2.反抗
その日の朝は両親や姉兄が恐くて信じられなかった。それでも理性は取り繕い、母の料理にもおいしいと笑顔で答え、起きたばかりの兄に口元が汚れていることをさりげなく示して、食卓についている父に朝の挨拶をする。まだかわいらしい妹と弟を起こし、目覚まし時計を投げつけて壊してしまった姉にも朝を教える。そして学校へと行った。
学校は安全地帯だと思った。先生は大人だが子供の割合の方が高い。いざとなったらだれかを囮に逃げようと策を練ってみた。
夜に見た事をだれかに教えようとは思わなかった。そんなことをして大人に僕があのときあの場にいて見ていたことが知られたら、明らかに殺されると感じていた。そして自分もいつかはあのようになってしまうのだというあきらめもあった。怖いけれど、これは恐らく神様の決めたことなのだ。だから抵抗しようとは考えなかったし、神様の言うことには従わなければならなかった。
夜は眠れなかった。またいつあの日のようなことが起こるのか気になっていた。だけどもうそんな日はなさそうだった。やはりあれは夢だったのだろうと思い始めた頃、一人の転校生が来た。
「脩寺はじめです。よろしくお願いします」
都会のにおいが漂う凛々しい顔立ちの男子だった。
はじめはすぐにこの地の子供と親しくなった。頭も良くて運動神経抜群の彼に適う者なんていなかった。それなのに憎めない奴。それとは反対に、先生や大人たちは彼と話す時どことなくよそよそしい感じがした。気のせいだと思える範囲だったけれど。
はじめが来て1年後、僕の妹が神様に召された。家族は喜んだ。我が家から神子が出るなんて、と。弟は理解できずにぼんやりとしていたが、僕は悔しくてならなかった。神様は人攫いだと本気で思った。口の達者な最近なまいきな妹だったけれど、たまにケンカもしたけれど、嫌いなんかじゃなかった。いるのが当たり前すぎて突然のことで、その晩のお祭りは心もとなくぼんやりとしていた。
「なぁ、はじめは?」
「はじめはよそもんだろが。シフさまがお呼びになられるわけないだろ」
さみしぃねぇという人の言葉で気がついた。
麻痺していた脳が働き始め、僕はこっそりはじめの家へ向かった。
彼は1階に自分用の部屋があった。何回も来ているがやたらと大きかった。窓をノックするとはじめが顔を出した。彼の顔にははっきりと驚きが表れていた。村中がお祭りで人がいないこと、はじめたちは参加できないことは彼も知っていたため、僕がいることが信じられなかったのだ。
「どうしたんだい?君たちは大事なお祭りだろ」
「いいから・・・・・・・聞いてほしいことがあるんだ。おまえ、秘密は守れるか?」
「えっ・・・・・う、うん」
はじめは困惑した様子だったが、空気を察してか、真剣な表情になった。
「手伝ってほしい。妹を、取り返したいんだ」
「とりかえす?」
「時間ないから説明は簡単にするからな」
僕はそれからシフさまのこととその神と村の関係、そしてあの日の夜のことを全て数分という時間に短縮して話した。上手くまとめられなかったけれど、はじめなら理解してくれると信じていた。案の定、はじめは理解してくれた上に妹の救出作戦にものってくれた。心強くて成功するような気さえしていた。