3.実行
「気をつけるのは大人だね」
僕たちはあの社への道を辿っていた。表から入ると見つかるため、わりと死角になる裏の左手側に出る道を歩いていた。社の裏側、しかも左手側は大きな岩があるのだ。ご丁寧に太い縄が巻かれている。
その道は草がはびこり道ではなかった。けれど僕たち子供の間ではお気に入りの道のひとつだ。ジャングルだと言って走る。
「大人っていうのは20歳以上?」
「ちがう。兄貴と姉ちゃんはまだ18と19だ」
「自立できる歳かな・・・・そうすると18歳以上か」
はじめはこの道が慣れないようで、さきほどからよくつまずいたり虫にびくついたりしていた。普段の彼からは想像できなかったのでおかしかった。
「笑うなよ・・・・・これでも初めて来た時よりは慣れたんだぞ」
「ごめん。でも1年間も僕たちといたのに・・・・・・・」
そんな会話をしていると祭りの明かりが見えてきた。僕たちは隠れて事の成り行きを見守る。祭りは終盤を迎えているようで、皆社に頭をたれていた。村長がシフさまとつぶやいた。
「君たちの宗教ってちょっと気狂いだ」
はじめは大真面目な顔で言った。やはり他人の目から見るとそうなのかと、僕は自分が正しかったことを再確認した。
やがて祭りは終わり後片付けが終わると、だんだんと人影もなくなりあたりは静まりかえった。
「それが君たちの宗教に関わることなら、今夜がその儀式の日だね」
はじめの家で僕の説明を聞いた彼は、すぐにそう言った。
なんでも、宗教というのは儀式を決まった周期や日で行うらしい。とくに僕らのような熱心な宗教家たちは。だからもし妹を助け出すのなら、今日のそれも儀式が始まる前しかチャンスは残されていなかった。
僕らは誰もいないか確認しながら社の正面へと急ぐ。
あの時たしかに社の開く音がし、見たわけではないが恐らく彼らが食べていたのは神様に捧げられた子供たちなのだ。神様なんて初めからいなかったのだ。みんな自分たちのために、神様と一緒に暮らすといって子供を集めていたのだ。
そう考えると恐ろしくなる。自分もそうなるとあきらめていた頃の自分が、恐ろしくなる。今まで信じてきたものがニセモノだったのかと思うと、かなしかった。
しかしだからこそ、妹は是が非でも助けださなければならなかった。神様なんて嘘っぱちなのだ。社の中にいるのは生け贄の子供――妹のことだ。
僕らは社の扉を開けるため石段を登った。はじめがその取っ手に手をかける。
「神様は――本当に存在しない?」
それははじめの声だった。
はじめも恐れているのだろうか。神というものが存在しないと信じていても、やはりその人知を超えたものは恐ろしいのだろうか。
もしやシフ様は本当に存在しているのか。
「行くぞ」
振り返ってそう言ったはじめの顔は、先程の言葉などうそのように余裕の笑みだ。僕もはじめに臆病者だと思われたくなかったので平気なふりをした。
「おまえ、顔青いぜ」
そう言いながら彼は戸を開けた。
中は暗くてよく見えないが、月明かりがわずかに射し込み中がわりと深いことがわかる。
そこは大きな空洞だったのだ。
「なんてことだ・・・・・・・・・・」
はじめが絶望的のような声をあげた。
「はじめ・・・・・・?」
僕はそんな彼を見るのは初めてで、今度こそ不安で心臓が張り裂けそうだった。
「・・・・ごめん。僕は、僕は手伝えないよっ・・・・・・」
呻くように言い、はじめはくるりと向きを変えると走って行ってしまった。
「はじめっ・・・・はじめ!?」
追いかけようとはじめが消えた辺りを見回した。暗い。
鬱蒼と茂る木々、その木々を揺らす風、葉のこすれる音。それ以外に何もない無音無気配。はじめの姿も消息ももうわからなかった。運動神経抜群の彼には、自分では追いつけない。なにより、体は硬直したまま。