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一番。 愛されたいんです。いち

 愛ってのは時に狂気になりうるんです。そんな感じなんです。宜しくどうも。

 愛されたい。

 愛を受けたい。

 濃厚な愛を、飽食するまで胃に流し込まれたい。いや、飽食なんて絶対にしない。溢れんばかりの愛に、破裂寸前まで詰め込んだ愛に溺れてしまいたい。

 ねじ込まれ、息すら出来なくなるほどオーバーしても愛を与えられ続けたい。

 誰でもいい。

 自分自身を忘れてしまいたくなるほどの底無しの愛を与えて欲しい。異性であっても、同性であっても深く愛されたい。

 誰でもいいんだ。ボクの前にいる見ず知らずの女子高校生さんでも、ボクの右隣のお婆さんでも、ボクの左隣のサラリーマンさん、チャラ男さん、小学生さん、ギャルさん、OLさん、お爺さん、お姉さん、お兄さん…………

 ドロドロの粘り気ある愛に満たされたい。一方的な愛を食したい。その愛なしでは生きられない体になりたい。狂ったように貪りたい。グチャグチャになるまで愛の暴力を受けたい。

 グチャグチャにされたい。メチャクチャにされたい。ベチャベチャに濡れたい。愛に狂いたい。傷つけられたい。圧死するほど抱き締められたい。ドロドロに汚れたい。汚れたい。汚れたい、汚れたい、汚れたい汚れたい汚れたい汚れたい…………



 汚れた自分を見てみた__________

「あっ…………!?」

 そこでふと、彼はやっとの事で我に返る。女子高校生の紺色スカートが目の前あった。電車内は満員だった。

 この時間帯は早朝の通勤・通学ラッシュアワー中である。特急電車には、様々な人たちが詰め込まれていた。まるで箱の中のお菓子になった気分だ、息苦しさを実感する。

 しかし幸運にも彼は始発の駅からの乗客だった為、座席に座る事が出来てストレスも幾分か軽減された。それだけでも彼はまだマシな分類なのだろう。

 ただそれによる弊害と言う物もある。リラックスが過ぎてしまい、あれやこれやと妄想してしまう事だ。彼の場合はかなり重度の妄想癖を持っており、一度始まると特急電車が如くなかなか止まらない。

「…………」

 改めて先程の妄想を思い出す。思い出したと同時に、羞恥心と自己嫌悪が間欠泉のように心の底から噴き出した。

(……何て妄想してしまったんだ……)

 恥ずかしく、気味の悪い自分の「本質」が度々這い上がってくるのがこの上なく恐ろしい。「本質」は抑圧したとしても、元々が「本質通り」の人間なばかりに抑え切れるはずがない。

 チョコの原材料はカカオのように、化ける事は可能であっても「本質」は変えられない。それはベットリ、退廃的な自分を隠す仮面の下にその「本質」がいつも貼り付けられ、ふとした時に仮面の表と裏を逆転させる。それを感じる度に鳥肌が立ち、ギクリと心臓が喚き出す。そしてその度に、内なる彼が声高々に叫ぶのだ。あぁ、自分は何て人間なんだ!!



「ん……?」

 一通りの自己嫌悪を抜けてみれば、左肩に違和感を感じた。重い物トンッと隣から肩にのしかかっている。

 何だろうと思い、チラリと左を見てみれば三十代半ばのサラリーマンが眠ってしまい、自分に寄り掛かっていた。口をだらしなくパカリと開き、体が傾いた事に気付かない様子から完全に熟睡してしまっているようだ。

 見るからに「サラリーマンだ」と分かるようなスーツとキッチリ揃えられた髪型に、真面目そうな顔。個性を感じさせず「規律良き社会人」な感じの、魅力も何もない普通に冴えない男性である。

 

 しかしそれでも彼の情欲はドス黒い濁流となって心臓を突き破り、とうとう暴れ出したのだ。

「…………!?」

 体温が上昇し、血の巡りが良くなったようだ。心臓に鈍い痛みが継続性・規則性を持って現れ、全身の筋肉が膠着した。



 あぁ、寄り掛かられている!ボクの肩に頭を乗せている!!まるで甘えられているようだ、愛されているようだ!!

 今すぐに抱かれたい。愛を囁かれたい。この真面目な顔が、情動に崩れる瞬間とギャップを見てみたい!!ピッチリとスーツの貼り付いたその太股を、ツゥっと愛撫したい!グシャグシャに乱されたい!むしゃぶり尽くされたい!!獣欲を受け止めたい!!!!愛されたい、愛されたい、愛されたい、愛されたい愛されたい愛されたい抱かれたいッ!!!!


