ヴァイスネージュ
意識がぼやけて世界が歪む、色の無い世界が歪んだところで感じる事は何も無い。
ついに赤も消えてモノクロの世界の完成を見て口の端がつり上がったことに気がついて口を閉じる。
そのまま吸い込まれるように世界からも己の意識すらからも手を離して目を閉じた。
波間を漂う感覚、自分の軸が右へ左へ上へ下へ揺れる。
両手を広げて伸びをしたら不意に体は浮力を得てゆらゆら昇り始めた。
そもそも海なんて見た事ない、本で読んだ程度の言葉だけれどその通りだったから間違いは無いんだろう。
浮き上がった世界で僕には色が無かった。
赤が消えた僕の世界、輝きを失った世界はこれほどまでに虚しくて寒くて怖いとは思いもしなかった。
体が濡れる感覚こそあれど周囲がどうなっているのかが理解出来ない。
しばらくして嘔吐した。体から出るものでさえ色は無くふわふわ漂い流れて消えた。
立ち上がって歩き出す、前を見てみればそこにあったのは何も無い世界。
でも少しだけ気分が良い。これほどかっちり色が分かれた世界は見やすくて良い。
上は白、下は黒。綺麗に分かれた世界は気持が良い。いつも見える灰色が無いだけで気分が良いんだ。
歩いて、歩いて、歩いて、歩いた。
進んでるのかすら分からない感覚だけが続いて歩く事を止めた。
だって意味が無いもん。何も変わらないなら何もしなくったて何もならない。
ならそのままで良いと思わない?誰かに迷惑を掛けるわけでもないんだから構わない。
相変わらず下半身には冷たい感覚があったけど気持もいいから別にいい。
黒の世界から膝だけが生えている。立ち上がったら脚が生える。座ったら消える。
少しだけ楽しい。何度かそれを繰り返して気がついた。
白と黒、灰色が無いと思っていたけど灰色はあった。
そう僕自身だった。
せっかく綺麗に色が分かれた世界なのに灰色があると汚くて駄目だ。
どうしたらいいんだろう?このまま寝転がれば消えて無くなるかも知れない。
溶けて混ざれば良いんだって気がついてその場に寝転がったら白だけの世界。
どれだけそうしてたか分からない。
でも僕はそれが楽しかったし満足だってしてたのに、終わりは突然やってきた。
「はぁ~君は本当に十歳なのかな? こんな擦れた十歳なんて見た事無いから困るんだけどね?」
「……」
「これこれこれ !挨拶はちゃんとしないといけないよ?」
「……」
「ちょいと! 流れていったら駄目でしょうに! もうっ!」
「あうっ」
無理矢理立たされた世界に色は二色だった。
目の前に立っている人にも色はあったけれど相変わらずの二色。
でも綺麗だ、灰色が無いから綺麗に線で色が別れてて綺麗。うん、綺麗だ。
「あららら? もしかして~見惚れちゃったかなぁ~うん! 美人だし? 胸も結構~あるからねぇ!」
「綺麗に別れてるのに話したら最悪だった」
「初対面で結構言うよね? あのね目上の人に対してそんな事言うの先生は間違いだと思います!」
「とんだ妄想の世界で息してらっしゃるんですね」
「えぇ~なんで? どうしたら十歳でそんなに歪めるの? ねぇ! 意味わかんない!」
「あの、そもそも誰ですか? 知らない大人に話しかけられても答えたら危ないって聞いてます」
「神様ですっ☆」
「そこそこの年齢でそんなこと言ってて恥ずかしく無いんですか?」
「なんか凄い腹立つね君は……分かってて言ってるとしたら最悪だよ」
「……」
「神を信じなさい~そうしたら救われるよ~」
体中がびりびりした。
頭の天辺からつま先までびりびりして、それが次第に大きくなってきて鼓動が跳ね上がる音が聞こえた。
体の真ん中から熱が広がってきて顔が熱いのが分かる。これがきっと腹が立つってことなんだって分かった時には叫んでた。
「信じたって! 何にもならないじゃないか! 馬鹿女!」
「……」
「何が神様だよっ! 何も出来ないくせに偉そうに言うな! あほ! う●k!」
「……」
「はぁ~はぁっ」
