7-対蛇戦Ⅱ
はたして需要はあるのか
「……フゥー」
静かに息を吐き出す。
蛇と拮抗した状態では一瞬の油断が命取りだからだ
蛇も油断せずこちらの様子を伺っている。
こうなると厄介だ。
まともにやりあえば勝率はかなり低い。
かといって策を練る時間もない。
だからこの状態は厄介なのだ。
どちらが先に動くかが勝敗を決めるこの戦い。
先に動いたのは蛇だった。
「シャァァァァアアアア!!」
叫ぶと同時に突っ込んで来る。
やはり速い。
しかし、俺は攻機とばかりにコウモリになる。
そして、そのまま飛び、先ほどのように攻撃しようとした。
しかしーーー
「ーーーゥジャァァァアア!!」
蛇が突然止まったかと思うと、尻尾でこちらを攻撃してきた。横に薙ぎ払う感じで。
それはとても速く、呆気にとられた俺には躱すこともスライムになることも出来なかった。
コウモリの姿のままモロに喰らってしまう。
「ウグッ!!」
そして、吹き飛ぶ俺の射線上にあった壁に激しくぶつかり、土煙が舞起こる。
ダメージを喰らったせいで魔物化は解け、元の人間の姿に戻ってしまう。
パラパラと瓦礫が落ちる中、俺はその場に倒れる
「ーーーごふっ!!」
口から血を吐く。
ーーーくそっ、予想以上のダメージだ。
ーーー肋骨と右腕が多分折れてる。
ーーー頭から血も出てるな。
経験した事のない痛みに低くうめき声を上げる。
肋骨と右腕の辺りから鈍い痛みが走り、額が割れたのか頭から血を流す。
全体的に気だるく、視界が真っ赤に染まる。
ーーーだが、まだ動ける。
俺は制服のポケットに入っているポーションを取り出し、飲む。
割れている物もあったが何とか一本だけ無事だった。
飲んだ瞬間、体の痛みが和らぐ。
これで少しはまともに動けるはずだ。
俺は体が動くのを確かめると、スライムに変身して蛇に近づく。
敵はまだ警戒を解いていないらしく、相手に有利な間合いをとっていた。
今度は俺から動く。
スライムで跳ねるようにして敵へ向かう。
物理攻撃がきたら、なるべく相手に近づくように吹き飛ばされるよう調節する。
毒がきたらコウモリとなって避ける。
これさえやれば大丈夫。
あとはあれをしてくれるのを待つだけ。
蛇は、毒を吐いてくる。
コウモリとなって回避。
次に尻尾を叩きつけてくる。
スライムでノーダメージ。
再び毒。
コウモリで回避。
再び尻尾。
スライムでノーダメージ。
この攻防を繰り返す。
あともう少しのはずだが……。
すると、相手は途端に毒を吐いてこなくなった。
ーーーキタ!
俺は内心ガッツポーズをする。
恐らく相手はMPが無くなってきたのだろう。
だから毒が吐けない。
相手はMPを使わない攻撃しかできなくなる。
しかし、俺には喰らわない。
じゃあどうする?
勿論ーーー
「ギジャァァァァアアア!!!」
毒でもない尻尾でもないーーーキバだろ。
相手のスキルに牙攻撃があったのを思い出し、この作戦に出たのだ。
確かにキバなら俺に攻撃を与えられるだろう。
しかし、急所である頭を近づけなくてはならない訳で、あまりしたくない攻撃のはず。
だけど今はそういってられない時だ。
蛇は、止むを得ずといった顔で攻撃してくる。
それを見た俺は、動かない。
自滅したい訳ではない。まだ動く時ではないから。
蛇は勢いよく突っ込んでくる。
距離はあと……7mってところか。
そろそろいいかな。
俺は魔物化を解除。人間に戻る。
それを見て好機と思ったのか、蛇がより一層スピードを上げて来る。
「ジャァァァァアアア!!」
蛇の叫びが洞窟に響く。
あと少し……あと少し……!
