ハッピーベースボール
「勝利が必須! 結果が第一だ。スポーツ選手は結果を出してこそ成功者になれる」
これは高野隆史の高校時代の監督、高堂剛の話だ。
今、隆史は六大学野球で活躍する投手となっている。彼はバッテリーを組む近藤和樹と、グラウンドで寝そべってこんな言葉を交わしあっていた。
「勝利が必須ね。ただスポーツをやってるだけじゃダメなのか?」
「ああ、高堂に言わせるとそうらしい。結果を残さない選手はガラクタだと」
「俺はそんなスポーツはやだね。仲間と白球追いかけて、笑いあったりするだけでいいんじゃないか?」
和樹は彼のそんな言葉をぼんやりと聴いていた。だが彼の置かれたポジションについて口出しするのも忘れなかった。
「でもお前はプロのスカウトも注目する器だ。そんな考えばかりじゃやってられないだろう。プロは結果が求められる。高堂のオッサンの言い分にも一理あるさ」
「そんなもんかな。俺は勝ちたい、勝ちたいで自分を駆り立てるだけの人生なんてヤダね」
和樹は黙って彼の話を聴いていた。そして立ちあがるとこう言った。
「でも今度の慶応との一戦には負けるなよ。優勝がかかってる。高堂どうこうより、勝って笑い合いたいだろう?」
「それはまぁね……」
彼がどことなく気乗りしていないのを和樹は感じていた。
そして迎えた慶応との最終決戦。この一戦に勝った方が秋季リーグ優勝だ。
試合は息詰まる投手戦が続く。1-0で迎えた8回裏、隆史のチームは和樹の2点タイムリーツーベースで逆転に成功していた。そして最終回を迎える。マウンドにはもちろん隆史がいた。
疲れの見える隆史は味方の四球とエラーで2死2、3塁のピンチを迎えてしまう。相手バッターは四番の高堂清。皮肉にも「勝利が必須」と言った恩師、高堂剛の甥っ子だった。
マウンドに和樹が駆け寄り、勝負するかどうかを話し合う。するとベンチから伝令が送られドライな采配が告げられる。二人は笑った。
『敬遠か……』
「仕方ない。誰と勝負しようが『勝ち』は『勝ち』。ここまで来て駄々こねてる場合じゃないだろ」
「それもそうだな」
隆史の言葉に和樹はそう応じて定位置に戻った。そしてキャッチャーミットを構えて立ちあがるはずだった。だが彼は立ちあがらずにミットをストライクゾーンのど真ん中に構えている。まるで隆史には彼がこう言っているように思えた。
「楽しみたいんだろう? スポーツを。人生を」
隆史は呟く。
「仕様のない奴だ」
意を決した隆史は堂々とストライクゾーンにボールを投げ込んだ。監督は手をあげて怒りをあらわにする。そして1ボール2ストライクから隆史が投じたストレート。
それは無情にも見事に打ち返され、左中間を大きく破った。……2者生還。優勝のかかった試合で二人は監督のサインを無視して、見事玉砕。試合にはサヨナラで敗れた。
それから数日後、監督に手厳しく怒られた二人は前と同じようにグラウンドで横になっていた。空は透き通るように青かった。隆史が言う。
「なぁ、俺達は間違ってたのか?」
和樹はしばらく考えて答えた。
「んにゃ。俺達は正しかったよ。なにより楽しかっただろ? 高堂の甥っ子と勝負して。俺達は『正しいガラクタ』だよ。ただ……それだけだ」
「そうだな」
隆史もそう言って笑った。二人は心の底からスポーツを、人生を楽しんでいた。空には飛行機雲が美しい楕円を作っている。二人は「楽しかったな」と一言口にするのだった。