表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された居眠り令嬢、狂犬皇帝の専属抱き枕になりました  作者: 月雅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

第1話 追放された居眠り令嬢


「スリーピア・ド・ロウ! 貴様との婚約を、今この瞬間をもって破棄する!」


王立学園の卒業パーティー会場。

シャンデリアの煌めきよりも甲高い声が、広間に響き渡った。


声の主は、このソルネア王国の第一王子、ソレイユ殿下だ。

彼は整った金髪を振り乱し、壇上から私を指差している。


周囲の貴族たちがざわめき、蔑みの視線を私に向けた。


「ああ、またあの令嬢か」

「いつも船を漕いでいる怠け者ね」

「太陽の国にあるまじき無気力さだわ」


そんな囁きが聞こえてくるけれど、今の私にとってはどうでもいいことだった。

なぜなら、今の時間は夜の七時。

私にとっては、夕食後の至福の微睡みタイムだからだ。


私はあくびを噛み殺しながら、ゆっくりとカーテシーをした。


「……謹んで、お受けいたしますぅ」


私の気の抜けた返事に、ソレイユ殿下は顔を真っ赤にした。


「なんだその態度は! 悔しくないのか! 貴様はいつもそうだ。お茶会の最中に居眠りし、ダンスのレッスンでは立ったまま寝る。勤勉こそ美徳とされる我が国で、貴様のような怠惰な女は恥晒しなのだ!」


殿下の言葉はもっともだ。

この国は太陽神を崇拝している。

早起きは善、残業は美徳、汗水流して働くことこそが正義。

そんな国民性だ。


でも、言い訳をさせてもらえるなら。

私はサボっているわけではない。

ただ、眠いだけなのだ。


私には、前世の記憶がある。

かつての私は、ブラック企業で働く社畜だった。

終電帰りは当たり前、休日出勤は義務。

睡眠時間は平均三時間。

そしてある日、デスクに突っ伏したまま二度と目覚めなかった。


だから、この世界に転生した時、私は誓ったのだ。

もう二度と、無理はしない。

私の人生の優先順位第一位は「安眠」であると。


「貴様のような役立たずは、次期王妃にふさわしくない! 国外追放を命じる! 今すぐこの国から出て行け!」


ソレイユ殿下が勝ち誇ったように宣言する。

会場中が、私の悲鳴や泣き声を期待して静まり返った。


けれど、私の胸中に湧き上がったのは、歓喜のファンファーレだった。


(やった……!)


私は必死に口角が上がるのを抑えた。


王妃教育という名の早朝マナー講座。

毎朝五時に叩き起こされる苦行。

公務という名の無限の奉仕活動。


それらすべてから、今、開放されたのだ。


「……承知いたしました。今までお世話になりました」


私はもう一度深く頭を下げ、踵を返した。

背後で殿下が「待て! 泣いて縋らないのか!?」と叫んでいるのが聞こえたけれど、私の耳には届かない。


私の頭の中は、これからの「スローライフ計画」でいっぱいだったのだから。


          ◇


実家であるロウ侯爵家に戻ると、すでに荷物はまとめられていた。

父も母も「勤勉」を絵に描いたような人々だ。

居眠りばかりの娘は、出世の妨げでしかなかったらしい。


「二度と敷居を跨ぐな」


父の冷たい言葉と共に、私は屋敷の外へ放り出された。

手元にあるのは、わずかな手切れ金と、愛用の枕だけ。


普通なら絶望して泣き崩れる場面かもしれない。

夜風は冷たく、行き先などないのだから。


けれど、私はふふっと笑みをこぼした。


「やっと、自由になれましたぁ……」


私は愛用の枕を抱きしめた。

これは私の手作りで、中には最高級の水鳥の羽毛が詰まっている。

名前は「マシュマロ一号」。

私の唯一無二の相棒だ。


さて、これからどうするか。

当てもなく放り出されたわけではない。

私には行きたい場所があった。


「北へ行こう」


ソルネア王国の北に位置する大国、ノクス帝国。

そこは実力主義の軍事国家として恐れられているけれど、私にとっては聖地だった。

なぜなら、ノクス帝国の高地には、伝説の羊「ドリーム・シープ」が生息しているという噂があるからだ。


その羊毛で作った布団は、雲の上のような寝心地だという。

最高の寝具を作る。

それが今の私の、生きる目的だった。


私は街道を行く乗り合い馬車を拾った。

御者の男性が、怪訝な顔で私を見る。


「嬢ちゃん、こんな時間に国境越えか? 北の森は危ないぞ。最近、帝国の『狂犬皇帝』が演習でうろついてるって噂だ」


「大丈夫ですぅ。私、どこでも寝られますから」


「……会話が噛み合ってねえな」


御者さんは呆れつつも、私を荷台に乗せてくれた。

ゴトゴトと揺れる馬車のリズム。

硬い木の荷台。

決して快適とは言えない環境だ。


けれど、私にとっては揺り籠のようなもの。

私はマシュマロ一号を頭の下に敷き、ショールにくるまった。


前世では、電車の吊り革に掴まったまま寝たこともある。

それに比べれば、足を伸ばして横になれるだけ天国だ。


「おやすみなさい、世界……」


私は目を閉じる。

意識がまどろみの中へと落ちていく。


私には秘密があった。

私はただ寝ているだけではない。

睡眠中、無意識下で魔力を練り上げ、精神を安定させる特異体質。

私が勝手に名付けた「夢魔法」の使い手なのだ。


眠れば眠るほど、私の魔力は回復し、純度を増していく。

周囲の人々はそれを「怠け癖」と呼んだけれど、これは立派な修行なのだ。


馬車は夜の街道を北へと走る。

国境の森が近づくにつれて、空気は冷たく、重くなっていく。


まだ私は知らない。

その森の先で、運命の出会いが待っていることを。

そして、私の安眠への渇望が、一人の男の人生を劇的に変えてしまうことを。


深い森の奥で、何かが蠢く気配がした。

けれど、私はすでに夢の中だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
眠い中色々してる方がむしろ頑張ってる気がする!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