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あの人はあの日あの時の時刻で私を攫いに来る

作者: 常盤野信乃

 なぎさは五年前と何も変わっていない少年をみて、はたと足を止めた。

 本当に何も変わっていなかった。当時はまだ小学生で恋愛の「れ」の字も知らなかったなぎさとその少年はとりあえず仲がよかった。なぜ仲がよかったのかもう覚えていないが。クラスメートはなぎさたちを「お似合い」だとか「将来何人子供つくるの?あの子と」などよくひやかされた。そんなこんなで少年はひやかされるのが嫌になったのだろう。だんだんなぎさのそばからはなれていってしまった。中学生になるちょっと前少年がなぎさの目の前に現れて一言ポツンと言い放ったその言葉は今も耳によく残っている。

「さようなら」

なぎさはまだこのとき少年が引っ越ししてどこか遠いとこに行ってしまうなどと、思ってもいなかった。ただ、少年とは絶交なのだなと思っていた。

 なぎさが少年の引っ越しを知ったのは、よく遊びに行っていた少年の家に新しい家族が越してきたことだった。その日なぎさは走って家へ帰った。新しい制服を着て、一目散に家へ帰った。新しく越してきた家族を見ると、少年との思いでが消えそうになってしまったから。

 いつしか少年のことは頭の片隅におきながらも、なぎさは高校生になり、希望の大学へ進んだ。今は塾のアルバイトをしながら、去年付き合いはじめた彼氏とそこそこいい関係で幸せをふんでいた。

 今日は日曜日で、アルバイトも大学もない。そして、彼氏も用事はない。ということで、三週間ぶりにデート約束をしていた。待ち合わせは今なぎさがいるこの公園「うさぎ公園」。まだデートの約束の時間よりは五分ほど早いため、彼氏はまだ来ていなかった。

 しかし、彼氏を待つワクワク感は少年の出現できりばらいでもされたかのように消えてしまった。少年のもとへいって、自分を覚えているかとか、なんでそのままなのか、色々聞きたいことが頭の中にとどこおることなくめぐってくる。

 もし少年が自分のこと覚えてくれなかったら・・・・という不安はあるが、五年前とても仲がよいどころか小学生のときは彼のことしか考えられなくなってしまうほどだった少年が目の前にそう、なぎさの目の前にいる。なぎさの目は驚いているものの、どことなくまた少年に出会えたことにうれしいのか若干目を細めている。それはとても優しさをかんじられるものだった。

 気づいたら、なぎさが少年の目の前にたち、まるでとうせんぼをしているかのようになっているのをかわっていない声音で言われたのであった。

「おばさん、邪魔。」

なぎさはハッとし、すぐさま少年の通り道をあけた。少年は横目でなぎさを鋭い視線で睨みつけながら、去っていった。まったく睨む顔も少年そのものだった。

 彼氏とのデートは少年を見てしまったことから、集中できなくなってしまった。彼氏が話しかけてもなぎさは少年のことで頭がいっぱいだった。

「なぎさ、どうしたの?大丈夫?」

 彼氏―――石上良樹はその爽やかな顔を曇らせてなぎさに話しかけてきた。その目はとてもなぎさを心配していた。

「だ、大丈夫だよ!心配しないで。」

「そう?・・・・・やっぱり大丈夫じゃないね。」

 良樹はニヤッと笑った。良樹は端正な顔立ちで目は人よりも若干大きめで頭にリボンでものっけたら、女の子みたいにクリクリしている。唇は薄く、鼻は小さい。口元をあげる表情を見ても、あまり、何かを企んでいるという表情に見えないのはどこからみてもそうだった。

「なぎさってさ、嘘つくとき、アホ毛が一本立つからね。」

「えっ!うそ!」

 なぎさはそう言って、頭を手でかきむしる。

「嘘だよ。なぎさは嘘つくとき、わかりやすいように目線が上にいく。」

「りょうくん、よくみてるね。大学では全然ちがう場所で授業しているのに・・・。」

「一応、なぎさの彼氏ですから。」

 良樹は爽やかな笑みを浮かべてなぎさに微笑む。なぎさはその表情に顔を赤らめ、目線を逸らす。

 出会いは一年前、大学はサークルは入る気はなかった。しかし、目の前にいる男のせいで見事になぎさはだしぬかれ、茶道サークルに入った。もちろん茶道なんか未経験だし、お菓子とお茶が出てくるということしか理解していなかった。良樹はだしぬいたなぎさを茶道サークルにつれてくるいなや、いきなりお茶会だのなんだの言い、なぎさは困ったのだった。