冷や汗が頬を伝い、地面に落ちる。
心臓がうるさい。呼吸も荒い。
一秒がやけに長く感じる。
「……ハァ、……ハァ」
蛇がここに来るまであと2秒とないだろう。
ーーーさっきまではあんなに平然と戦えていたのに、何で今だけこんなに緊張するんだ。
2秒という短い時間で考える。
頭がごちゃごちゃしており、手が震えてうまく剣を握れない。
「……くそ、あと少しだってのに、何で……!」
震えながらも言う。
蛇はもう目前まで迫っているというのに、体が思うように動いてくれない。
人間であるが故に起こる事だろう。
だが、今は邪魔なだけだ。
そのせいで死ぬ可能性だってある。
……死ぬ?
……俺が?
……嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
まだ、まだ死ねない。死にたくない。
みっともなくても生きたい。生にしがみ付きたい。
だから、死ねない。
この感情なんてーーー邪魔なだけだ。
『悪魔適性者確認。続行』
頭の中で声がするが、それすらも邪魔だ。
今は何もいらない。感情があるだけ邪魔だ。
蛇はもう噛み付く体勢をしている。
あと数コンマで飛び付いてくるだろう。
それに対して俺は、剣を高く上げ、叫ぶ。
「ーーーぅぁぁあああああ!!」
不安や緊張を吹っ切るように叫ぶ。
今までで一番大きい声が出たかもしれない。
そう大きな声を発しながら一歩踏み込む。
死ぬかもしれないと思うせいか、踏み込みが弱い
目の前の敵は、キバを輝せながら今にも噛み付こうとして来るのに。
「……ぅぁあっ!」
俺は高々と上げた剣を振り下ろす。
狙いは勿論、蛇の頭上。
タイミングは良く、ちょうど蛇の頭に当たる。
勝ちを確信した瞬間、ホッとする。
しかしーーー
ジャギィィィィン
ーーーそう甘くはなかった。
剣は蛇を斬ることはできず、表面のウロコで止まっていた。甲高い音が響く。
俺は呆気にとられていた。
蛇も呆然としていたが、俺より早く頭の剣を弾き、口を大きく開けて俺に噛み付こうとして来る。
こいつには自分が殺せないと思っての行動だろう。
完全に油断しきっている。
俺の方は、最初こそ驚いていたが、剣を弾かれてからハッと正気に戻る。
何かを考えるより早く前を向いた。
そしたら、蛇が口を大きく開けているではないか。
ーーー死ぬ。
冗談ではなくそう思った。
不思議と気持ちは落ち着いていた。
さっきまでのような荒ぶりはない。
そして気付けば剣を前に突き出していた。
ーーーあれ?何やってるんだろう。
ーーー俺はもうすぐ死んで……。
……じゅぷり
「ジュガァァァァアアアアア!!」
俺が無意識に突き出した剣に、蛇が開けた大きな、大きな口に刺さった。
いや、刺さっていた。
根本まで剣を呑み込んで、血が噴き出していた。
蛇でさえ、何があったんだ?とでも言った顔をしている。
そして、蛇の顔はどんどん苦痛に変わっていきーーー
「ゥジャ!ウジャァァァアアアア」
ーーー暴れ回る。
蛇の叫びが鼓膜を、脳を震わせる。
俺は立つ事が無理になり、地面に腰と手をおろす。
そこで、何をする訳でもなく蛇が暴れ回るのを呆然と見ていた。
蛇は、周りの岩を破壊し、洞窟の壁に亀裂を入れながら暴れている。
とても苦しそうだ。
……あれから何分経っただろうか。
蛇は次第に弱くなり、もう暴れてはいない。
代わりに死体があるだけだ。
俺はへたれこみながらそれを見る。
そして、回らない頭で考える。
ーーーいったい、どうなったんだ
今の俺の状態はとても危なかった。
も、もうすぐ悪魔化するから!
本当だよ?