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第十一章:思想は監視される

孤立する思想 —公安監視対象となった男


榊原鷹彦は帰国直後、国内のメディアが彼のアメリカ講演を歪曲し、センセーショナルな見出しを躍らせた。新聞は「主権放棄を肯定」「アメリカへの従属宣言」「売国的思考」と煽り、公共放送からワイドショーまで迅速に反応した。その背後で、公安部・警備局第四課──通称「公安四課」が動き出していた。


当時流出した組織内部文書には、こう明記されていた。


監視対象指定候補

氏名:榊原鷹彦

前職:国会議員秘書

公言した構想:国家の一部主権を外国に“貸与”する

判定:現行憲法及び主権統一性を破壊する可能性。社会不安を誘発し、極端思想の疑いあり。


主張は伝統的な過激思想とは異なり、曖昧さがあるからこそ公安は危険視し、監視対象に指定する判断を下した。


公安の圧力はまさに“にじり寄り”だった。出版関係者や海藤に近しい者の間では、次々と異変が起こり始めた。


•海藤の自宅前に、白いクラウンの尾行車が停車。

•出版社に「榊原関連資料の提供者」として確認の照会。

•編集会議の場で急遽、「このテーマは扱えない」と発言。

•海藤と関係が深かった若手記者が、社内人事で左遷された。


これには同時期に、公安の内部資料がさりげなく送られており、「関係者にも波及している」との圧迫が意図的に示されていた。


四課は巧妙な仕掛けを行った。


•公演中に質問者として紛れ込ませた不審人物。

•録音機材を備えた“ジャーナリスト”役の侵入者。

•メディアでは、連携した“保守系攻撃キャンペーン”が展開された。


ワイドショーやネット上では、次々に見出しが踊った。


•「主権を“貸す”とは戦前回帰だ」

•「GHQの再来を歓迎するとは歴史を逆行している」

•「次の国難を呼び込む男」


ネットの匿名掲示板には“売国キメラ”や“日米混合政府推進者”など過激なレッテルも貼られていった。


それでも、社会の片隅では、静かな共感も芽吹いていた。その声は匿名の言論や若手研究者・官僚から慎重に発せられ始めていた。


監視体制が始まって間もなく、数通の匿名書簡が海藤に届いた。その一通にはこう書かれていた。


「記録者よ、どうか怯まないでください。

彼の思想は確かに過激ですが——それを過激にさせたのは、変化を許さなかったこの国自身ではありませんか?」


差出人不在の書簡だったが、その筆致は海藤にとって“応答”であり、励ましとも受け取られた。


公安に名を載せられた瞬間、その名前は国家思想の“限界線”を掠めたことを意味していた。



公安による監視、出版業界の萎縮、連携した攻撃──すべては思想を党局が排除し、社会的孤立を強いる構図だった。それでも、榊原は言論を止めず、海藤はその全てを記録し続けた。


「国家とは、時に思想の牢獄となる。

その檻を壊そうとした者に、何が待っているのか──

俺は、その全てを文字として記録し続ける」


そう決意した瞬間、海藤はただの秘書ではなく、この新たな歴史の記録者としての役割を自らに課したのだった。

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