三題噺 お題「深海魚」「コーラ」「トイレ」
「くそ暑いな」
俺は炎天下から逃れるために、作業現場の近くにある公園のトイレへと足を運んだ。
トイレ本来の目的を果たしにきたわけであってサボろうとかそんな事は決して思っていない。
俺は誰に言い訳するでもなくそんな事を考えながら、トイレの個室に入りズボンをはいたまま便器に腰掛けた。
「ふう……」
このままもたれていたら寝てしまいそうだな。
いや個室だし、寝てても誰にもばれないんじゃないか?
ここでバイトが終わるまで寝てしまうのもありだな。
そんな事を考えていると俺のまぶたは一気に重くなり、夢の世界へと誘われそうになった。
しかし、それは突如頭上から降り注いできた強烈な光によってさえぎられ、俺の思考は一気に現実へと引き戻されてしまった。
「何だ?」
トイレの天井に穴でも開いて、日の光が降り注いできたのだろうか?
それにしては、まぶしいだけで暑くはないな。
俺は立ち上がり真上を見上げると、目の前には俺に光を当てながらぎょろ目でじっと見つめてくるちょうちんアンコウがいた。
「まさか……」
俺は最悪の展開を予想し、勢いよくトイレの個室から飛び出した。
飛び出した先にいたのは、スーツ姿のめがねをかけたインテリ系であろう雰囲気をかもし出しているサラリーマンだった。
「誰だよ」
俺がいると予測していたのは厨二病のクソガキだったので、予想外だった。
「初対面の相手に失礼ですね」
サラリーマンは俺の目をじっと見据え、メガネを右手で持ち上げた。
そして、その右手を何かを呼ぶように手招きすると、そこにちょうちんアンコウが右手に収まり、サラリーマンはそれを躊躇することなく握りつぶしてしまった。
しかしちょうちんアンコウの破片が回りに飛び散ることなく黒い霧になって右手から霧散していった。
「異能力者に変わりはないか」
サラリーマンは俺にどこかおかしな部分を感じたのか苦笑いを浮かべると、少し首をかしげた。
「私はただ個室に入りたかっただけなのですが……今のを見れば怖がって逃げるかと思いましたがあなたはなぜか異能力者に耐性があるようですね」
「まあな、たくさんそういうのとは関わってきているからな」
そして、異能力者にいいやつなんて早々いない。
俺は迷うことなくサラリーマンとの間合いを詰めると、サラリーマンの顔面めがけて足を振りあげた。
しかし、サラリーマンに俺の蹴りが当たることはなく、俺の脚に鈍い痛みが走った。
サラリーマンにあたる直前でいかつい顔をした魚が牙をむき出しにして俺の脚に噛み付いていたのだ。
「いってえな」
俺は振りあげた脚を魚が食いついたまま、振り降ろし魚を地面にたたきつけた。
魚は先ほど霧散したちょうちんアンコウと同じように消え去った。
「もうめんどくさいですね」
サラリーマンはポケットからコーラが入ったペットボトルを取り出すと、それを一気に飲み干した。
そして顔の前で合掌すると、その手をゆっくりと離した。
するとその手と手の間に細長い竜のような姿をした魚であろう者が現れていた。
「まさか……」
俺はその魚を知っていた。
魚のくせに妙に細長い容姿をしていて、顔に細長いひげを蓄えているリュウグウノツカイとかいう仰々しい名前の深海魚だ。
「異能力の源はコーラだな」
分かりやすく表してくれてよかった。
「今更分かったところで同じでしょう」
俺はリュウグウノツカイの胴体を蹴り落とすために、再び足を蹴り上げた。
しかしリュウグウノツカイは俺の脚にうまく絡みつくと、衝撃を吸収し攻撃を受け流してしまった。
「俺も使うしかないか……」
俺は右手に意識を集中させた。
「今更何をし始めても一緒だとは思いますがね」
「まだ何も見ていないのに、決め付けるのはどうかと思うぜ」
俺は右手が焼き付けるような痛みに耐えながら、それを隠すために薄ら笑いを浮かべていた。
俺はいまだ続いている右手の痛みを今度は俺の目の前の空間に放出するように意識を向けた。
「なんだそれは……」
「赤髪のライオンを見るのは初めてか?」
俺の目の前に蒸気とともに現れたのは、赤い鬣を携えたライオンだった。
「まさか同族だったとは」
「一緒にするな。俺は善良な異能力者だ」
「私が悪い異能力者とでも言いたいのですか?」
「違うのか?」
俺はニヤッと笑うと、さらに右手に意識を集中させそれを放出させた。
「今度は赤と黒のシマウマですか。ライオンとは相性最悪じゃないですか。そこのところ理解してますか?」
サラリーマンは俺のことを馬鹿にしたつもりなのだろう。
こめかみをつつきながら俺を見下していた。
何も理解していないのはお前のほうさ。
こういう異能力の使い方もあるんだってことを今から見せてやる。
「食らえ、赤髪」
俺がそう命令すると、ライオンは隣にいたシマウマにかみついた。
「共食いとは。うまく使役もできないのですか。そろそろ私も飽きてきましたよ」
「肉食動物が草食動物を食べるのは共食いじゃないだろう。見本のような食物連鎖だ」
そんなことを話しているうちにライオンはあっという間にシマウマを食べつくしてしまい、シマウマの姿は跡形もなかった。
さらに、シマウマを食べたせいでライオンの体も黒色に変色していた。
「さあいくぜ」
俺は、食事終えたライオンに向かって走ると、ライオンの背中を土台にしてリュウグウノツカイに飛び蹴りをくらわそうとした。
しかし、リュウグウノツカイは俺の蹴りを簡単によけてしまうと体勢を崩した俺に向かって襲い掛かってきた。
しかしリュウグウノツカイが俺のもとへたどり着く前に、隙をついたライオンがリュウグウノツカイの胴体を食いちぎり、そのまま上半身を口に含み飲み込んでしまった。
残った下半身はどこか名残惜しそうに霧散すると、その様子を見ていたサラリーマンは衝撃のあまりか目を見開いていた。
「あなたのことは絶対に許しません。死んでも殺します。ただ今日のところは仕方がないので引き返しましょう。トイレもほかのところを使うことにします」
ライオンがサラリーマンを威嚇する中、サラリーマンはそれに一切臆することなくトイレを後にした。
その様子を見た俺は一気に緊張状態から解放され、それと同時にライオンも蒸気に戻りいなくなってしまった。
「なんだったんだ、あいつは」
力を使ってしまった俺の右腕は今だ痛みでヒリヒリして黒ずんでいたが、それよりも疲れのほうが勝っていた。
俺は一度大きくため息をつくと、邪魔されてしまった夢の世界への招待券を再び手に入れるために、トイレの個室に戻ることにした
今回は書いている途中でデータが消えてしまったりと結構きつかったですが、何とか書き終えることができてよかった。