 良樹も同い年とうのにサークルでどうどうしている。もともとなぎさは入る気のなかったサークルだっため、先輩の誘いは一切断っていた。しかし、ある日なぎさがサークルから帰ろうとしているところを良樹に首根っこつかまれ、一度だけ飲み屋に行かされたことがある。もちろん未成年だから酒は飲めなかった。

 そして、良樹はものすごくなぎさについてよく聞くのだった。「どこ出身?」「どこの高校?」「何部?」など。その質問の多さになぎさは圧倒され、ついに口を開いたのは自分でも意外な言葉であった。

「君、私のこと好きなの?」

 良樹はまさかそんなこと言われるなんて、という顔を数秒間したあと、急に考えこみ始めた。そして、その爽やかな笑みをして、彼は小さく口を動かしたのだった。

「すき。」

 今度はなぎさがぽかんと口を開けるばんだった。本当に好きだとか言ってくる奴いるか・・・とか思った瞬間であった。この男肉食系男子なのかすぐに自分がなぎさのこと好きだと分かった瞬間、いきなり手を握ってくる始末であった。なぎさはすぐさまその手をめいいっぱいの力でつかんでやったのだった。もちろん良樹はとても痛そうににしていたがなぎさとてもニコニコしていた。

「私の返事まだだからね。・・・・・・・・・・・・す・・・・・・す・・・・。」

 なぎさが「す」を連発すると良樹は息をのみ「はい」という準備でもしていたのだろうか肩に急に力をいれるのであった。そんな良樹の表情をみてなぎさはニヤリとし、握っていた手を振り払い、

「すき焼き食べたい。」

といったのであった。良樹は急に肩のちからがぬけたのかぽかんと口をあけたまま、放心状態になってしまったのだった。なぎさも自分の心がこの男に傾いているのだとわかって、あとであらためて良樹に告白して正式に付き合うこととなったのだった。

 ちなみになぎさは工学部で良樹は医学部というまぁ、ある意味格差恋愛とうものだ。これが某有名国公立大学だったら話は別だろうが、なぎさたちの大学の偏差値はその某有名国公立大学よりはおとるも、そこそこあるが、やはり格差恋愛だろう。

 出会いを思い出して、やはり自分はこの人に好いているのだなと、良樹の笑顔をみて再確認したなぎさであった。今や少年のことは頭の片隅に追いやられた。

「なぎさ、勉強わからないとこある?」

「デートにきてまで勉強か。りょうくん、まじめだね。別にいまのところはないよ。」

「そうか。これだったら、俺が研修医中に結婚できそうだな。」

「は、はぁ!けっ、結婚!」

思わずなぎさは勢いよく立ち上がってしまった。

 良樹はなぜこんなに言われてしまったのかよくわかっていないのか目パチクリさせている。

「も、もうけっ、結婚とかそういうの考えるの・・・・!」

「えっ、だって、ほらもう俺ら二十歳だし。大人じゃん考える時期だ!」

 なぜか良樹はこぶしをにぎりそれを胸の前にだす。何を考えているのかまったくつかめない。しかし、なぎさは少しうれしかった。良樹がなぎさのことを考えていて、なおかつこの恋愛が遊びでないことがわかったからだった。

「なぎさは、俺と結婚するの嫌じゃないだろ!」

 まったく人の都合というものがあるだろう。なぎさは一つ溜息をついて目の前の大切な彼氏に微笑んだ。

「もちろん。でも、人の性格考えなさいよ!」

「えっ?」

 なぎさは良樹の腕をつかむと、思いっきり力を込めた。良樹は苦しそうに呻く。

「いたぁぁぁぁぁい!すみませんでした。なぎさ様!許してください。次からはちゃんと、ちゃぁんと人の都合とか性格とかそういうのきにしますからぁぁぁぁぁああああああああ!」

 良樹のうめき声はだんだんと大きくなったので恥ずかしいためパッと手をはなしたが、周りの目線は完全になぎさのほうへと向いていた。なぎさは一つコホンとせきをついて、

「お会計いくよ。りょうくん。」

 良樹のしびれる手をもって、小走りにレジへ向かい早々とお会計をして、立ち去るのであった。

 その後しばらくの沈黙が流れ、急に良樹がなぎさの手を持って、走り出した。ついたところは、なぜか駅であった。「宇鐘駅」という名前であった。そういえばなぎさはここへ来たことがった。少年と初めて会った場所だったからだ。確かあれは、父親を迎えに行くために・・・。

