5.兄妹
自分と血の通った兄。あの人は真面目そうで頼りなく、いつも自信なさげに歩く。やればできる人なのに。それでも僕はそんな兄を尊敬していた。色々なことを知っていたから、何も知らない僕に真剣に話して聞かせてくれた。あの夜以来、そんなことはなくなってしまったけれど。
すべて僕が悪いのだ。僕があの時言いつけを守り、家から出なければあんなものを発見することなく今までどおり暮らしていけただろう。どうしてこんなことになってしまったのか。今まで信じてきたものたちを疑い、気づかないふりをした偽りの日常を営んで、なにが良いことなのだろう。
兄が巨木の実をもぎとった。あの熟れた実を思い出すとのどが鳴る。
ここから飛び出して兄のもとへ駆けて行ったら、兄はどんな顔をするだろうか。こんなところへ侵入してしまった僕を、許してくれるだろうか。
兄はもしかしたら本当は、この変な宗教が嫌いなのかもしれない。だからあの歩き方でいるのかもしれない。反抗したくてもできない思いを抱いているのかもしれない。
汗でくっついた前髪を横にずらす。兄ならわかってくれるかもしれないという考えが胸を満たしていた。行くなら今だ。
思い切り飛び出し、兄のいる巨木へと向かった。
兄はいなかった。それどころか、そこには誰もいなかった。子供たちもいなかった。ただ幻の風景が、あるだけだった。
ふと、カサッという音がして振り返った。草のクッションが少し揺れている。思いっきり飛び上がりその上にのってみた。
「さち・・・・・・・・」
妹がいた。あの生意気な妹が、そこに横たわっていた。
すべてをごちゃまぜにしたような感情が急激に膨れ上がり、すぐさま妹のもとへ駆け、抱きしめた。
「帰ろう・・・・・・・・かえろう・・・・・・」
あんなに漂っていた甘い香りが、さっぱりなくなっていた。