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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

光取引

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うん、日の沈むのが早くなってきたことが実感できるようになってきたな。秋の日はつるべ落とし、というけれども、毎年どんどんと夜が身近に感じられる時期といえよう。

 自然、日照時間も短くなっていくというわけで。科学の進んだ昨今ならばまだしも、貴重な火種に頼ることの多かった昔にとって、脅威の時間の伸長といえるだろう。

 身を守らなくてはいけない時間が長くなる。その安全の確保は人類の工夫の賜物ではあるが、ときには自分たちを上回る力の持ち主に頼りたくなることもあろう。特に、自分たちにとっての異常がつきまとってくるようなときにはな……。

 ひとつ、夜に対する昔話を聞いてみないか?


 むかしむかしのとある地域。

 そこでは秋の気配がしてくると、真っ昼間から火を焚くことが多くなったのだとか。

 お盆とか、陽のあるうちから火を焚くことはままあるし、冬になれば焚き火をする機会も増えてくるだろう。それがところどころ燭台によるかがり火を焚いて、あたかも戦のさなかの陣中のごとき様相を呈すると、外から来た初見の者は「ん?」と思う。

 奥ゆかしさも育まれがちな風土の日本だと、あえて触れずにいることが暗黙の了解だったりするが、中には理由をたずねてみた者もいたらしい。

 すると、これは「光取引である」と住民たちは答えたという。


「日中、我々が受けられる陽の光は限られている。夏は非常に長いが、収穫が終わってよりの時期は驚くほどに短く、それに伴って寒さも危険も増す。

 その心身にとって厳しい時期を乗り越えんがために、こうして熱あまるときより、火をくわえて捧げ、神への温情を期待するのだ」


 収穫した作物の中から、特にできの良いものを感謝のしるしとして神にささげる。古今東西でしばしば見受けられる風習かと思う。ささげるという行為に対して、神よりの厚意期待する、というのはいささか俗よりな考えかもしれないが、それだけ重要視された問題だったともいえよう。

 光と熱にあふれる時期にありながら、そこへ更に焚火による光熱をくわえ、ささげものとする。これが功を結んだか否かは、結果によって示されるものだ。不幸がないことのほうがありがたいものには違いない、というのはもどかしいものだがね。


 例年通り、光取引を終えたその年の冬場のことだった。

 稲を刈り取るのを境にして、かの地域はぐっと冷え込む。もとより、冬にはちょくちょく震えるような日が訪れることもあったが、今年は格別。いくら重ね着をしたとしても、どこからか鳥肌を立てる寒さが忍び込んでくる……そのように気味の悪さを感じさせたという。

 おのおのの家で囲炉裏に火をくべることもしてみる。確かにその場にいるときは暖かいが、かえってそこから離れることが難しくなってしまった。

 暖かい風呂なり、温泉なりに入ってしまうと、しばしばこのような思いをすることがあるが、この冬においては別格。火から離れた端から肌という肌がたちまちあかぎれを引き起こし、皮膚へどんどんとひびが走っては血がにじんでいく、というありさまだったとか。


 これはただ自然のもたらすものにあらず。よからぬもののイタズラに違いない。

 そう悟るや、村長の命によって村民たちがかがり火の用意をする。夏場に村の各所へ設けられたかがり火は適当ではなく、計算の上で設置されていたものだ。

 その位置を反転させる。上から見た場合にちょうど点対称へなるように、きっちりとはかった位置へ用意するのだとか。その後、合図によって一斉に火をつける。

 話によると、つけられた火は風もないのに、先端はそろって北へ向けてなびく様子を見せ、火の粉を飛ばし流していったそうな。


 ささげていたときとは、反転させた位置へ火を設ける。これは逆に神様へ乞うことを示すもの。すなわち、神様からの力を借りようと考えたものだ。

 火を焚き始めたばかりのころは、例の異状は村の中へうずくまり続けている。火を用意している間も、村民たちの肌は割れ続けていた。

 凍傷に至った者はいなかったとされるも、身に着けているものは肌からの出血により、花が咲いたと思うほど赤々と濡れそぼっていたとされているな。


 それが火をともしてから、半刻あまり経ったころ。

 火のたなびき続けていた北の方角より、「暖気」が訪れたとされる。これは肌で感じるもののみならず、はっきりと視認できるものだったと伝わっているな。

 いわく、「それは春であった。かなたに唐突に現れた春は、そこにあるべき緑豊かな木々や葉、生き生きと色を放つ土たちの様子を映し出していた。にわかに冬が消え去ったかのように思えた。

 しかし、徐々に版図を広げると見えていた春だが、また遠くより消え去っていった、春がこちらへ近づくのに対し、遠方はまた枯れた樹木、褪せた土色へ戻っていく。やがて村に春が及ぶが、遠方はまたかつての冬へ戻ってしまっていた」とのこと。

 長さに限りのある筒のような格好で、春の景色と気候をもたらす暖気が村へ近づき、包み込んだ。その領域に入らないものは、冬のままで「いさせられた」とのことだな。

 この間、村の土や木々にも季節外れの生気が戻っていたとされる。


 暖気のとどまりは、月が一巡するまで続き、それが去った後には冬が戻ってきていた。

 しかし、火元から離れればたちまち体を苛めるような寒気に襲われることはなく、例年通りの暮らしに落ち着くことができたという。

 これが光取引による恩恵と信じられ、かの村とその近辺の集落たちは、やがて戦乱に巻き込まれて風習が塗りつぶされて姿を消してしまうまでの間、取引を入念に心掛けていたという。

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