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ジュエリーレイン

作者: 西順

 太陽は失われた。


 地球温暖化の影響で太陽が見えなくなって早30年。偉い学者たちの言うように、二酸化炭素などの温室効果ガスによって、地球は雲に覆われ、地上から見上げても太陽は隠れてしまった。━━とはならなかった。


 確かに温室効果ガスの影響で、地球から夏以外の季節は失われたが、見上げても鈍色の雲しかない。などと言う事態は起こらなかった。代わりに起こったのは、空の虹色現象だ。


 まるで地球全体がシャボン玉に包まれたかのように、見上げる空は薄い七色の膜に包まれたかのように歪んでいる。


 この歪みのせいで太陽が視認出来なくなった。と偉い学者たちは騒いだが、そんなものは日々を生きるのに特に意味がない。空が虹色になっただけで、季節が夏だけになっただけで、世の中は通常運転を続けている。


 ただ、この虹色現象で困ったのは、空から降ってくる雨の性質が変わった事だ。今までのような水の雨ではなく、空の色を反映したかのような輝く宝石のような雨が振るようになったのだ。


 ある日にはルビーのように赤い雨が、ある日にはエメラルドのように緑色の雨が、またある日には琥珀のような黄色い雨が、サファイアのような青い雨が、ガーネットのように橙色の雨が、アメジストのように紫色の雨が、地球温暖化の影響で雨が降り易くなった為に、ほぼ毎日、スコールのようにざっと降るようになった。これには学者たちも訳が分からないと首を捻ったが、もっと困ったのは一般市民たちだ。


 何せ宝石の雨だ。まず痛い。大きさは雨粒程度なので、チクチクする程度の痛さなのだが、やはり気持ち良いものではない。農家も困った。宝石に降られては、農作物に影響が出るのは当然。農地をビニールハウスで覆うのは必須となった。たまにビニールを突き破って宝石の雨が降ってくるので、そのうちに、ビニールではなく、水族館などで使われるアクリル樹脂製の透明ガラスの屋根に置き換わった。


 そんなに宝石の雨が降りまくっては、宝石商もお手上げかと言えば、そうでもない。宝石の雨は不思議な事に、地面に落ちると溶けてしまうのだ。そんなところはこれまでの水の雨と同じな為に、偉い学者たちはこれにも首を捻ったが、一般市民たちの感想は、地面が宝石でジャリジャリにならなくて良い。と思う程度。実際、宝石の雨が溶けなければ、1年降り続けただけで、家は宝石の雨粒に埋もれるとの見解を偉い学者たちは訴えていた。


 ◯◯◯◯.✕✕.△△


「行ってきまーす」


「傘忘れないでよ?」


「はーい」


 僕は玄関の傘立てから傘を一本取り出すと、学校に向けて歩き出した。それが現代の光景ってやつだ。透明な雨が降っていた時代を知らない僕からしたら、傘を常備しないと言うのも不思議だ。普通の傘以外にも、ランドセルの中には折り畳み傘が常備されているし、学校に置き傘もある。それが日常だ。


「うわっ! ここで降ってくるのかよ!」


 もう少しで学校に辿り着く。と言うところでルビー色の雨に降られて、傘を開くのが面倒だった僕は、ダッシュで校舎に駆け込む。


(ちょっと濡れたか)


 宝石の雨は、濡れた直後はその宝石の色に濡れた箇所を染めるが、それも乾けば透明になるので、ちょっとサイケデリックな見た目になったからと言って、特段気にする事でもない。


「? 何しているの?」


 教室に入ると、まだ雨が降っている中、窓を開けて何やらやっている友達が目に入った。


「ん〜? 雨集め」


「雨集め?」


 友達はこちらを振り返る事なく、雨に向かって手を差し出している。友達の言動が気になった僕は、机にランドセルを置くと、その足で友達の下へ向かった。


 いつの間にか雨はルビーからサファイアに代わっており、時折エメラルドも含まれている。そんな外の様子を横目に、後ろから友達の方を覗くと、手に透明なコップを持っており、何か透明なものに満たされたそのコップに雨粒が当たると、その中に宝石の雨粒が沈殿していくのが見て取れた。


