出た。村を出なければいけなかった。日が暮れるより早く。そうしなければ妹はまたひどい扱いを受けることになってしまう。弟はおそらく何も知らない中で、生きていける。それに僕が今このときそれを終わらせることができれば、弟たちは普通の生活を送れるかもしれない。そうだ、僕しかいないのだ。

 走った。誰の目からも逃れられる場所、そして村の出口を探して。こうしてみると、自分たちがどれだけ閉鎖的な場所にいたのかがわかる。村の出口などわからなかった。とりあえず同じ方向にまっすぐ向かっていれば、いつかは境界線に辿り着くはずである。

 なるべく家や人が集まっているような場所は避けた。妹を見られたらまた厄介なことになる。妹はまた、神に召されることになる。



「ねぇ、どこに行くのかな」


 左側から声がした。幼いこの声には聞き覚えがある。しかし立ち止まるわけにはいかない。そのまま走り続ける。走りにくい雑木林を抜ける。


「一緒にあそぼうよ」

「なんで走ってんだよ」

「どこに行くの」

「どこかに行くの」

「どこに行くんだい」

「どこに・・・・」

 後から後から左右に村人が、子供から年寄りまで出てくる。こわい。

 もしや見張られているのではないだろうか。誰に?誰がそんなことを知ったのか。

「ねぇ・・・」

「おい」

「どこ・・・」


 これでは逃げられない。怒りと焦りと不安と恐怖ばかりが募って、足がもつれそうになる。つかまるのはいやだ。

 気づくと、目の前が開け社が建っていた。はめられたのだ。あの村人たちを避けていたつもりが、いつの間にか誘導されていたのだ。だまされたのだ。逃げることができなかった。それどころかわなにかかるとは。

 僕の周りを数人の男が囲んだ。その中の一人が、一歩前へ出てきた。


「そのしゃれこうべを渡しなさい」

 男は右手をさしのべた。その威圧感に圧迫されそうになる。

 負けてはだめだ。さがってはだめだ。妹は、守らなくてはいけない。

「これが最後だ。そのしゃれこうべを渡しなさい」

「いやだ!これは妹だ。僕の妹だ。おまえたちが妹に何をしたか、僕は知っている!おまえたちなんかに・・・・・・渡すものか!」

 体中に噴き出した汗で目がしみた。言葉を吐き出したことですべての今までためこんだ感情に、抑制がきかなくなった。

「おまえたちが・・・・・・おまえたちが妹を殺し、はじめを殺し、子供たちを殺してきたんだっ・・・・!」

 男たちは何も言わない。ただ、僕の腕の中で眠る妹を欲している。僕の声など聞こえていないかのように。

 目の前にいる男は、向かいの家の人だった。筋肉隆々で猛々しいこの人は、よく村の工事に参加していたり、お祭りの準備もしていたり、とにかく僕たちも好きだった人。誰からも好かれ、頼りにされ、ここにいる男たちはみんな、そんな人たちばかりだった。知らない人なんていなかった。村人でわからない人なんて、会ったことのない人なんて、いなかった。なのにどうしてだろうか。今の皆は僕の知らない顔で、僕を追いたてる。

 でもわかった。僕はこんなにも村に守られていたのだと。幸せな暮らしを築けていけた、今まで生きてこれたのは、すべてこの村の、村人たちのおかげなのだと。この宗教のおかげなのだと。そうでなければこんなにも、皆とつながっていることなんてできなかった。信じあえることなんてなかった。犠牲はあるけれど、それでも人は犠牲の上に成り立つものなのだから仕方のないことだったのだ。

 それでも、後戻りはできない。いまさら謝ることなんてできない。普通の世界では、僕の考えが当たり前なのだ。


「これは僕の妹だ。絶対に、おまえたちなんかに渡さない・・・・・」

「妹?何を言っている。おまえの妹はここにはいない」

 男はあきれたように言った。

 この男はもう狂っている。いや、この男だけではない。この村人全員。そう、こいつらが狂っている。僕は正しい。長年暮らしてきた妹を見間違えるはずなどない。

「うそだ。そう言ってだまそうったってそうはいかないからな・・・・・」

 必死に男を睨んだ。それしか抵抗ができなかった。

「おまえはずいぶんと過ちを犯した。その中のほとんどはおまえが黙っていれば見過ごせたものだ。しかし、これは禁忌だ。神を拉致し、神を村から出そうなど・・・・・・・おまえはおかしい」

「うるさいうるさいうるさい!僕はおかしくなんかない!おかしいのはあんたたちで、悪いのもあんたたちだ!僕はおかしくないし、悪くない!」

 認めたくなかった。それでもどこかで自分は恐れていたのだ。汗ばかりが噴き出る。

「悪いことをしているという罪悪感があるのか?ならばおまえもわかっているはずだ。それが、なんなのかを。一体誰なのかを。大切な妹か?」

 認めない。決して認めたくない。妹が、死んだのだと。だって妹は僕の腕の中で実在している。本当にいる。髪も目も鼻も口も手だって、足だって、胴体だって、きちんと人間の形をして、僕らのように動くし、しゃべる。

「おまえも時期がきたようだ」

 そう言うと男たちは円陣になった。さっきの男が何かをつきだした。


 それはあの時の、あの甘い香りの実だった。

 僕は無心にそれに手を伸ばし、受け取った。

 肌触りが良く、重みで中身がぎっしり詰まっていることがわかる。瑞々しいその実にごくりを唾を飲み、一口かじる。


 妹がすとん、と腕の中から落ちた。かまわずその実を食べ続ける。


 妹だったものがころころと地面を転がる。


 妹だと思っていたものが茂みの向こうへ消える。


 男たちが必死に、神様を追いかけた。



 甘い香りを嗅ぎつけた烏が、林中を飛びまわっていた。






ここまで読んでくださりありがとうございます。

一応ホラーを意識して書いてみましたが、いかがだったでしょうか。

感想を頂けると嬉しいです。


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