 サラリーマンの顔を見ながら、彼は再び妄想の世界へ堕ちて行く。次第に紅潮する彼の顔に快楽の色が満ちる。幸運なのは灰色のキャスケットを目深く被り、尚且つ目線を下げていた事だろう、ゾクリとするほどに口角を引き上げた恍惚の笑みを他人には見られなかった。

 腹の奥からウズウズと虫が這うような感覚が現れ始めた。ウズウズを抑えるべく右手を左脇腹へ、左手を右脇腹へと向かわせしがみつくように指を張り付かせた。自分で自分を抱くようにして、溢れるエクスタシーを止めに入る。

 それでも妄想中の脳は止める事が出来ず、微睡みの中へどんどん沈んで行くのを実感した。



「あっ」

 電車がカーブに差し掛かり、大きく揺れる。その衝撃に、妄想は一旦ストップした。沈んだ思考が急速浮上し、海の底からしぶきを上げて飛び出すように正気を取り戻した。隣のサラリーマンも目を覚まし、彼の左肩から頭を離した。

「きゃっ!」

……と同時に、女性の小さな悲鳴が聞こえた。誰の悲鳴か特定しようと考える前に、彼の思考は止まった。

「うわ!……っ!」

 彼の前に立っていた女子高校生が、彼の体に倒れ込んだ。スマートフォンをいじっていた為に吊革を離してしまい、さっきの衝撃によってバランスを失い倒れてしまったのだろう。

「…………!?!?」

 女子高校生の重みと体温が赤外線のように服を通過し、地肌にぶつかった。事故とは言えども今、彼は女子高校生に抱かれている状態となっている。

 視界一杯に黒髪がかかり、白い首筋が現れた。彼はその白い首筋に釘付けとなる。



 抱かれた抱かれてる抱かれている!!ボクは今抱かれている!!!!体温が温かくて心地良い!抱かれている抱かれている抱かれている!!!!

 このまま舐められたい。耳元で甘い誘惑を受けたい。キスされたい!!それも奪うような強引なキスを!!!!印が欲しい。体に傷を入れられてこの人の所有物になりたい。今すぐこの柔らかそうな首筋にキスを送りたい!この愛らしい顔が恍惚に歪むのを見たい!!!!メチャクチャにされたい、愛されたい!!



 荒くなる呼吸を聞かれまいと、下唇を噛んで口を塞ぐ。女子高校生の耳がすぐ横にある為、興奮したような声を聞かれるかもしれない。

 サラリーマンとは違い、体と体の大部分が触れあっているので先程とは比べ物にならないエクスタシーが彼を縛りあげた。ほんのりと、ラベンダーの優しい香りがするのは香水でも着けているのだろう。


 淫らな妄想で麻痺した脳に、焦った女子高校生の声が響いた。

「す、す、す、スイマセン!!」

 青冷めた顔でサッと、窓を押して自分の体を持ち上げて彼から離れた。ラベンダーの香りと感触が鼻孔と神経へ蔓のように絡み付いて来る。

「あ、あの、その……電車が揺れて……そ、それで……」

 表情は恐怖と恥に染まっており、周りの目が気になるのか、しきりに目だけをキョロキョロさせている。現に周りの人の視線は女子高校生と彼に集中している。怪訝そうな顔に、薄ら笑いに、鬱積ダダ漏れのしかめ面に、興味を隠しているようなわざとらしい無表情など、謝る女子高校生への反応は様々であった。そして、それに対する彼の反応を待っている。

 

 当の本人は帽子を引っ掴みながら顔を落としていた。今、表情を見られたくないからだ。

(紅くなってないかな?ニヤけてないかな?息は荒くないかな?心を悟られてないかな!?)

 帽子の下の顔は紅潮が止まらず、口元も僅かに引きつりを見せていた。とてもではないが、人に見せられるような表情はしていなかった。

 見られたくないが為に過敏となった神経は、人々の視線まで感じとれるほどにまで高感度となっている。結果、周りの視線は謝る女子高校生よりも帽子を押さえてうつむく彼に興味が移ったようで、突き刺さるように数多の視線が集中していた。

 女子高校生の方は、いきなり怒鳴られるのではないかと戦戦兢兢としている。乗客も成り行きをただジッと傍観するのみ。

「……あ、あのぅ……」

 黙ったままの彼につい呼び掛けてしまう女子高校生。彼女の周囲にいた人間は「止めときゃいいのに」と言いたげな顔をした。目線を逸らし、無関係者になろうとする者もいた。



「……あ、はい。ご丁寧にどうも……大丈夫です」

 暫しの沈黙を破ったのは、彼の声であった。ふわりとした、優しい声に女子高校生の強ばった顔はフッと和らいだ。事件が解決し、興味をなくした乗客はポツポツと視線をスマートフォンや窓の外へ戻し始める。

「すいません……」

 女子高校生が最後に一声謝罪を入れた時に、うつむきっぱなしだった彼の顔が上がった。



 仄かに赤みかかった顔は微笑んでおり、トロンとした垂れ目が艶やかに鈍く光っている。恍惚の表情は僅かに残ってしまっていたのだ。

 もう少し心を整える事は出来たのだが、うつむいたままで注目され続けるのが恐ろしくなり、女子高校生が余計な恐怖心を抱いていた事も察してしまったが為に意を決して顔を上げたのだ。