「なぎさ、俺の家来ない?」

「へっ!りょ、良くんの家!」

 突然の良樹になぎさはハッと顔を上げる。目を大きく見開く。また少年は頭の片隅においやられた。

「何驚いているんだよ。将来誓いあったんだから、行かないと両親へのあいさつってやつ。」

「そういえば、まだ、あいさつしてなかったね。」

 そうなぎさと良樹が付き合っていることはどちらの両親にも言っていない。二人とも半分鈍感だから、あまりそういうことは気にしていないからだ。

 ただ、まったく良樹は良樹だ。人の都合考えていない。

「切符買いに行くよ。」

「う、うん。」

 なぎさは慌てて頷き、駅へと入る。駅は大きめの駅で3線この駅とつながっている。地下鉄とはつながっていない。3線つながっているせいか、改札口は向かって正面、左、右へと3つ点在している。向かって正面の改札口の隣には切符を買う場所がある。なぎさはそちらへ行く。

「なぎさ、『黒敷線』で、『宮之祖』までだからな。確か値段は340円位だったかな・・・・?」

「わかった。」

 さすがは大きな駅である。かなり切符売り場は並んでいる。でかい駅のわりには切符販売機が5台しかないとは少しケチな気がするのであった。

 無事に「黒敷線」の「宮之祖」までの切符を買い終えて、良樹のもとへ戻る。ちなみに値段は380円であった。

 遠目で見ると、良樹が大きいことがよくわかる。確か良樹189センチと言っていた気がする。なぎさは157センチなので身長差は32センチもあるが、良樹の性格じょうあまり気にしていない。

「切符買えたよ。値段違ったけど。プラス40円でした。」

「まぁ、買えたんだし、いっか。40円はすみません。」

「別に謝らなくてもいいよ。40円の差どうってことないよ。それより、電車の時間大丈夫?」

「あっ、本当だ!・・・ヤベ!あと、1分で着ちまう。なぎさ、急いでのるよ!」

「うん。」

 なぎさと良樹は慌てて改札口を通った。横目でちらりとみて、なぎさははたと足を止めた。

 いたのだ。そう、いたのだ。駅の柱にもたれかかっているあの少年がいたのだ。

「何やってんのなぎさ!電車!電車!」

「あっ!」

 良樹はなぎさが我にかえったころには既になぎさの腕をつかんで、階段を駆け上がっていた。良樹の猛ダッシュでなんとか電車には乗れたかが、珍しく、良樹の顔はとても歪だった。

「なぎさ、なんであそこ止まったの?」

 鋭く低い心臓を突き刺すような声で良樹はなぎさに話しかける。

「ご、ごめん。」

「謝るんだったら、教えてくれない?今日お前のおかしさ。」

「えっ?」

 なぎさは思わず首をかしげる。

「ずっときずいていたよ。お前さ今日3回ほどボッとしていただろう。あれ、ほかのこと考えていたよね。でもそれ、多分男ことじゃない?いつものボッとしている感じじゃなかった。」

 良樹は淡々と低い声のまま話す。なぎさは圧倒されつつも少年のことを話そうと思った瞬間。

「ついた。おりるよ。」

 良樹はそっとなぎさの肩に手を置き、前に体をだした。駅のホームには「宮之祖」とかいてあった。気まずいまま二人は改札をでた。そして今度こそ話そうと思った瞬間今度は聞かない声が飛んできた。

「良樹!その子彼女?」

 二人の目の前にやってきたのは少し小太りで厚化粧で茶色のワンピースを着た40代後半の女であった。

「母さん!どうして?」

「どうしてって今日織子ちゃん日本に帰ってくるから迎えに行くために空港に行こうとしていただけよ。あんたは彼女つれてどうしたの?・・・・ん彼女?あんた、織子ちゃんと・・・。」

 良樹の母はなぎさを指さしながら、驚いた表情で良樹の顔をみる。良樹はそんな母親の表情から目線を逸らす。なぎさの胸はなぜか、おそろしく鼓動が激しかった。

「別にいいじゃん。母さんは織ちゃんの迎え行けばいいじゃん。」

「もう、ふしだらなことはやめるんだよ。」

 良樹はまたあの鋭く低い声で母親を睨みつけながら言ったのだった。そして、本当にこんどこそとなぎさは少年のことを話そうとすると、良樹はおそろしくゾッとするような表情でなぎさを睨みつけた。一度もこんな表情はなぎさに見せたことはなかった。

