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守城の名将:袁崇煥:第4章:寧遠の章⑧

◯1627年──寧錦ねいきんの戦い


雪が降ると、北の空は静かになります。


けれど、それは嵐の前の静けさでした。

________________________________


・袁崇煥の覚悟


時は1627年。中国の明という国の北の端っこで、ある将軍がじっと空を見上げていました。


その男の名前は──袁崇煥えん・すうかん


彼は明の偉大な将軍で、ただの軍人ではありませんでした。兵たちにとっては父親のようであり、敵にとっては鋭い剣のような存在でした。


その1年前、彼は寧遠ねいえんという町で、明の敵──後金こうきんという大軍を追い返していました。


後金というのは、今の中国東北地方にいた女真じょしんという民族の国です。彼らは恐ろしいほどの勇ましさを持っていて、次々に町を攻め落としていました。


その先頭に立っていたのが、若き王──ホンタイジ。


彼は前の王、ヌルハチの息子で、まだ35歳でした。若くても、ただの若造ではありません。剣よりも頭脳で戦う男で、冷静で知恵があり、何より父親の夢を引き継いでいました。


________________________________


・寧遠と錦州の防衛


その頃、袁崇煥は、再びやってくる嵐に備えていました。


場所は寧遠の城の中。冷たい風が石垣の隙間を吹き抜け、兵たちの焚き火が小さく揺れています。


「へえ、また来るんですかい、後金のやつらが」


笑いながら入ってきたのは、副将の趙率教ちょう・そっきょうでした。この男は大きな体に大きな声、だけどどこか愛嬌があって、兵たちにも人気があります。


「ホンタイジって王さまも、まだ若いんでしょう?軍略は前の親父さんほどじゃないって聞いてますが」


その言葉に、袁崇煥の顔がわずかにゆがみました。


「…年齢ではない。あの男は、頭を使う。前より手ごわいぞ」


「うへぇ、そういうの苦手なんですよ俺。殴り合いのほうが楽でいいんだけどなあ」


趙は頭をかきながら笑ってみせました。


その横で、もう一人の副将が小さくつぶやきます。


「今度は……寧遠だけでは済まないかもしれませんぞ。ぐぅ」


名は何可綱か・かこう。無口ですが、学問にも軍略にも通じ、将軍からの信頼は厚い、しかしいつもお腹を空かせた人物です。


「…やつらの狙いは、錦州きんしゅうだ」


錦州。それは寧遠の西にある、もう一つの重要な町でした。


「両方、守るおつもりですかい?」


趙の問いに、袁は短く答えます。


「当然だ」


「うへぇ……骨どころか、すねまで折れますな……」


「我々の覚悟が示されているのだ。二正面作戦には対応できない。そう思いたいのだろう」


「うへえ。さて、どうやって戦ったものやら」


そう言いながらも、趙の瞳には緊張が走っていました。


________________________________


・戦いの幕開け


この頃、明の軍は、外には敵、内には腐敗した政治という、二つの問題を抱えていました。


それでも袁崇煥は、決してあきらめませんでした。一人ひとりの兵を信じ、城の準備をぬかりなく進めていました。


こうして、寧遠と錦州、二つの町をつなぐ防衛線が、静かに、でも着実に整えられていきました。


やがて春が来ます。


雪がとけ、地面がぬかるむその季節──ホンタイジが、ついに動き出しました。


鉄の騎馬隊の音が大地を震わせ、後金の軍が北から姿を現しました。


寧錦の戦い、ここに始まるのです。

________________________________



◯1627年――寧錦ねいきんの戦い


それは、北風が容赦なく吹き荒れる冬のことでした。 場所は万里の長城の北にある大事な場所、遼東りょうとう。その中でも、みんという国の守りの一番前線、**寧遠ねいえん**という城に、大きな戦いの火種がくすぶっていました。


時は1627年。中国の北の方から南下してきた騎馬民族「後金こうきん」の王子、ホンタイジが、自ら軍隊を率いて再び寧遠の地に迫っていました。


________________________________


・袁崇煥の布陣


一方、迎え撃つ明の将軍は──袁崇煥えん・すうかん。 彼は広東かんとんの出身で、本当は役人の道を進んでいましたが、戦の才能を見込まれて将軍に選ばれた人物でした。以前は、ホンタイジの父である偉大な王・ヌルハチを追い返したこともある名将です。


