召還不要!!
ある日の日曜。
家でだらだらと休みを満喫していたら、いきなり床に穴が開いた。
しかも、自分の真下に。
は? と思う間もなく自由落下──したかと思ったら、気が付けば床に転がっていた。
辺りを見回すと、やたらとキラキラした内装が目に入る。
一言で表すならば、ケバい。
上品さなんて欠片もない。
自分の部屋ではないのは確かで、周囲には鎧を纏った騎士、奥には王様らしき人物と隣にケバ、豪華なドレスの女性が椅子に座っている。
なんだ、どうしてこうなった!?
内心慌てていると、女性が立ち上がり。
「ようこそおいでくださいました、勇者様!!」
と駆け寄ってきた。
おいおいドレスで走るなよ、つかそのヒールでなんでそんな勢いよく走れるんだと(心の中で)ツッコミを──って。
「は? 勇者? 私一応女なんですけど」
「え」
まあ確かに髪は短いし今スッピンだしジャージ着てるしで遠目から見たら勘違いされても仕方が……ない、のか? いやでも女性でも勇者と呼ばれる人はいたし。ゲームとか漫画とか。
しかしならば聖女もしくは巫女などと呼ばれたいのかというとそれはそれで断固拒否させていただきたい。
私の言葉に一瞬固まった女性は、
「なーんだ、ならどうでもいいや」
と小声で呟き。
「陛下、私具合が悪くなりましたのでお部屋に戻っても構いませんか?」
と一人残されていた男性に声を掛けた。
あからさますぎて笑えてくる。笑わないけど。
「お前……一応王妃なんだから、少しは我慢しろ」
呆れたように男性が言う。
……『王妃』と『陛下』、ねえ……。
「さて、異世界の人間よ」
『陛下』と呼ばれた男性は偉そうに(実際偉いのだろうけど)声を掛けてきた。
「お前を喚びだしたのは他でもない。──この国のどこかにいる魔王を探して貰いたいのだ」
曰く。
十年前、この国では原因不明の病が流行していた。
先代国王、即ち陛下の父親は原因究明のために『招喚術』を行使させた。
解決する手段、として呼び出されたのは異世界の少女。
少女は魔王と呼ばれる存在がいることに気付き、王子と共に魔王の元へと向かい、戦った。
その後少女は聖女と呼ばれ、即位した王子と結ばれてめでたしめでたし……の筈だったのだが。
また原因不明の病が流行りだしたため、また魔王が原因ではないかという話になり、再度招喚術を行使した、ということらしい。
「王妃様はもう戦えないんですか?」
「そんなことさせられるはずなかろう」
元聖女の『王妃』に確認しようとしたのだが、元王子の『陛下』に何を言っているのかという目で見られた。
「そもそも戦えたらお前を呼び出したりはしていない」
さいですか。
「魔王には友人がいたのだが、十年前に妻と旅行に出たきり消息を絶っている。もしかしたら呼び出せるのではないかと期待したのだがな」
すみませんね、現れたのがこんなので。
「まあ、話は分かりました。でも私にも生活というものがありまして。旦那と子供が心配なので、早く帰りたいのですが」
えぇ、既婚者ですが何か。
自分勝手な意見だがさてどう出るか、と様子を見ると、『王妃』が申し訳なさそうにこちらを見た。
「呼び出しはできるけど、帰すことはできないらしいの……」
だからあなたは、と続けるその顔がなんとなく優越感に浸ってそうなのはこちらの僻みだろうか。
「そうですか。……ならまた魔王様に送って貰うしかないか……それならこの国の問題も解決するし」
仕方なくそうぼやいたが。
迂闊にも側に騎士がいることを忘れていた。
当然、私の呟きが周囲にも聞こえたらしく、騎士の何人かが素早く私を包囲する。
「貴様、何者だ」
一番偉そうな騎士が聞いてきた。
その顔に、見覚えがあるような──と、思い出してつい口元が歪んでしまった。
「……命の恩人に剣を向けるとか、下っ端騎士が随分と偉くなったものね」
口元を片手で押さえ首を傾げると、眉を顰めた騎士は気付いたようで、目を丸くした次の瞬間には「申し訳ありません!!」と膝を着き頭を下げてきた。
……異世界で土下座する騎士。違和感が半端ない。
「何だ、どうした」
いきなりの行動に『陛下』が言う。
「陛下、この方は──」
と言いかけた騎士に「待った」と声をかける。
「気付いてない相手にわざわざ教える必要はないよ。どうせすぐに帰るし」
「しかし……」
「バレて引き止められる方が迷惑」
嫌そうに言うと、騎士はなんとも言えない顔をした。
「おい、聞こえないのか」
苛々とした口調で『陛下』は言い。
「もういい、誰かそこの人間を拘束しろ。数日地下牢にでも入れておけば自分の立場を理解できるだろう」
……さすがに犯罪者紛いの扱いをされると腹が立つ。
躊躇する数名の騎士と、そんな彼らに戸惑いつつ王命に従おうとする若そうな騎士数名。
大立ち回りとはいかないが、ある程度被害を与えてから逃げ出せば少しは時間稼ぎになるだろうか。