「ッ!?」

 女子高校生は一瞬見とれてしまった。自分の前で座っていたとは言え特に注目をせずにいたので、まともに彼の顔を見たのは初めてだった。


 中性的な顔立ちは眉目秀麗と言う言葉が良く似合うほどに端整であり、肌は色白く痩せ型である物のナヨナヨとした印象は受けず、どことなく儚げで妖艶な色気を放っている。

 息を飲み、視線を釘付けにされた彼女の様子をまじまじと怪訝そうに見ていると誤解した彼の心は掻き乱された。まだ表情が元に戻っていない事に気付き「しまった!」と心の中で叫び、再びバッと顔を伏せる。

(ど、どうする!?おかしい人だとおおおおお思われた!?も、妄想してしまったの気付かれた!?どうしようどうしようどうしよう!?!?)

 完全な動揺に蝕まれ、心臓は飛び出さんばかりにバクバク唸っている。体は血液は沸騰しているように熱くなり、色白い彼の皮膚をどんどん紅潮させて行く。喉が涎をスポンジのように吸い込んでしまったようで、カラカラと喉が渇いてしょうがない。

(け、警察に突き出されないかな?これも公然猥褻に引っ掛かるのかな!?ああああ!!ボクはなんて奴なんだ!!これじゃ変態じゃないか!!妄想して、一人で悦んで、挙げ句の果てに気持ち悪い表情を人様に見せ付けて!!!!)

 今にも口から悲鳴が飛び出して来そうだ。今朝食べた朝食と一緒に吐き出してしまいそうだ。彼の噂が流れてしまえば当然、彼はもうこの時間帯の電車には乗れなくなってしまう。グニャリと目眩すら起きてしまった。

 


「きたすみー。きたすみー。和田市行きはーお乗り換えでーす……」

 その時に車内アナウンスが流れ、車掌独特の鼻声朗読を聞いた瞬間に手離しかけた平常心を寸での所で捕らえられた。特急電車がやっとの事停車駅に辿り着いたのだ。

 助かったと思った彼は、喜びの声を出しそうになったのを堪え、顔は伏せたままじっと停車を待つ。

 アナウンスから十秒ほど経過した時、駅のホームに差し掛かった電車はゼンマイ切れたオートマタのようにゆっくりと動きを遅くして行き、最終的には止まった。待っている間の時間、女子高校生と他の乗客たちの好奇の目に晒され、胃が痙攣しそうなほど気分が悪くなった。

 慣性が働いて体が前方へ引っ張られたのを合図に、彼は帽子を深く被り直して席から立ち上がった。

「し、失礼します!」

「ああ、あの……!」

 呼び止めようとする女子高校生を無視し、降りる乗客たちの波に乗って車内を出た。振り向かず、電車を降りるやすぐに人々を避けつつ足早にホームから逃げた。

 自分が乗っていた特急電車は扉を閉め、再び次駅へ向けて走り出した。


 この駅は彼の下車する駅ではなく、終点が彼の目的地である。早く次の電車に乗らなければならない。しかし彼はホームから改札口方面へ歩き出し、その途中にあるトイレの中へ駆け込んだ。

 トイレの中には誰もいない。人の気配は感じられなかった。彼は用を足す訳でもなく、手洗いの前に立ち、顔を上げて鏡越しに自分の姿を見た。

「…………」

 見慣れた自分の顔は、淫らにまみれている。あれほど動揺したばかりだと言うのに、目は垂れ下がり顔は紅く口元はだらしなく上がっていた。

「…………」

 そんな自分の顔を見た後、右手は自分の頬に添えられていた。そして口、鼻、眉へと指を滑らせて行く。くすぐったいような感触が、ミミズにでも貼り付かれたかのように顔の上でのたうちまわっている。

「…………はは」

 淫らな自分。不埒な自分。節操無しな自分。そんな潔白の「け」の字もない、妄想で汚れた自分を見る度にゾクゾクとした感覚が背骨を伝って脳に突き刺さった。



 もしも……もしも誰かにメチャクチャにされれば、こんな顔……するのかな?……こんなはしたない顔…………晒すのかな?


 妄想が再び沸き上がり、そんな自分がイメージとして頭を掠めた。自分で作った自分のイメージで彼は底無しの絶頂を迎えられたようだ。

「はぁ……あぁあ……はははは…………」

 恍惚に染まる自分の表情が更に彼を昂らせた。熱っぽい呼吸を吐き出しては、自分を抱くように腕を組んだ。足元から這われるように無数の腕が伸びて来ているようだった。包まれるような安心感と触れられる快楽が錯覚としてよぎった。



「愛されたいなぁぁ……!」

 絞るような声でそう言った後、彼は蛇口から水を出しては掬い、顔面へとぶつけた。

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