「帰れ。話はまただ帰れ。」

「うん。」

 良樹のおそろしい顔に圧倒され、なぎさはゆっくり頷き、きたばかりの道を引き返し、切符を買い、元の「宇鐘」に戻ってきた。駅を出ようとすると、急に雨が降ってきた。空を見上げると、雨にまぎれて涙がでてきた。自分がここまで良樹を好いていたことになぎさは気づくのであった。

 なぎさは雨の一粒一粒にこれまでの良樹との思い出が映るかのようにみえた。そして、それが地面に落ち、砕け散る。小さく見えない塵となって。つぶれていく。良樹との思い出が。消えていく。まだ別れたとも決まっていないが、なぜかとても悲しい気分で悪い予感はした。

 なぎさは涙を力強く拭うと、傘がないまま家へ直行しようとした。しかし、なぎさの腕を誰かがつかんだ。

「放してください!」

 思わず大声になってしまった。周りの視線がなぎさのほうへ向く。

「放さない。」

 なぎさは周りの視線なりふり構わず、ハッと顔をあげ後ろを振り返った。聞き覚えのある声だった。声変りしているはずの声だが、少年の声ととても似ていた。

 後ろの少年はニコリとこちらへ微笑みかけてくる。その笑顔、その顔すべてが何も変わっていなかった。まさしく、幼い頃仲がよく近所だった少年―泉川雷矢だった。顔と身長そのままだった。そう小学生に別れたそのままの。

「なぎさ、久しぶり。」

「嘘でしょ?」

 雷矢が自分を認識して、自分をなぎさを覚えていることに感動したが、同時に鳥肌がたった。怖かった。人間は普通年をとるものだ。なのに雷矢はあの時から全く変わっていないつまり、年をとっていない。人間じゃない。

 なぎさは唖然として口をポカンとあけた。すると、雷矢はクスクスと笑い出し、またあの笑みをなぎさに向けてきた。

「ここじゃ、目立つから、二人の場所いこうか。」

「えっ?」

 雷矢は自分より背も年も見た目は小さいはずなのになぎさをつかんだその手は力強く無理矢理振り払おうなんてこともできないくらいだった。なぎさは雷矢に連れられ、前かがみの姿勢のまま小走りに動く。周りにこれを見られるのはとても恥ずかしい。

 なぎさはうつむきながら顔を赤らめた。

「はい、ついた。」

 雷矢はなぎさにかまわず、マイペースでことをはじめる。雷矢はパッとなぎさの手を放した。なぎさは周りの視線ばかり気にしていたため、雷矢が手を放した瞬間あやうくこけそうになった。

「もう、なぎさらしい。顔をあげてよ。なぎさ。」

 なぎさは雷矢の言われたとおり顔をあげた。その景色になぎさは絶句した。

 そこはなぎさもよく覚えている。雷矢と初めて出会った場所。宇鐘駅の正面改札口の一番左にある自動販売機そこにひとり雨にうたれていた少年がいたものだ。今日みたいな雨が少年をたたいていた。

「なぎさ、覚える?」

「もちろん。雷とであったのここだもん。忘れるはずないじゃん。」

 なぎさはビショビショにぬれた髪を勢いよくはねあげ、顔の下から良樹にも見せたことのないようなとても華やかでかわいらしい笑顔を雷矢に向けたのだった。


今から12年前なぎさは窓を見ながらどしゃぶりの雨を観察していた。

「なぎさちゃん、今日たくさん雨降っているから、パパ迎えに行ってあげて。」

「うん。」

 母はそう言って、なぎさに傘を渡したのだった。父の好きな緑の深い色の傘。なぎさも一人で外出するのは初めてだった。8歳にしてようやく一人で外を出歩けると、気持ちはワクワクしていた。なぎさの家から宇鐘駅まで徒歩3分ほどでなぎさも宇鐘駅までの道のりというより場所はわかっていたため、自身はあった。

「なぎさちゃん、宇鐘駅は、家をでてまっすぐだからね。わかった?」

「うん。わかった!」

 なぎさはそう言うと勢いよく家を飛び出し、深緑色の傘を手に持ち、なぎさのオレンジ色の傘を広げた。

 なぎさは鼻歌を歌いながら、気分よく宇鐘駅へと到着したとき、一人の少年が雨にうたれていた。おそらくまだ父は到着していなかったのだろう。なぎさを止める声はなかった。

 なぎさは少年がいた自動販売機前まで行き、自分のオレンジ色の傘を少年の頭をカバーする。とっさに少年が風邪をひくと思ったからであった。改札には宇鐘駅は屋根があるが、それをまっすぐ横に進むと、切符販売機をすぎたところで屋根はなくなる。当然それよりもう少し遠くにある自動販売機に屋根はあるはずなかった。

