第4話 残音
屋上から戻った俺とリムは、少女の家に向かった。
雨上がりの街は、朝の光に濡れ、静かに呼吸しているようだった。
「……あのぬいぐるみ、どうして屋上に?」
少女の手は小さく震え、濡れた制服が背中に張り付いていた。
「……それは……」声が途切れる。
リムが青く光った。
『……こわい……いっぱいこわい……』
俺は理解した。
――少女の心が“嘘”を隠している。
しかしリムは、微かな“残音”を読み取れる。
ぬいぐるみと少女の記憶の残り香を辿れば、真実が見えてくる。
リムを手のひらにのせ、そっとバッグに触れさせる。
金色の光が、微かに震える。
『……ここ……だれか、いる……ちょっと、こわい……』
俺は少女を安心させるように肩に手を置いた。
「大丈夫だ、誰も驚かせたりしない」
少女は小さく頷く。
そして口を開いた。
「……ぬいぐるみ、父に渡したら怒られるって思って……」
――父は過保護で、少女の失敗を許さないタイプだ。
しかしその怒りは、少女を傷つけるものではなかった。
むしろ、娘を守ろうとする愛情の裏返しだったのだ。
リムの光が青から淡い金色に変わる。
『……みなと……わかった……これ、うれしい……』
俺は少女のバッグからぬいぐるみを取り出す。
「これで、家に帰れるな」
少女は涙をこらえながら微笑む。
小さな声で、震える手をリムに向けた。
「ありがとう……助かった……」
リムが光をぱっと輝かせ、微かに震える。
『……ぼくも、うれしい……』
そして俺は気づいた。
――この小さな事件で、俺たちは初めて“誰かを救う”喜びを知ったのだ。
リムの力、そして俺の観察眼。
二人で一緒に歩く意味が、ここで生まれた。
だが屋上の黒い影は、まだ動かない。
――俺たちの小さな勝利を、じっと見下ろしていた。