そう考えながら右手を前に出そうとして──。
「……っ、くくく、あはははは」
どこからか笑い声が聞こえてきた。
「いやいや、あまりの滑稽さに思わず三段笑いをするところだった」
見ると、いつの間に現れたのか、フードで顔を隠した黒いローブ姿の人物が一人、『陛下』と『王妃』、騎士と私の間に立っていた。
「何者だ!!」
「酷いな元王子。私の顔を忘れたのかい?」
どこかの時代劇のような台詞を吐き、ローブ姿の人物は被っていたフードを頭から払った。
そこから見えたのは金髪碧眼。
黒いローブ姿でなければ、まるで王子か貴族のようなその人物は。
「魔王──!!」
そう、『魔王』その人だった。
「久しいな、元王子」
「もう王子ではない」
『魔王』の言葉に苛々と告げる『陛下』。
「だから『元』と言っているだろう?」
気にすることなく『魔王』は言い、こちらへと顔を向けてきた。
「しかし、まさか招喚術で君が呼び出されるとは。異世界とは狭いものだね」
……いや、一定範囲の場所からしか招喚できないだけでは。
とは思ったが、口には出さない。何故なら彼はそれを知っていてわざと私に言っているからである。
「貴様、魔王の手先か!!」
『陛下』が叫んできた。
「いやいや。それは違うと君達の方が良く知っているだろう? だって、招喚の条件は『異世界に住む人間であること』と『瘴気を魔力として昇華させる能力を持っていること』なのだから」
やれやれ、と肩を竦めて『魔王』は言う。
「ちなみに元王子。十年前も今も、原因は私ではないよ。ここの土地は瘴気が満ちやすい。原因不明の病と言うが、魔力を持たない、持っていても少量な人間が中毒症状を起こしたのだと調べればすぐに分かることなのにね──まあ、知識がなければ調べても分からないか」
「ならば何故秘匿した!! 原因が分かっていれば対処のしようがあった!!」
「友人の娘を無理矢理王子の婚約者にしたり、なのに別に好きな人ができたら放置したり。挙げ句の果てに亡き者にしようとした人間のいる国を、何故私が助けなければならないんだ?」
「……何だと?」
「ねえ、元聖女。君、能力消えてるだろう」
眉を顰めた『陛下』を無視し、『魔王』は『王妃』に話し掛けた。
ビクリ、と音がしそうな勢いで『王妃』の肩が跳ねた。
「異世界の人間はこちらの人間に危害を加えないように能力を制限されている。逆もまた然り。もし違えたら能力は消える。……さあ、『魔王』はここにいる。能力が消えていないというならば使ってみるといい」
迎え入れるかのように『魔王』は『王妃』に向かって両手を広げる。
しかし、『王妃』は動かない。
「できないのだろう? ──十年前に『王子の婚約者』を亡き者にしようとして能力を使ってしまったのだから当然だ」
「言い掛かりを──」
「言い掛かりなんかじゃないさ。証人ならここにいる」
『陛下』の言葉を遮り、『魔王』はこちらを見た。
「そうだろう? 『元王子の婚約者』殿」
──そう。十年前、私はこの世界で暮らしていた。
父が爵位を持っていたせいで無理矢理王子──現陛下の婚約者にさせられていたが、聖女招喚によりその立場はなくなった。
文字通り『亡き者』にされかけた私は、魔王と呼ばれる人物に助けられ、異世界へと逃れたのだ。
そもそも私は『元王子』のことを好きではなかったし、両親は(主に父が)放任主義だったので、この世界に未練はなかった。
異世界での生活は、常識や認識が違い戸惑いはしたが、意外と馴染んだ。
魔王の知り合いだという家族に世話になったりなんだりで、十年。
もうこの世界の存在すら忘れかけていたのに。
「……バレない内に帰りたかったんですけどね」
「このまま帰しても構わないんだけど、それだとまたこの国は同じ過ちを繰り返す。自分達が何をしたのか理解させないと」
私の文句にさらりと返す『魔王』。
「『元聖女』にはもう昇華能力はない。昇華能力に類似した稀有な魔力変換能力持ちな『元婚約者』はもうこの世界には存在しない。そして」
ずん、という重い音と共に城が上下に揺れた。
「今、城の地下にあった『招喚陣』を破壊させてもらった。もう異世界から人を呼ぶことはできない」
「え、ちょ、私はどうなるんですか!!」
「ああ大丈夫、私がまた自力で向こうに送るから」
焦った私にあっさりと『魔王』は返した。
確かに、十年前は何の準備もなくそのまま異世界に送られたっけ。
「次に魔力がこの地に満ちるまでの十年。その間にどう対策を練るのか楽しみにしている」
意地悪く『魔王』はそう言い、私と共に城を去った。
だから、その後あの国がどうなったのかは私は知らない。
十年後、陣を直して改めて招喚術を行うのか、それとも思い直して自分達で何とかしてみようとするのか。
──少なくとも、私自身は召還されるのなんてもうごめんである。