「何で?」

 少年は顔をうつむけたまま、なぎさに話しかけてきた。髪は雨に濡れ、顔をうつむけているせいか、顔は髪で隠れ、まったく見えない。指がわずかに震えている。

「大丈夫?」

 その当時なぎさはいかにも、怪しいし怖い少年をまったく怖がらず、ただ助けなくちゃと思っていた。

「パパは?ママは?」

「置いていかれた。」

「置いていかれた?」

「・・・・捨てられたってこと。」

「えっ?」

 その言葉を聞いてなぎさは一歩ひいてしまった。別に捨てられるということに怖がったわけじゃない。少年が少し顔をあげたとき、右の黒目だけはっきり見えた。

 その中に光るものは絶望か希望かまったく判断できるものでもなく、なぎさの心を見透かすような目でもなく、何も考えていない目だった。目だけが動き、それは「ギョロ」という効果音にピッタリな目の動きだった。

「こんな僕でも君はかまうの?」

「わたしの家来たら?」

 この時なぎさはとても怖かったが、なぜか勇気が持てたのだった。

「君の家?」

「う、うん。私の家来る?」

「いいや。」

 少年のあっさりした物言いになぎさは肩透かしをくらった。

「で、でも、風邪・・・・ひくよ?」

 なぎさがそう言うと、少年は初めて顔をあげ、口をポカンとあけ、そしてクスクス笑い出した。そして、前にたれさがっていた髪を後ろにまわして、思いっきり満面の笑みを浮かべた。

 少年の顔はキリっとした目つきで顔はやや丸顔口がとても小さく鼻がスラッとしている。そんな顔が思いっきり笑うと若干釣り目だった目は柔らかい目つきにかわる。

「心配してくれてありがとう。警察に僕を連れて行って。そしたら解決するよ。僕はそしたら風邪にならないよ。」

「本当!」

「うん。本当。」

 なぎさはこの時少年の口車にうまく乗せられていたことに気付かなかった。決して警察に連れていったことで風邪がなおるとも限らない。しかしなぎさにはわからなかった。少年がなぎさに気をつかっていることも。

「交番は・・・・えっと・・・・。」

「なぎさ。」

 突然父の声がなぎさの耳に入ってきた。なぎさは視線を少年から父へとうつす。

「パパ!傘持ってきたよ~。」

 なぎさはゴムまりのように弾みながら父へ向かっていった。手に持っている傘を上下に揺らしながら。父が来たことでなぎさは少年のことをほったらかしにしてしまった。

「ありがとう。なぎさ、あの男の子は?」

 父の言葉になぎさはハッとして少年のほうへ視線をもどす。少年はまた雨にうたれていた。

「パパ、あの子ねパパとママにね捨てられちゃったの!あのままじゃ風邪ひいちゃう。警察行こう!」

「あ、ああ。」

 父はなぎさにおされ、あわててうなずいたようだった。そのあと少年―雷矢は保護され、翌年、なぎさたちの通う学校に転校してきた。そして、なぎさの近所に引っ越してきて、里親のもと幸せそうに生きてた。


「俺は絶対になぎさを泣かせたりはしない。ほら、小学生の時、俺となぎさ結構さ噂されたじゃん。俺その時、こわくなっちゃってさ。なぎさに引っ越しのことうまく言えないままわかれちゃったこと今も後悔してるんだよね。そして、あの時からなぎさに言いそびれてしまったことがあるんだ。聞いてくれる?」

「う、うん。」

 雷矢の目はなぎさをじっと見つめていた。なぎさもその視線からはなすことなく雷矢をじっと見つめる。

「なぎさ、お前はお前の生きたいとおり生きればいい。お前が決めた道を直行しろ!そしてな、俺さ、ずっとさ、なぎさのこと、あの時12年前なぎさとであった時からなぎさが好きだ。」

 最後25文字ほどの文章を聞いてなぎさはとても心が締め付けられた。あの時のなぎさの感情もめぐってくる。なぎさもその当時、雷矢が好きだった。でも今は良樹が好きだ。大好きだ。でも断り切れないこの気持ちは?なんだ?