「え? すご!」


 雨は宝石に似ているが実際の宝石とは違い、水に近い性質だ。硬い雨も、何かに当たれば溶けて水のように広がり、蒸発して乾けば、消えてなくなる。そう思っていた常識が、目の前で覆される様は、純粋に不思議で、とても興味を惹かれる光景だった。


「どうなっているの?」


 好奇心が抑えられず、堪らず友達に尋ねる。


「うん? コップを油で満たしているだけだよ。ほら、水と油は反発するものだろう? だったら、油に当たっても混ざらないんじゃないかと思っただけ」


「思っただけ……って」


 友達は日々漫然と生きている僕と違って、時折突拍子もない事をする人だったけれど、彼にとってはこれもそんな行動の一環でしかないらしい。


「凄い……! こうやって雨粒として結晶化していると、雨も綺麗だね」


「う〜ん」


 僕が様々な色で魅せる雨粒の感想を述べても、友達的には、綺麗かどうかは関係ないようだ。何とも気のない返事を僕に返すと、友達は雨粒で半分程満たされたコップを持って、教室から出ていく。僕がその後を付いて行くと、廊下の流し台まで来た友達は、コップの中身を流し台にぶち撒けた。


「ああ……。やっぱり、油から乖離すると、溶けちゃうね」


 友達の後ろからその光景に目をやれば、確かに、流し台にぶち撒けられた雨粒たちは、今まさに溶けてドロドロになって、排水溝に消えていくところだ。


「雨粒をそのままの状態で留めたいの?」


「雨粒を雨粒の状態で観察したいんだよ。顕微鏡で覗いても、べちゃっとしていて、すぐに蒸発しちゃうし、宝石の雨がどんなものなのか、もっと別の角度から見てみたかったんだ」


 成程なあ。僕はそんな事を考えた事もなかったので、友達が日常の疑問を、『そんなもの』とだけで終わらせず、疑問を解き明かそうとする姿に感銘を受けていた。だから、何か助けになりたい。と思ったのだけれど、日々漫然と生きている僕に、様々な日々の疑問と向き合っている友達に、アドバイスなんて出来る訳もなく、一緒になってどうやって雨粒を観察するか悩むのだが、当たり前の事しか浮かばない。


「油に沈殿している状態で冷凍庫なんかで凍らせたら、雨粒が凍って別角度から雨粒を観察出来るんじゃないかなあ?」


 僕が何気なく口にした言葉に、衝撃を受けたような顔をする友達。どうやら、どうやって雨粒を雨粒のまま集めるかに拘り過ぎて、こんな普通の事を考えつかなかったようだ。


 ◯◯◯◯.✕✕.△△


 そんな事を思い出したのは、それから10年後の事だった。中学から私立受験で別の学校に通うようになった友達との関係は薄れていき、その後も日々を漫然と生きていた僕の下に、その友達から連絡が来たのだ。


 何でも友達はその後も雨粒に魅了され続けていたらしく、中学、高校、大学と、理系のクラブで宝石の雨粒の研究を続け、遂に宝石の雨粒から、宝石成分を分離させる事に成功したのだそうだ。


 どうやってそれを成功したのか、友達は長々と説明してくれたのだが、文系を選んだ僕には専門用語満載の友達の説明は全く理解出来ず、何とか聞き取れたのは、この宝石成分の分離で、友達が何かの賞を受賞したと言う事だけだった。


「そっか。おめでとう」


 訳が分からないまま、僕は友達にそのように告げる事しか出来なかった。


 後日、様々なメディアで友達の雨からの宝石成分分離のニュースを目にするようになった。何でも、これによって何故今の地球がこのような環境となっているのか、その真実への糸口となる大発見であったらしく、メディアが騒ぐからか、僕の周囲でもその話題が良く上がる。


 話題には上がるが、地球がこんなになってから生まれた僕たち一般市民には、地球がこんなになった真実が解明されたところで、世界がひっくり返るような事が起こるとは思えず、きっと一般市民の生活に変わりはないのだろう。と漫然と生きていく通常運転の未来へのレールだけが、薄ぼんやりと続いていると皆が感じていたのだった。


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