こんな事を大きな声で叫んだことなんて今の今まで一度も無かった。
父と呼んでいた人に出さえこんなこと言った記憶なんてないのに、何で僕は目の前の初めて会ったばかりの女の人にこんなことを。きっと怒っている、僕が言われたら怒るであろうことを出来るだけ大きな声で叫んだのだから。謝らないといけない。例え相手がどんな人でもやっぱりいけないことはいけないんだ。
「あのっ、ごめんなさい」
「……」
「すみませんでした」
「……」
「失礼します」
「んふっふ」
「え?」
「んはははは! やーごめんごめん! やっぱり君は子供だね! まさかここまで馬鹿にされるとは思わなかった!」
「ごめんなさい」
「いいのいいの! 私に向かってう●kなんて叫んだのは君が始めてだから許してあげよう! んふっふふふう●kってあははは!」
目の前の自称神様は屈託の無い笑顔でケタケタ笑い転げてた。ひとしきり笑い終えたと思ったら膝を着いて僕の顔を覗きこむ、距離が近くて困った顔でもしてたのかまた笑うんだ。逃げようとしたけど両手で腕を掴まれて逃げる事も出来なくてもうされるがままだった。涙まで流して笑う人の表情が急に凛としたと思ったら全身に風を感じて目を閉じる。次に目を開いたら、女の人と白の世界だけでとっても暖かくて気持が良くなっていたんだ。女の人が僕を解放したら後ろに飛んでふわりと舞い上がる。全身をふわっとした何かが触ったと思ったら、女の人が宙に浮いていて背中からは六枚の大きな羽が広げられていた。
「私の名前は分かるかな?」
「ヴァイスネージュ様」
「正解! 君にはこれから私と一緒に来てもらうからね? 逃がさないよん?」
「そもそもここどこなんですか?」
「内緒だよっ☆ それぇ!」
「わっ!」
体が浮く、後ろから抱かれて空を飛んでるって気がつくまで時間がかかった。飛んでることを理解したのはモノとの距離ではなくて風が体に当たる感覚を得たから。これが飛んでいるってことなんだと理解しようと勤めたからだった。色の無い世界を飛んでも僕には良く分からなくて次第に光に包まれたと思ったら小さな家の中に居たんだ。
「はい! 今日から君はここに住んでもらいまーす!」
「神様、意味がわかりません」
「えーやだー! 神様やだ!」
「……」
「私はだぁーれだっ?」
「ヴァイスネージュ様です」
「正解☆」
「ヴァイスネージュ様? 言ってる意味が分かりません」
「えーやだ!」
「何ですか!」
「お姉ちゃんがいい!」
「ヴァイスネージュ様?」
「お姉ちゃん!」
僕が何度も名前で呼んでも訂正される。終いには頬を膨らませて呼んでも無視されて、本当にどうしていいか分からなくて僕は頭を下げて家を出た。出た瞬間に羽でキャッチされて無理矢理に家の中へ引き戻される……本当にどうしたらいいのか分からない。大人なのに子供みたいなことしてるこの神様のことが全然わからない。
「お姉ちゃん☆」
「……」
「ネー様」
「あっ! それもいいね! なるほどね! 姉的なネー様と私の名前のネを取ってきてネーさん的な!」
「神様もうこれでどうかご容赦下さい」
「えーだからさーそういう変な感じやめてよ! もっと無邪気なのが良いしネー様が良い!」
「めんどうくさいなこの神様」
「聞こえてるもんね! ほら呼んでみて? ねぇねぇ? ほらほら?」
「ネー様……これで満足ですか?」
「う~む、まぁ良いでしょう!」
目の前の神様は腰に手を当ててからえっへんって威張るように胸を張って咳を一つ、淡々と話始める。
神様曰く、無色透明の僕は珍しいから興味があった。色を貸して変化を楽しみにしてたのに次に見たら死んだツノツノの目になってた。そんな訳の分からない例えをしてくる。僕が全部悪い見たいに言うけど、あんな事があったんだからもう普通でいられるハズなんて無い。そう言ったら今度は、だからここに住みなさいって言うんだ。まったく話になって無いことに本人は自覚しているのだろうか?
