あめ玉・ガラス玉
タイトルに三大要素 (というんでしょうか)を詰め込みたかったのですが、語呂が合わずにあきらめました;;
沙夜菜の初挑戦短編小説です。上手く書けているかは分かりませんが、一度目を通してくだされば幸いです。
コツ
口に入れたあめが歯に当たる。
コツ
もういっかい。
今日は大玉を口に入れたから、歯に当たりやすい。
絶対に噛まないという座右の銘のもと、舌で転がしつつ私はハープを手に取った。
あの時もだった。何年前だったか、あの時も、大玉が歯に当たりつつも、ずっとなめながら自転車を漕ぎ続けた。
その時向かっていた先は、
「琴ちゃん今日も来たの?」
店の中から出てきたおじさんに笑って、ポケットからあめを出して手渡した。
「なんか新しいのある?」
「あるよ、昨日入ったばかり」
いろんなガラスのものがあるお店。
新入荷のものを通して店の中を見回してみると、角度によっていろんな色の景色になった。
壁につるされたガラス玉が、赤くなったり、黄色がかった色になったり、時には霧がかったりもする。
棚に並べられたグラスも、緑になったり、青になったり。
木の匂いがする店内の香りさえも、ガラス玉の色と同時に変わっていく気がした。
「すごい、何色?匂いまで変わってない?」
「何色だろうねぇ、不思議だろ。匂いは、琴ちゃんの気のせいだと思うけど」
私は笑いつつうなずきながら、机の上で転がしてみた。絶え間なく色が変わるガラス玉。
「これ、欲しい」
「もういっこあめくれたらね」
ポケットを探って、私は1つのあめを机に置いた。
「色変わるガラス玉もらうから、味変わるあめあげる」
おじさんはそれを大切そうにエプロンのポケットに入れると、代わりにガラス玉を私のポケットに入れてくれた。
これが、普段の私たちのやり取り。
「おじさん、本当にあめ好きだよね」
「琴ちゃんも好きだからポケットにつめこんでるんだろ?」
あめしか好きじゃないけど甘党というのだろうか、多い日には1日で1袋食べつくす。学校では耐えるのに必死、家に帰ると即座に口に放り込む、あめ玉。
「だって口に入ってないと落ち着かないんだもん」
そう言うと、おじさんは声を立てて笑った。と同時に、天井につるされた季節外れの風鈴が鳴る。
私が時計を見上げると、針は3時40分を指していた。
「もう帰んなきゃ」
と私が鞄を持つと、おじさんはうなずく。
「また、来てね」
私もうなずいて、ドアへ向かう──────と。
「すごい、ハープ?」
本来は木であるはずところが茶色のガラスになった小さめのハープ、琴が立てかけてあった。
「うん、いる?」
「これはさすがに……もらえないでしょ」
軽く「いる?」とおじさんは言ってのけたが、おそらくこれ、ものすごく価値がある。
「大丈夫、常連さんだから特別サービスであめ3個」
常連さんと言ってもお金払ったことないんだけどな、という思いは胸の内に秘めておいた。
ポケットからあめ3個を取り出して、おじさんに渡す。
「包むから、ちょっと待ってて」
そう言い残して、ハープを片手におじさんは奥に一度引っ込んだ。もう一度出てきたときには、英字新聞らしきもので包装されている。
「ありがとう、それじゃあね」
と、私は手を振ってポケットにガラス玉が入っていることを確認すると、ハープをかごに入れて漕ぎだした。
それからしばらく、祖父母の家に行ったり部活が忙しかったりして、お店には顔を出さなかった。
おそらく1ヶ月くらいたったころ、久しぶりに暇になって、おじさんの所へ行こうと思い立った。
ポケットにあめがあることを確認して、自分の口にも1つ放り込み、自転車にまたがる。
「……新しいお花屋さん?」
出来たんだ、またのぞいてみよう。そんな思いの元、周りを見回す。
─────ない。
1ヶ月も来なかったから、道間違えたかな。そう思ったが、この景色は間違いない。絶対、ここだ。
もしかして花屋に変わったのかな。そんな不安を胸に抱え、私は花屋に入った。
「いらっしゃいませ」
にこりと店員さんが言ってくる。私は軽く会釈して、店内をぐるりと回ってみた。
レジの所で、立ち止まる。
「……これ」
どこかで見覚えがあると思えば、おじさんの店の壁にバランスよく吊るされていたガラス玉だ。
女の人を振り返って、前のお店はなんだったかと聞いてみると、
「ガラス用品を取り扱っていたお店でしたよ。レジ横のガラス玉も、前の店長さんがくださって」
ガリ
という音は、自分があめを噛んだ音だと後でわかった。
「その人、どこに行ったか分かります?」
「さぁ……行き先は教えて下さりませんでしたよ。ただ、もうお店はやめるって」
───────なんで、どうして。
そのあと、店員さんは小さくつぶやいた。
「営業を続けるのが難しかったんでしょうかね」
その一言で分かった。きっと、私のせいだ。今までもらったガラス玉も、あのハープも、きっとものすごく高価なもので、それをあめ玉なんかでもらってしまったから……あのお店はつぶれたのだ。
私のせいで、とうつむいた私に、店員さんはあわてて、思い出したように言った。
「ものすごく、寂しがっていらっしゃいましたよ。もしかしたら女の子が来るかもしれないけど、って言って。そうそう、預かり物もあって」
店員さんは一度奥に引っ込んで、戻ってきたときには手に袋を持っていた。それを私に握らせながら言う。
「これを渡してほしい、とだけ言われました。あとは何も……」
私は店員さんに少しだけ頭を下げて、店を出た。
帰り道、さっき噛んだあめをひたすら砕きつつ、私は自転車を漕いだ。
多分、そうでもしていないと涙がこぼれそうだったからだと思う。
完全に砕けて、もう噛むところがなくなってしまうと、頬を涙が流れるのが分かった。
家に着いて自分の部屋に入る。こんな時でも、あめは口に入れておきたいと思う自分が情けない。
椅子に腰かけて、さっきの袋を開けてみると、そこに入っていたのは。
「……あめ?」
あめなら口に入っていたが、包みを開けてみる。これは……あめじゃない、ガラス玉だ。
ガラス玉が、あめ玉のように包まれていた。
おじさんが何を考えてこれを作ったのかは知らない。知らないけど、私はそれがおじさんのあの言葉を代わりに伝えてくれているように思えた。
『琴ちゃんのこと、ちっちゃな友達って思っていい?』
あのお店に通い始めて3回目くらいの時に、おじさんはそう言った。私も嬉しくなって、うなずいたのを今でも覚えている。
きっとあの言葉を、お別れの今、もう一度言ってくれたのだ。あめ玉とガラス玉、一緒になったらこんな物になるよね、と笑いながら、おじさんはこれを包んでくれたのだと思う。
それを考えると、また涙が出てきた。それを袖で拭って、何気なく部屋を見回すと、あのハープが壁に立てかけてあるのが目に入った。もらってからは一度くらいしか触っていない気がする。そっと、ハープを手に取った。
弾いたことはないけど、なんとなくの感覚で指を弦にかける。
そして─────────────
ポロロロロロン
音全体が、部屋の中に広がっていく。口に入れたあめ玉が徐々に溶けていくように、私も机に並べられたガラス玉も、ハープの音色に溶けていくようだった。
このまま本当に溶けそうな気がしてきたとき、色が変わるガラス玉に目を向けると、この音色に似合った、透き通った水色に変わったところだった。