1.きっかけ
僕の村は信仰宗教村だった。それもこの村でしか知れらていない神をあがめていた。
神様は生きていらっしゃった。村はずれの山奥にある小さな神宮の中で、ただ一人おられた。だから村の女性が巫女となって毎朝食事を届けていた。
年に一回だけ秋のお祭りがあって、村中の人々が一人も欠けることなく集まり神宮の前で踊ったり酒盛りをして騒いだ。それは神宮の中の、僕らの神様が決めたことだった。
神様は生きていらっしゃるのだから神様の決めたことには従わなければならなかった。それでもその姿を見た人はいなかった。たまに子供が神宮の中に入っていくけれど、帰ってきた子はいなかった。大人たちは神様と一緒に暮らしているのだよと教えてくれた。僕は神様が気になるけれど中に入りたいとは思わなかった。
神様の名前をシフという。シフさまと言わないと怒られた。でも見たこともない、居るかもわからないのにあがめることが僕にはわからなかった。わからないでいられたのも幸せだったと思うようになったのは、ある時僕が親の言いつけを破った日に後悔したからだった。
秋のお祭りの後、村人は冬至になるまで夜に外を歩いてはいけないとされていた。もし歩いたら神様の罰を受けると教えられていた。
その日はそう、冬至だったのだ。僕が夜にトイレに行くため起きると、両親や上の姉兄まで外へ出て行くのを見た。夜に外へ出るなという言葉も忘れ、皆の後を追った。
暗くてよくわからなかった。全て音だけで判断していた。暗闇に目が慣れてきた頃、皆が神宮へ向かっていることに気づいた。それも両親たちの他にたくさん、本当にたくさんの草を踏む音がし、その気配が周りを囲むと僕一人だけが別の生き物であるように感じた。こわくなった。なぜ皆しゃべらず黙々と神宮へ向け歩んでいるのだろうか。誰も僕に親しげに話しかけてくれる人なんていなかった。しかし暗闇の中で目を凝らしてみると、大人ばかりであることに気づいた。
やがて神宮に着き、僕は社の裏にまわり息を潜めた。皆は前方の社の扉前に集まっていく。突然、自分のいる後方から草を掻き分ける音がし驚いたが、その人は僕に気づかなかったのか、そのまま皆のいる場所へ向かった。やがて全員が集まったことが、その場の静寂と張り詰めた空気で直感した。
社の扉が重々しく、ギィーという錆びた音を鳴らし、開いた。数分すると今度はねっとりとした水気のある何かを貪り食べる音がした。線みたいものが切れる音もした。見たわけではないけれどなんとなく音の正体が想像できて、僕はこわくて逃げ出したくて涙が流れていた。実はトイレなど思い出す前にちびっていた。
そこからどこをどう帰ったのかわからなかったが、気づいたときには布団の中で朝を迎えていた。僕は夢だったのかと思ったけれど、シミをつくったズボンとかわらない布団を見て、現実だったことを悟った。