夕焼けを買おう
真っ白な砂浜。空まで続いていそうな広い海。彼女と並んで座る夕暮れ時。
僕は彼女が好きだったし、彼女も僕と二人で出かけることを良しとしてくれている。彼女も僕に気があるのではないか。そう思うには十分すぎるほど、彼女は僕の隣にいた。
完璧だった。告白するには絶好の機会だった。
というのに、だ。
「雨、降っちゃいそうだね……」
「……だね」
空を覆うのは真っ黒の雨雲。どうして。
夕日が落ちるその瞬間に、告白しようと思っていたのに、これではできないじゃないか。
足元の砂を踏みしめる。柔らかい砂だからか、ついた足跡はすぐに消えた。雨雲もこんなふうに、ぱっとなくなってしまえばいいのに。
────ああ、そうだ。
僕はポケットに手を入れた。指先に触れたのは財布と、小さなコインが五枚。
「飲み物、買ってくるよ。何がいい?」
「ありがと。じゃあ……ホットコーヒーで。なかったらおまかせ!」
おっけいと笑ってから立ち上がり、浜の端にある自動販売機でホットコーヒーと緑茶を買う。それからその隣にある古びた自動販売機に目を向けた。
『夕焼け 二コイン』
『振られても傷まない夕焼け 三コイン』
『夜空 二コイン』
『傷んだ心を癒す夜空 三コイン』
少し迷ってから、二枚のコインを入れる。レバーを押したその瞬間、カチリ、と軽い音。
ゆっくりと振り返る。
さっきまで空を覆っていた雲は、どこにもなかった。橙色の空と、それが映る海。その海の向こう側へ引きずられて、沈んでいく太陽。
駆け足で彼女のもとに戻る。高揚した気分に蓋をして、なんともないようにホットコーヒーを手渡す。
「ありがとう。ねえ、さっき空が……急にね」
「晴れてよかった。夕日、綺麗だね」
彼女は不思議そうに空を見つめていたけれど、すぐにふっと笑った。雨雲さえ吹き飛ばしてしまいそうな、爽やかな笑顔だった。
今だ!
「あのさ、」
うん?
彼女は小首を傾げる。目が合う。丸い瞳に、溶けてしまいそうな目尻。
ああ、こんなの。
「好きです。僕と、付き合ってくれませんか」
一瞬の沈黙。その間に、夕日は海の向こうに消えて、辺りは暗くなった。波の音が、やけに大きく聞こえる。
彼女は目を瞬かせて、それから、困ったように笑った。
「ええと……ごめん。友達としては好きだけど、恋人には見られない、かな」
波の音が、ずっと遠くで聞こえる。胸の奥に蓋をした高揚は、知らぬ間に冷めていた。
「そっ……か、そうだよね。うん、ありがと」
ごめんね、と僕は笑う。困ったように、頬を引きつらせて笑う。
彼女も少し気まずそうに笑って、視線を海に戻した。浮かび始めた星の映る海は、憎らしいほど綺麗だった。
こんなことになるなら、振られても傷まない夕焼けを買っとくべきだった。後悔してももう遅い。
ポケットの中に手を入れる。シャラッと軽いコインの音。夕焼けに二枚使ったから、残りは三枚。
────よし、これで、傷んだ心を癒す夜空を買おう。
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