春の光―郵便猫ルカの配達日誌
風見の町には、いつもより冷たくて少し強い風が吹いていました。
魔法猫のルカは、その風を嫌がることもなく、元気にその中を歩いていました。商店街では、屋根の上の看板がカタカタと鳴り、木々はざわめいているようでした。
ルカには、毎朝の日課があります。新しい家、掛け替わった看板——町の変化を観察して回るのです。
「おはよう、ルカ」
「おはようございます、ミレイさん」
道行く住人たちとあいさつを交わしながら、ルカは日課を終え、石畳の通りを抜けて職場の郵便局に向かいました。
郵便局の前にはポストが設置してあります。ルカがポストを開けると、今日もたくさんの郵便物が投函されていました。
封筒、はがき、巻紙——ルカは丁寧に、そして大切そうに郵便物を両手いっぱいに抱え、局内に運びました。
ルカは、はぁと暖かい息を吐き、指をこすって温めてから配達を始めました。
ルカは魔法郵便が得意でした。宛名から届け先の家を思い浮かべ、肉球をポンと押します。すると手紙は、光の鳥や蝶の姿になりふわりと飛んでいくのです。
風はまだ強く、窓ガラスをカタカタと揺らしていました。ルカはさすがに寒く、暖炉を点けようと思い、暖炉の方へ向かおうと振り返りました。
そのとき、ルカの服の裾が郵便物の山に引っかかり、何通か手紙を落としてしまいました。
「あっ、ごめんなさい」
ルカは、手紙の差出人がそこにいるかのように自然と謝りながら、しゃがみ込みました。一通一通、丁寧に拾い上げていきます。最後の一通を拾い上げ、ふと目を落とすと、そこには小さな封筒が落ちていることに気づきました。
宛名もとても小さい字だったので、ルカはどこかに飛んでいかないように、そっと手のひらに乗せてデスクまで運び、引き出しから虫眼鏡を取り出しました。
宛名には「春の光へ」と書かれていました。
潰さないように気を付けながら丁寧に裏を返すと、差出人には「ノア」と書かれていました。
ノアは、町の広場の近くにある大きな栗の木に、夫のレンと暮らしています。ノアはお腹が大きく、出産を控えているようで、レンと仲睦まじく幸せそうにしていた様子を少し前に見かけたばかりでした。
どこか暖かで、そして悲しげな宛名を、ルカは不思議に思い、そして困ってしまいました。これでは、正確に手紙を届けることができません。
ルカはノアに話を聞きに行こうと、小さな手紙を失くさないように郵便バッグへ入れ、郵便局を後にしました。
ルカは、広場の近くにある栗の木までやってきました。
根元の近くにあるコブをコンコンと叩きます。すると、高いところからひょこっとリスが顔を出し、スルスルと木を降りてきました。夫のレンです。
「ルカくん、こんにちは。どうしたんだい?」
「レンさん、こんにちは、今日はノアさんにお話があって来ました」
「奥さんなら、ミナさんの店へ買い物に行っていてね、すぐ戻ってくると思うよ」
話しているうちにノアが帰ってきました。
「ルカくん、いらっしゃい」
「ノアさん、こんにちは、寒い日が続きますが、体調はいかがですか」
「えぇ、ありがとう、今日は調子がいいの」
そう言って微笑む彼女は、どこか弱々しく感じられました。
「今日は、こちらの手紙についてお聞きしようと思って来ました」
ルカは郵便バッグからあの小さな手紙を取り出し、ノアに差し出しました。
手紙を見たノアは、とても悲しげでした。
「座って話しましょうか」
そう言って、ノアは広場のベンチにルカを促しました。
後からレンがやってきて、ノアにブランケットを掛けています。ノアはレンに「ありがとう」と小さく伝え、ふたりで微笑みあっている姿を見て、ルカはとても心が温かくなりました。
「あのね、レンにも聞いてほしいの」
ノアはうつむいたまま、しばらく黙っていました。広場に冷たい風が吹き抜けました。やがてノアは、一度大きく息を吐いてから静かに口を開きました。
「実は、私ずっと前から病気を抱えていてね。
普段は普通に生活できていたんだけど、お医者様にお産の時、命の危険があるかもしれないって言われて……。
だから元気なうちに、生まれてくる子どもたちに手紙を書いたの。ルカくんなら、きっと届けてくれると思って。
来年の春、子どもたちが大人になる頃、風が教えてくれるわ。そうしたら届けてね」
ルカは、こんなに悲しい話を聞くとは思わなかったので、びっくりしてすぐには返事を返すことができませんでした。
少し不安げなノアの顔を見て、しっかり返事をしなければと思い、背筋を伸ばして言いました。
「この手紙は、僕が責任をもって預かります」
ノアは、ほっとしたようでした。
レンも初めて聞いたのでしょう。呆然とノアを見つめていました。一筋の涙を流しながら。
少しずつ春の足音が近づいてきた頃、ルカの元にもノアが無事に出産したとの知らせが舞い込んできました。
しかし、花々が蕾をほころばせる頃に、ノアは虹の向こうへ旅立ちました。
鮮やかな色で彩られた町は、ひっそりと静まり返っていました。
お別れをしに栗の木へ行くと、とても幸せそうだったとレンが話してくれました。
帰り道に、ルカは郵便局に寄りました。そのまま家に帰るには胸の奥がまだざわついていました。
椅子に腰を落とすと、引き出しに大切にしまっていたノアからの手紙を取り出しました。そして、小さな宛名をそっとなぞり、また引き出しに大切に、大切にしまいました。
それから、一周季節が巡って、また暖かな季節がやってきました。
その日は、風見の町をやわらかな春の光が優しく包み、とても穏やかな朝でした。
いつもの日課を終え、郵便局へやってきたルカに、どこか懐かしく暖かな風が吹きました。その風は、ノアの周りをくるくると回ると、やがてどこかへ去っていきました。
「約束の日だ……」
そう感じたルカは急いで引き出しから手紙を取り出して、郵便バッグへそっと入れました。
この手紙は、得意な郵便魔法ではなく、自分の手で渡したいと思いました。
郵便局から出ると、また暖かな風がルカの背中を押しました。