そもそも本当に神様なのか分からない……もしからした悪い神様なのかもしれな……。
「おえっ」
「あら? 今ネー様に対して悪い事考えたでしょ?」
「なんですか」
「ふふ~ん天罰です! 神を崇めない悪い子に天罰です!」
「ネー様? 理不尽って知ってますか?」
「知りません! でもネー様って呼んでくれたから許します! ふふーん☆」
どういう訳か悪い事を考えたら吐くようです。理不尽過ぎて全てを諦めそうになるけど、ネー様はそんなこと無視して話の続きをするんだよ。身勝手……やめておこう。
「はいっ! という訳で君はちゃんと成長できるまではここで生活してもらいます!」
「このまま老いて死ぬって選択肢もあるんですね」
「ありませーん! ここにいる限り? 君は? 一生? 歳を? とませーーん! あはははは!」
「成長も糞もないじゃないか!」
「あははははは! 残念でしたぁあああああ!」
そんな意味の分からない神様ことヴァイスネージュ様、もといネー様の元で僕は生きて行くことになってしまった。今頃きっとルーもおじさんも司祭様も驚いてどうにかなってしまってるかもしれないと思うと生きた心地がしなかった。ネー様はしばらくしたらそのまま飛んでどこかへ行ってしまったけど、もしかしたら放任主義なのかもしれない。ここにいても、ルーといても変わらないような気がしてきたけど帰り方なんて知らないんだからもう諦めるしかないみたい。白が黒になってきた頃にネー様は窓から戻って来た。沢山袋を抱えたネー様は笑顔のままニコニコしていた。
「君の名前トラス君だったね?」
「そうですけど何ですか?」
「いやね? もし良かったらなんだけどねぇ~名前変更する気ある?」
「色々と急すぎてもう何が何だか分からないです」
「あのね~名前はとても大切です! 生まれてきた魂に刻まれるものだからとても大切です!」
「それが分かってて名前変更とかよくいう」
「やだぁ~ブラックな君は嫌いだよ! でもね? 今のままだと本当に良くはないのも事実なんだよね」
「母と父と呼べる人がくれた名前ですけど」
「けど? なぁ~に?」
「変えることで何か変わるのなら」
「大丈夫! 神様だからね! ネー様に任せなさい!」
どれだけ時間が過ぎたか分からない、ネー様はあーでもないこーでもないって行ったり来たりしてぶつぶつ独り言。突然思いついたようにオムニス=クロレという言葉を発して何かに納得したようで僕に振り返ってニコッと笑みを向けた。両肩を掴まれて発した言葉を刷り込むように何度も何度も聞き分けの無い子供を諭すように呟いていた。
「うん! これで良い! 君は今日からオムニス=クロレ! クロレ君ね! うん! 綺麗になった!」
「オムニス=クロレが僕の名前ですか?」
「そうだよ? トラス君は死んだ! 私が殺しました! なのでクロレ君です!」
「ぶっそうなこと言わないで下さい」
「は~い! じゃあ目を閉じてねぇ~神様を信じなさい~!」
言われた通りに目を閉じたら体から何かが抜け落ちる感覚がして、それはとても心地良くて全てが元に戻るような感覚だった。ほどなくしてネー様の羽に包み込まれたと思ったら妙に暖かい何かがじわっと全身を伝う感覚を得た。ネー様がじゃー目を開いて~早くと急かすからぱっと目を開いたら、頭がグラグラして吐いた。
「え……ここで吐くの? ありえないでしょ」
「なんだか変な感じがしてきて……え?」
「うんうん! どうかな? どうかな?」
「僕の吐しゃ物に色が付いてます!」
「うわ~なんかさ~違わない? せっかくなのにさ? 一番初めなのにさ?なんでかな? それが初めてって嫌だね」
「ネー様! 色が見えるよ! ほら見て! 見て!」
「だからさ? 他人の吐いたゲロを指指されて見てとか言われても無理でしょ? それにさ?ちゃんと見てご覧よ?」
辺りを見渡すと僕の白と黒と灰色の世界に色が戻っていた。床の茶色、花瓶の青に花の色。灰色の体に肌の色。目の前に浮いてるネー様の色。綺麗な桃色の長い髪に白い肌、世界に色が戻って来たことに僕は涙が流れていることにさえ気が付かず、飛び跳ねて喜んだ。
「ネー様ありがとう!」
「うわっ! 私も嬉しいけど! 今は飛びつかないで! こっち来んな!」
お読み下り有難う御座います。
二話目です。不定期更新です。
龍軌伝の方も更新しましたのでそちらと合わせお読み下さい。