「返事はまつよ。待つから、気持ち整理してくれないか?」

「うん。雷、どうして雷はあのままの姿なの?」

「別に今の姿になってもいいんだけどね。そっちのほうがいい?」

「まぁ、違和感があるっていうか・・・・というより何で今の姿とか、この時の姿とか、変われるの?」

「俺を選んでくれたら、教えてあげる。なぎさが今の姿がいいって言うんだったら・・・・。」

 雷矢はそういうと、目をつむって、一息つくとまばゆい光に包まれた。なぎさは思わず目をつむる。

 少したって、目を開けると、そこには大きくなった雷矢がいた。キリっとした目つきは大人びさをもち、小さい口元に小さな黒子がついて、やや丸顔だったものは若干スッキリしていた。そして良樹より大きい。だいたい195センチくらいだろうか?首が痛くなる。

「本当に雷?」

「ああ。俺だよ。」

 雷矢はなぎさに微笑む。それもまた女の子を魅了する笑みだ。ただ声は変わっていなかった。そして、性格も。

「雷、今日はありがとう。家まですぐだし。あっ、あの家から引っ越してないから。雷の言った通り、私の決めた道を直行するね。」

 そう言って、なぎさは小走りに家の方向へ向かった。雷矢に手を振りながら。


 次の日なぎさは授業がおわると、キャンパスのベンチに座って、おそらく良樹の授業がないだろう時間に電話をする。

「なぎさ、昨日はさ、ごめん。まさかなぎさから電話するなんて思わなかったよ。本当さ俺、頭に血がのぼってた。ごめん。俺も今、電話しようと思っていたんだ。」

 なぎさ話し出す前に良樹がいきなり言ってきた。なぎさはとてもうれしかった。そして、なぎさは雷矢のことを話そうと息をのんだ。

「私もボケっとしてごめん。実はさ、あの日ね私の幼馴染みたの。むかし、昔好きだった子とね。本当にわたしもごめんなさい。言い訳かもしれないけど、それでボケっとしちゃったんだ。」

「いいわけじゃないよ。俺だって昔好きな子見たらボケっとする。」

「うん。また時間があればデートしよ。」

「ああ。もちろん。親の挨拶もな!」

「うん。それじゃあ。」

「ああ。」

 なぎさは電話を切ると、ニコリと微笑んだ。良樹の暖かさが胸にしみわたる。良樹が許してくれたことになぎさは安心して、家に帰るのだった。

 気分が舞い上がりながら大学を出ようとすると、一人の女がこちらへ向かってきた。

「あなたが、りょうくんの彼女?」

 美しい黒髪に鼻筋が通り、顔もシュッとして何よりさほど大きくない目だが黒真珠のように透き通って美しい。こんな美人わるいがなぎさが通っている大学で見たことない。まず目立ってすぐ噂になる。

「はい。彼女です。」

「そう。でもさ、りょうくんは私と将来を約束したの。」

「あの、あなたの言っている『りょうくん』って?」

「あなたがたぶらかして、無理矢理付き合わされている石上良樹よ。」

「そんなことない!」

 なぎさは美しい透き通る声から発せられるなぎさを馬鹿にする言い方にムキになって答える。すると、女はニヤリと口角をあげた。

「かわいくない。見た目はかわいいのにね。人の大切なものを奪う泥棒ちゃんは本当にかわいくない。」

 女は長身のためか見下したように上からなぎさを覗き込むようにみる。いや、実際見下しているのだろう。そして、女は腰を低くし、顔をなぎさの顔をのよこまでよせ、耳打ちした。

「裁判沙汰になってもいいの?私本当に訴えるよ?」

 なぎさは背筋が凍った。その言い方に何も言えなくなってしまった。柔らかく軽い物言いだが、奥には鋭く何かを刺すようなものが含まれていた。

 しかし、なぎさは同時にこの女の愛も知った。女はとても深く良樹のことを愛している。だから、なぎさに嫉妬している。愛するがゆえの行動だ。なぎさは女の愛にとたんに負けた気がした。なぎさはきっと良樹が、良樹がもし、他に好きな女の人ができて、別れそうになっても相手の女に詰め寄ったりは決してしない。なぎさにはこれが異常な愛の行動だとは思わなかった。むしろ正当な愛の表現だと受け取ってしまった。

