振り袖
妹の振り袖姿がとっても可愛い。
というかカッコイイ。
着物の色も、帯も、メイクも、髪も、ネイルも、カッコイイ。
可愛いさだけじゃなくて、カッコよさまで身につけ始めている。
そんな妹を見ながら、私は自分の成人式の日の事を思い出した。
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私は成人式に出られなかった。地元を出て浪人していた私は数日後のセンター試験でそれどころではなかった。
勉強しながら聞いていたラジオ番組に、
「成人式に出られないので、受験勉強頑張ってます。そんな私にこの曲を流してください!」
というメールを送ったら採用されて「おおお!!」とひとり驚いたりもした。
勉強机兼食卓に置いたケータイが光る。
消す。光る。消す。光る。
ちょっと気になって見る。
成人式に出席した友達から写真付きでメールが数件届いていた。
「いいな~ちくしょー私も着たい~~(笑)!!」
「みんな可愛いじゃん!会いたいわー!」
「ありがと。久々みんな見れたしセンター頑張れるわ。」
みたいな返信をぱぱっと返す。
もう一度写真を見返す。
みんな案外変わってないな。元気そうで何より。あ、でもこれは、ちょっと、キャバ嬢みたい。金髪が似合ってない。というかこの白いホワホワ、しない方が可愛いのにな。
はい終了。
パタンとケータイを閉じる。
もう何回やったか分からない問題集に目を戻す。
羨ましさなんてなかった。強がりでなく。
あの頃の私は高校や中学より、断然楽しい居場所と世界を見つけて
その事にわくわくしていたのだ。
気がついたら今までいた世界なんて、ポケットに入れっぱなしのリップクリームみたいに忘れていた。
キツいことも、嫌なことも、全部楽しかった。こんなことは初めてだった。
浪人していたけれど、私の気持ちはとっても自由だった。
**
「で、良い前撮りプラン見つけたんけどさ、あんた振り袖着たい?」
え。ちょっと待って。
母と私は、妹の前撮りの話をしていた。それなのに、急に質問が向けられる。
大学の卒業式で袴ではなく、振り袖を着ようか、などと目論んだけれど、卒業制作でお金をとことん使い果たし、気力と体力はもうぷっつんと切れてしまった私は結局、ワンピースを着て出席した。
成人式に出なかったことも、卒業式でワンピースだったことも後悔はしていない。
でも...着られるなら振り袖、やっぱりちょっと着てみたい。
今なら年齢的にもギリギリセーフな気がする。
「そのプラン..成人しちゃった人でも大丈夫なの?」
「問題ないってさ。本当にその場で振り袖着て、写真撮るだけのプランだし。シンプルでしょ。」
「..着たい..かも。前撮りっていうか後撮りだけどね。」
「わかった。じゃあついでに申し込んでおくわ。」
さて。私はさっそく脳内で当日展開されるであろう会話をシュミュレーションする。
あ、実は私、ハタチ超えてるんです。着られなかったんですよ。成人式出られなくって。はい、そうなんです。せっかくだからと思って。
私は写真館の人と笑顔をつくって話せている。大丈夫だ。私だって着物を着て写真を撮るお客さんには変わりはないんだから。
そして当日。
「成人式出るの?」
「あ..いえ、出てない、です」
「..?あら、じゃあ前撮りだけしようって感じ?」
「...そうですね写真だけ..」
どうしよう。完全に新成人だと思われている。本当は最初の段階で言いたかったのに。
「ずいぶん地味な色の着物選ぶのね。」って言われた時にもっとはっきり言えば良かった。
綺麗な赤色の着物を勧められて、こんな派手なの無理だよ..って思ったのに案外似合って、あ、やっぱりそっちにします。なんてやってるうちに流されている。完全に着付けのおばさん達に流されている。
このまま新成人を装い続けようか迷った。けれどもうこの時点でキツい。私は嘘が下手だ。というか苦手だ。絶対役者にはなれないな。
「って、あの私もうハタチ超えてるんです。」
ああ年齢なんて気にした事無かったけど、もうハタチじゃないんだ。当たり前だけど。
「え、あらやだ。そうなの?え、じゃあ学生さん?あら、違うの?あらー..」
「ちょっと!この子、もうハタチ超えてるんだって!」
おばさん達の何か察したような顔。やっぱり新成人の振りをしておけば良かった。
着物を着せてもらって、次は髪をセットしてもらった。
そこでも同じような会話が待っていた。
もうすでに着物にぐっと体を締め付けられているのに、さらにぎゅんっと
締め付けられた。今の私は詰め替え用のパッケージみたいにくしゃくしゃだ。
**
「はーい..もうちょっと笑ってください。」
カメラマンのおじさんの困った顔とカメラのレンズがこっちを見ている。
おばさん達との会話と、着物のキツさと、ポーズを保つのでもう精一杯で、表情筋まで意識している余裕が無い。そういえば、こうやって写真撮ってもらうのって卒業アルバム以来だ。
申し訳ない。
ハタチ超えてるのに振り袖着たいって言ったのは私なのに。
おばさん達との会話を笑い飛ばせなくて。
笑顔をつくれるほどの体力もテンションも無くて。
振り絞れ。ハタチは超えたけど、20代だろ。
口角をあげる。カメラのレンズを見つめる。
おじさんがこの機会を逃すかとシャッターをきる。
「はい、ありがとうございます!お疲れ様でした!着替えてください。」
「..ありがとう、ございました!」
終わった!モデルさんって凄いな!あー終わった!すみません、本当に、本当に、こちらこそお時間おかけして申し訳ありませんでした。
解放感でいっぱいだった。
受付で支払いをすませて帰ろうとする私を、写真館の人たちが慌てて引き止めた。
「この後、先ほど撮ったお写真から3枚、選んでいただきます。」
こちらです、とモニターの前に座らされた。
ドン!
大きな画面に、たくさんの無表情の私のなかで微笑む私が映し出された。