鋭く引き締まった目に、冷静で落ち着いた表情。まるで氷のように静かですが、その胸の奥では民を守る熱い正義が燃えていました。


「……来たな、ホンタイジ。この地は渡さぬぞ」


袁崇煥は、寧遠の城壁の上から風にたなびく黒髪を押さえ、低くつぶやきました。


この戦いでの明側の総大将は以下の通りです。


寧遠:袁崇煥えん・すうかん

錦州:祖大寿そ・だいじゅ


後金側の総大将はホンタイジでした。


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・完璧な備え


「で、でも……こ、これは、包囲されてるってことでは……!?ひぃいい……」


そんな中で震える者もいましたが、袁崇煥の冷静な声がその者を一喝します。


「黙れ。包囲されているのは奴らの方だ」


実は袁崇煥、すでに後金軍の動きを読んでいました。 寧遠と錦州の間には伏兵を潜ませ、後金軍が攻め込めば、左右から挟み撃ちにできるように布陣を整えていたのです。


兵たちには十分な冬服と火器を支給。民の避難も進め、食料などの補給も完璧でした。どこをとっても、準備に抜かりはありません。


ちょう副将、“煙幕”の準備はどうだ?」


「へへっ、任せてくだせぇ!鼻毛が凍るようなバケモン煙、仕込んでおきましたぜ!」


満面の笑みで答えたのは趙率教ちょう・そっきょう。彼は陽気なお調子者ながら、爆薬や火器の扱いでは右に出る者がいません。軍のムードメーカーでもあります。


________________________________


・激しい攻防


そして、決戦の火蓋が切られたのは正午。 後金軍の騎馬隊が寧遠に向けて突撃してきました。


しかし、その先に待っていたのは――地獄のような罠でした。


山腹から転がり落ちる大きな石、伏兵による奇襲、そして火縄銃の一斉射撃。 後金軍の隊列は乱れ、混乱の中に引きずり込まれていきます。


「ホンタイジ様!明の兵たち、まともに戦わせてくれません!あっちもこっちも罠ばっかりで!」


部下の声に、ホンタイジは眉をひそめましたが、焦る様子はありません。


「……慌てるな。あの男は、堅い。こちらも地道に崩していくまでだ」


そう答えるその目には、若さの奥にベテランの将軍のような冷静さと計算が光っていました。


しかし、どれほど後金軍が攻めても、寧遠の防衛線はびくともしません。 さらに背後の錦州にも明の援軍が到着し、後金軍は二重の包囲に近い状態に陥ります。


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・希望の灯


一週間が過ぎると、戦線はにらみ合いのまま動きがなくなりました。 雪が降り、寒さが兵士たちのやる気を削る中、両軍は動きを止めていました。


そんなある夜のこと。 焚き火の前で袁崇煥が、ぽつりつぶやきました。


「……戦はな、剣の速さではない。意志の強さで勝つのだ」


「し、痺れますぅう……!それ、刺さります、将軍!」


趙率教が、ほろりと目を潤ませて感動します。 苦しい戦いの中でも、彼らの心は不思議と明るく保たれていました。


そして――ついに、ホンタイジが軍を引きました。


大きな勝敗こそつきませんでしたが、この戦いで明軍は寧遠と錦州という二つの要塞を守り抜いたのです。


それは、勢いを失いつつあった明王朝にとって、確かな「希望の灯」となりました。

________________________________



◯1627年


1627年──寧錦ねいきんの戦い──晩夏


静まり返った草原に、かすかな風が吹きました。戦いの終わりは、いつだって不思議な静けさを連れてくるものです。


袁崇煥えん・すうかんは、寧遠ねいえんの城壁に背中を預け、そっと空を仰ぎました。


彼は広東かんとん出身の将軍で、もともとは役人の道を目指していました。しかし、国の危機を前に筆を捨て、剣を手にしました。鋼のような強い意志を持ち、冷たくも燃えるような正義感を胸に、みんという国を守るため、毎日自分を厳しく律し続けていました。


「──閣下、守り切りましたぞ」


低く、そして確かな声が背後から響きました。


振り返ると、そこに立っていたのは副将の趙率教ちょう・そっきょう。彼は面白いおじさんで、大きな体に大きな声、だけどどこか愛嬌があって、兵たちにも人気がある人物でした。


後金こうきんの連中、確かに退いた。我らの守り、見くびっていたか……いや、策を見誤ったか」


崇煥は帽子を押さえ、短く答えました。


「勝ったのではない。生き延びただけだ」


「それでも、敵の主力を退けたのは事実。我らの勝利には違いありません。──**ホンタイジ(ほん・たいじ)**の攻め、侮れないものがありましたが」


________________________________


・ホンタイジの屈辱


後金。女真族じょしんぞくによって建てられた国で、今や明を脅かす最大の敵です。 前年に、寧遠を攻めて敗れたヌルハチが亡くなり、その息子・ホンタイジが軍の指揮を引き継ぎました。


まだ35歳ですが、ベテランの将軍のような戦い方を見せます。父親に勝るとも劣らない野心家であり、頭の切れる将軍です。


今回の戦いでも、明軍の食料の運び道を断ったり、偽装撤退や奇襲を仕掛けたりと、あらゆる手を尽くしてきました。


「寧遠と錦州。あの二つの城を守りきれたのは、ただの幸運ではない」と趙率教は、いつも通り明るい口調で続けました。


「崇煥殿の戦略と、兵の心が一つだった証拠です」


崇煥は何も言わずに、城門の外を見渡しました。 焼けた草原に、まだ煙が立ちのぼっています。 敵は去りました。しかし、目を閉じても、その気配が消えることはありません。


「趙、俺たちはまだ半分しか戦ってない。やつらはまた来る。必ず来る」


「ええ──ならば我々もまた、迎え撃つのみ」


遠く、兵舎から笑い声が聞こえました。 血と火薬の匂いの中にいても、人は笑えるものです。 生きているからこそです。


「それでこそだな。──この城の価値は、石ではない。人だ」


「はい。人こそが、国を支えます」


夜の風が、二人の頬を撫でていきます。 遠く星が瞬き、静かな時間が流れました。


それでも、確かなことが一つありました。 ──希望は、まだこの地にありました。 ──明には、まだ「人」がいたのです。


そしてその「人」を守るために、袁崇煥は再び剣を取るのでした。

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