 なぎさがだまって顔を俯けると、女はなぎさの肩に手を置いた。

「やっぱり、かわいい。今日の午後8時宇鐘駅に来なさい。そこで、りょうくんがあなたに別れを告げるわ。絶対に来なさい。そして、私とりょうくんが幸せになる風景をまじまじと見させてあげる。」

 なぎさはうつむいたままだった。女に負けたという気持ちでいっぱいだった。しかし、どこか心の片隅に痛みを感じるほど胸が締め付けられるという感情があった。負けたくないという感情があった。雷矢の顔がなぎさの脳裏に浮かぶ。なんで雷矢が脳裏に浮かぶのかわからない。

 なぎさはハッとした。自分はまさか雷矢へと心が揺れているのでは?良樹への心がなくなっている?このまま雷矢へついっていったほうがいいのでは?良樹だってあの女のことが好きに決まっている。しかし、本当に自分が雷矢へと心が揺れているのか?という疑問がおおいにでる。いったいどっちなんだ?

 なぎさは携帯を取り出し、急いで良樹へとかける。はやく出て、出てよ!という感情がじわじわとこみあげてくる。

「ただいま電話に出ることができません。メッセージを・・・。」

 つながらなかった。なぎさはまたもう一回電話をかける。

「ただいま電話に出ることができません。メッセージを・・・・。」

 2回目もつながらない。

 なぎさは何度も何度も良樹へと電話をしたのだった。午後8時なる直前までずっと・・・・。


 いちども良樹が出ることはなかった。なぎさはトボトボと足取り重く宇鐘駅まで歩いて腕時計を見る。午後8時3分。少し遅れてしまったかでもまぁもうどうでもいい。良樹はそう、良樹はちがう女の人へ行ってしまうから。なぎさは良樹と雷矢を比べてみるのだった。冷静でいつもなぎさをみていてくれていたようなやさしさをもつ雷矢とおっちょこちょいで人の都合を完全無視のご都合主義の良樹どっちがいいか100人に聞いたら100人中90人くらいは雷矢を選ぶだろう。なぎさはその考えにもう一度ハッとなった。

 もう2度と良樹と話す機会はなくなってしまうかもしれない。つきあって一年という短い時間でも良樹に洗脳されたように彼しか見つめることしかできなくなっていた。よく言う失ってはじめて気づくというものだ。しかし、なぎさはまだ良樹を失っていない。確かにいちどは雷矢にひかれた。だが、良樹が好きだ。こんなあっさりと決めつけてしまってはいけないかもしれないが、でも、

―りょうくん・・・・―

 なぎさは一息ついて宇鐘駅の正面改札へ直行した。この時の時計の時刻は8時10分。間に合うだろうか二人が幸せになる前に。邪魔に入れるだろうか?

 しかし、なぎさの目の前に現れたのは・・・・・雷矢だった。成長したほうである。

「なぎさ、来てくれたんだ。それも俺となぎさが初めてであった宇鐘駅でそれもここの自動販売機の前で。そして出会った時刻ジャスト。8時10分。やっぱり運命感じるな。」

 なぎさは急いであたりを見回す。あまりに急ぎすぎたせいか自動販売機の前に来てしまったらしい。

 雷矢はとても涼やかな笑みを浮かべたが、なぎさにはそれが不気味なものに思えた。なぎさは後ずさりしてしまう。

「どうしたんだよ?なぎさ。俺を選んでくれたんだろう?さっ、いこう!」

 雷矢はなぎさの手を無理矢理つかむと、なぎさを宙へうかせた。片手一本で。ふわりと浮いたなぎさを雷矢はお姫様抱っこをして、キャッチした。なぎさはこわくかった。手足は震える感じている。抵抗できない。雷矢がなぎさの身体に触れるとなぎさはそう、まったく動けない。

