第3話 影形
雨は止み、街には淡い夜明けの光が差していた。
濡れたアスファルトが薄く光り、朝靄が小道を包む。
「さて……行くか、リム」
俺は少女の話をもとに、ぬいぐるみの手がかりがあるというマンションへ向かった。
リムは机の上で揺れながら、微かに色を変える。
青と緑が混ざる光――緊張と期待を示している。
『……ここ……匂う……さみしい……』
リムの声は小さいが、確かな意思を含んでいた。
マンションの屋上。
鉄製の手すりに触れると、リムが光を細く伸ばす。
「……リム、潜入できるか?」
『……うん!』
その瞬間、スライムは透明化して、わずかな隙間から屋上の影に潜り込んだ。
俺は息を潜めて見守る。
リムの体が光を帯びて揺れるたびに、
風で飛ばされた紙片が微かに動き、影が生き物のように見えた。
しばらくして、リムが戻ってくる。
「……あった」
掌の中で小さく震える金色の光。
ぬいぐるみの“感情の残滓”を捉えたのだ。
『……こわい……いっぱいこわい……』
それはぬいぐるみの主、少女の不安と恐怖が残った“色”だった。
「よし、落ち着け……」
俺は屋上を慎重に歩き、ぬいぐるみの隠れ場所を特定する。
影に紛れ、誰も気づかない場所。
簡単な盗難ではない――置き去り、もしくは強い意図を持っての行為だ。
リムが金色に光り、微かに震える。
『……みなと、ぼく……やった……!』
「ああ、やったな」
少女の涙と喜びを思い浮かべ、胸が熱くなる。
しかし、屋上の片隅に黒い影が微かに動いたのを俺は見逃さなかった。
リムの能力は“感情”を読み取るが、誰かの意思が混じると光が濁る。
誰か――“この街を見張っている存在”がいる。
その気配は、今後の事件を示す不穏な前兆だった。
俺は少女の笑顔を思い浮かべ、リムを抱き上げる。
「帰ろう、リム。今日はこれで仕事完了だ」
『……うん!』
だがその背後で、屋上の黒い影がじっと俺たちを見下ろしていた。
――この日、俺たちの探偵としての戦いは、初めて“影”を意識することになる。




