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第十三章:孤立と芽吹き

羽田空港に降り立った榊原鷹彦は、すでにその足元を軋ませる冷えに気づいた。

表向きは拘束もなければ取材陣もいない。しかし、政府高官たちは誰一人迎えに現れず、テレビ画面には彼の帰国を報じるニュースすら流れなかった。

所属していた政策勉強会のグループチャットには、彼の名前が次第に消えていった。

議員でも記者でもない“思想家”として帰国した彼を待っていたのは、圧倒的な「無視」だった。


国会内では、自民・立民を問わず非公式に“黙殺”という名の共謀が進行していた。

榊原の演説や講演草稿は“国家観の逸脱”としてレッテルを貼られ、保守系論壇誌には「売国的思想」の見出しが踊った。

経団連、新聞社、テレビ局は一致して“榊原排除”を選び、政策論争ではなく、政策無視──国家としての「圧」として扱われた。

まるで戦後の学生運動対策と同じ手順で、思想は言論空間から封じられていった。


海藤仁は、その“排除”という流れに逆らうため、必死に走り回った。

手には榊原の講演草稿──その原点とも言える思想の原典が握られていた。


彼は学術誌・論壇誌・ウェブメディア・有力ブロガー・大学の研究会・若手官僚の勉強会……ありとあらゆる出口を探して語ろうとした。

しかし、返ってきたのは同じ答えだった。


「面白いけど、今は掲載できない」

「社内がつぶされる」

「スポンサーが引いてしまう」

ある大学助教授はこう呟いた。


「未来から見れば革命的だろうが、今は未成熟すぎる」


海藤は暗い部屋で原稿を見つめながらつぶやいた。


「真の理解者は、どこにいるのか……」


だが、その暗闇の中に、ひとすじの光が差し始めた。

20代の大学自治会の代表が匿名で連絡してきたのだ。


「愛国を笑っていた自分に気づかされた」

「売国ではなく“再建”の思想だ」


この声が、海藤の胸に静かな希望を灯した。


SNSでは、匿名のユーザーたちが講演内容を分割・要約しながら拡散し始めた。

「占領」ではなく「治療」「再設計」──彼らは言葉に強く共鳴していた。


特に反応が目立ったのは、若手経営者、フリーランス、地方在住の中堅層──届かず詰まっていた声が届いた瞬間だった。


ある若手弁護士は自身のブログにこう記していた。


「これは禁忌ではない。むしろ、見なかったふりをしてきた核心ではないか」

「いったん主権を預け、国家を再起動するという選択肢──これは処方箋なのでは?」


草稿の断片が人々の思考の結晶となり、言葉が静かに解き放たれていった。


公安庁警備局第四課では、「思想監視」から「思想理解」に揺らぎが始まっていた。


中堅署員の白石弘貴は「排除」の方向に進む一方、

新人分析官・高村遼は異なる意見を上司に提出した。


「榊原は国家を壊そうとしているのではなく、国家を更新しようとしているのではないか」

「硬直した国家制度が、国民を支えられなくなるとき、“制度そのもの”に手をつける思想も、検討に値するはずです」


白石は冷笑した。


「君は公安官ではなく評論家でもやってろ」


それでも高村はあきらめなかった。

彼は草稿の要約を仲間に配り、公安内部で小さな“読書会”を開いたのだ。

そこには「思想」と「国家」の原理が、静かに交差していた。


───現在


「俺は、社会の無関心と向き合うためにここにいると思っていたが、違っていた」

海藤はそう語った。


「問題は“同調”の方だった。思想に触れても、拒絶するだけの社会。

 俺たちの中にも、公安にも、本当は息苦しさを感じていた人々がいた」


彼は深く息を吸った。


「草の根の動きが少しずつ、でも確実に芽吹いていた。

 あのとき誰かが手を差し伸べたように、国家の壁にもひびが入り始めた」


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