「なぎさ、いこう。」

「雷、私は・・・・。」

 震える唇をおそるおそる動かしていた時だった。

「りょうくん、電車こんでたね。おかげで来るの遅くなっちゃった。あの子いるかなぁ~。」

 とんだ猫かぶり女だ。そして、その隣には女にめんどくさそうな顔を向けている好青年一人。良樹である。

「あの子?」

「そう。あの子。・・・・・・いた♡」

 女は妙に甘い声をだして、雷矢にお姫様抱っこされているなぎさに近づいてきた。気づかれたらしい。

「何してるの?浮気?」

 毒が入っているその甘い声になぎさは何も言い返せなかった。違うとは言えなかった。

「最低ね。本当に最低。まぁ、私たちが見せつけるまでもなくあなたが墓穴を掘ってくれるなんて思ってもなかったわ。」

 さっきの甘い声とは裏腹にとてもドスのきいた声を今度はあげる。しかし、もう見られてしまったであろう良樹に。なんにも弁解の余地などない。

「なぎさ・・・・?」

 良樹の声だ。なぎさはますます手足がふるえる。本当は違うということに言える余裕などない。もう勘違いされたら・・・・。

「なぎさを放せ!」

 おそろしい声だった。なぎさも今まで聞いたことない。良樹の本気の怒りの声だった。電車のことで怒られた時もこんな恐ろしい声はあげなかった。抱かれた状態から良樹をみると、言葉では言い表せないものすごい剣幕だった。全体に怒りのオーラをまとっている。こんな良樹みたことない。

 良樹の視線はまっすぐ雷矢に向かっていた。雷矢はそれをしょうもないとでも言いたそうな目だった。

「なぎさは俺の彼女だ。俺を将来支えてくれる俺の・・・・俺の・・・妻になるべくして生まれた彼女なんだ!」

 良樹の言葉に一同唖然とした。さすがご都合主義である。人の将来勝手に決めている。というより、人の生まれた理由さえ決めてしまった。

「ご都合主義だねぇ。君。でも、なぎさは俺がもらっていく。なぎさは俺を選んでくれたみたいだしね。」

「そんなことない!」

 良樹はそういうと、雷矢に近づき、なぎさをだいている手を力づくではなした。そして、なぎさが落ちそうになると、さっと、下に手を伸ばして、なぎさを支えた。地面すれすれである。髪の毛何本かは地面についた気がする。

 今度は良樹がなぎさをお姫様抱っこして、平行になぎさをそのままもちあげた。なぎさの足が地面につくようそおっとおろす。

「ありがとう。」

「別に構うことないさ。」

 良樹はなぎさに優しく微笑んだ。なぎさも雷矢にしか見せていなかったあの笑顔を良樹にみせる。

「関係者以外は立ち入り禁止。織ちゃんも、あんたも、帰ってくれ。」

 良樹がするどく言うと、雷矢は寂しそうな目をなぎさに向けた。

「やっぱり、そいつなんだな。」

 前のなぎさだったら、この言葉に動揺していたが今はもう動揺はしなかった。だが、すこしだけ雷矢の気持ちも分かったような気がした。愛におぼれ、やってしまう行為。ときにはそれは愛する人を傷つけることとなる。

 そして、女も、半泣き状態で、

「りょうくんの馬鹿!」

 そう言って、宇鐘駅の奥へと行ってしまった。気づくとそこに雷矢はいなかった。どこかへ消えてしまったようだった。

 改めてなぎさは良樹をみる。その時だけは少しだけかっこよくみえたのだった。

「どうして、私を助けてくれたの?浮気してると思っても仕方なかったのに。」

「ふるえていただろ。なぎさ。」

「わかったの!」

「わかったよ。俺、なぎさ以外のことわりかしあんまり見ないから。なぎさの変化はよくわかるよ。」

 なぎさはその言葉に頬をほんのり赤らめた。余計な言葉だ。だけど、うれしかった。

「ありがとう。りょうくん。」

 あらためてなぎさがそれを言うと、良樹はなぎさの体を自分の体へくっけさせた。なぎさはちいさいため、顔が良樹の胸あたりに入り込む。そして、良樹の暖かなてがなぎさの背中にのばされ、より、なぎさの顔は良樹の胸に入り込んだ。

「俺の妻だからな。お前は、お前は一生俺の女だからな。」

「うん。」

 なぎさも良樹の身体へ手をのばし、背中に手を置いた。

― 今日雷矢は私を攫いにここへ来た。私とりょうくんの関係を壊すためなんかじゃなくて。彼自身も私を愛していてくれた。でも、私はりょうくんが一番好き。大好き。8時10分雷矢にとっても私にとってもこの時間はとっても大切な時間だ。りょうくんが私を助けてくれた時間だから。空前絶後なこの奇跡、私は絶対忘れない。この始まりの場所、宇鐘駅も。りょうくん、本当にありがとう ―


 おしまい

初投稿です。みなさんに読んでいただいてとてもうれしいかぎりです。

ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私の青春のローカル線のホームに私のあの人が立っている光景をふと思い出しました。あの人は振り向いてはくれなかったけれども私はまだホームにあの人の影を探しているような気がします。
2016/12/22 23:49 退会済み
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