守城の名将:袁崇煥:第4章:寧遠の章③
◯1626年:寧遠の夜明け――袁崇煥、炎に誓う
寧遠の街は、まるで静けさに包まれているかのように見えました。しかし、いまやその静けさは、戦が始まる前の静けさに過ぎませんでした。袁崇煥は、城壁の上からその風景を冷静に見つめていました。彼の目には、迫る敵の軍勢が映っていましたが、そこには焦りも、慌てた様子もありませんでした。無駄な動きは、命取りになることを知っていたからです。
「いよいよだな。」 彼は低い声で呟きました。 その言葉に、部下の一人である満桂が、やや焦り気味に声を上げました。彼はハイテンションで破天荒な性格です。 「将軍、このままでは…後金の軍勢に囲まれるのでは!? うぉ~~!やばいっすよ!」 袁崇煥は、にやりと笑みを浮かべました。 「囲まれることはない。だが、彼らがどう動くか、見届ける時だ。」 その言葉には、確かな自信が込められていました。
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・火蓋が切られる
その時、遠くから大きな音が響きました。 後金の軍が到着し、寧遠の周りにキャンプを張ったのです。ヌルハチ(ぬるはち)の指揮の下、彼らは城壁を見上げ、攻撃の準備を整えていました。しかし、明軍の大砲が一発、また一発と火を噴くたびに、その影が後金軍の間を走りました。
「なんだ? この大きな音は? 明軍の新しい武器か? これでは馬が驚いて前に進めない。」 「引け、引け!」 その命令に従い、後金軍は一度退却せざるを得ませんでした。しかし、ヌルハチはすぐに攻撃を再開する決断を下しました。
「うーん、射程を見誤ったな。多少、犠牲を出してしまった。」 ヌルハチは不満そうに声を漏らしました。
「しかし、動き続ける我が騎兵隊に砲弾は当てられないだろう。」ヌルハチは騎兵隊による陽動を行います。大砲の砲弾の消耗を狙ったのです。
「南西角だ。そこが最も弱い。」 彼はその後、攻撃の指示を出しました。大砲の死角発見!その場所を攻めるのが、最も効果的だと見極めたからです。
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・激しい攻防
戦闘が始まると、明軍の大砲は再び火を噴き、後金軍の騎兵隊にたくさんの死者を出しました。しかし、ヌルハチは動じませんでした。彼は冷静に戦いの状況を分析し、再び計画を練り直します。
一方、袁崇煥は、城壁の上で部隊の動きを指揮していました。 「奴らは騎兵で圧力をかけるつもりだ。」 彼は、すぐに祖大寿に向かって指示を出しました。祖大寿は皮肉屋のベテラン将軍です。 「火力支援を強化しろ。馬を驚かせて、騎兵隊を釘付けにしてやる。」 祖大寿は一瞬戸惑いましたが、すぐに動き出しました。 「わかりました、将軍! でも、あの後金軍の馬たち、早すぎて狙いがつけられませんぜ。まあ、何発か当たればいいんですけどね。」 その言葉に、袁崇煥は冷徹に答えました。 「一度でもあたればいい。馬がおびえて止まった時がチャンスだ。火力で全てを潰す。」
城を攻めるための道具である攻城兵器を使い始めた後金軍は、弓兵による支援を受けつつ、さらに攻撃を強化しました。しかし、袁崇煥はその攻撃を予見していました。
「有毒爆弾を使え。奴らの進撃を遅らせろ。」
爆発音とともに、後金軍の最前線が一時的に崩れました。その瞬間、城を攻めるための車である攻城車が、櫓や城壁から矢や火薬を浴びて、無惨にも打ち倒されました。
しかし、後金軍は諦めませんでした。彼らは攻撃を続けます。しかし、明軍が事前に仕掛けた硝石の列が火を吹き、城壁に囲まれた寧遠の周りに炎の防御柵が巡らされました。
「うっ…なんだ、あれは?」 後金軍のダイシャン(だいしゃん)が驚きの声を上げました。炎が空を覆い、進むのを邪魔する巨大な壁となって立ちはだかりました。
その時、ホンタイジ(ほんたいじ)が言いました。 「こりゃ、火を吐く暴れ竜だ。撤退するしかないな。」
しかし、ヌルハチ(ぬるはち)は一瞬ため息をついた後、冷静に答えました。
「引くわけにはいかん。この地を落とす。」
戦いの終わりは、まだ見えません。ですが、袁崇煥は冷たい目で前方を見据え続けました。戦いの状況は、今まさに動こうとしていたのです。
◯1626年
袁崇煥は、冷徹に周囲を見渡していました。 「消耗分隊を送り出せ。」 彼の命令に、部隊の者たちは一斉に動き出しました。「消耗分隊」とは、敵の攻撃を受け止めて、敵の力を削り取ることを目的とした部隊のことです。
満桂が駆け寄り、眉をひそめて言いました。彼はハイテンションで破天荒な性格です。 「将軍、それでは…後金軍の進行を完全に止めることはできませんよ! もっと派手に行きましょう!」 袁崇煥は、冷静に答えます。 「まだだ、満桂。これで奴らをおびき寄せるのだ。」 言葉通り、袁崇煥は、敵の反応を見越してその後の展開を予測していました。消耗分隊が後金軍を引き寄せ、疲れさせる。その間に、明軍の本隊である攻城兵器(城を攻めるための道具)を片付けておけば、後金軍に決定的な隙間を与えることができると考えていたのです。
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・火炎の奇襲
その間にも、後金軍は寧遠の別の角を攻撃していました。 「来たか。」 袁崇煥は淡々と呟くと、指示を出しました。 「準備を整えろ、油と火薬を使う。奴らを引き込んで一気に叩け。」 祖大寿が駆け寄り、声を震わせながら言いました。彼は皮肉屋のベテラン将軍です。 「それは…焼夷弾ですか? いや、それより油…ずいぶん手荒な真似をしますね。さすがです。」 「やりすぎだと思うか?」 袁崇煥は冷徹に言い放ちました。その顔に、わずかな感情の変化は見られませんでした。 「後金の軍勢を減らすためだ。少しでも多くの命を救うために、手段を選ぶわけにはいかん。」
その後、攻撃は始まりました。後金軍は、再び攻城兵器を使い、力を入れて進んでいましたが、袁崇煥の指揮の下で布地に包まれた火薬と油が後金軍の最前線に投げ込まれると、怒涛のような炎が立ち上がったのです。 「これだ! ぐぅ…」 何可綱が興奮して叫び声を上げました。彼は気弱でいつも腹ペコな補給担当です。 その瞬間、火薬と油が燃え上がり、後金軍は恐怖と混乱に包まれることになりました。 「うわぁ!」 後金軍の兵士たちは、炎の中で逃げ惑い、進撃は止まりました。
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・後金軍の撤退
ヌルハチ(ぬるはち)が、目を血走らせて叫びます。
「前進しろ! 進め!」
ですが、もう遅かったのです。後金軍の戦う気持ちは砕け、進撃を続けるどころか、炎を避けるために後退せざるを得ませんでした。
「ぬう…士気が持たぬか…」
その夜、後金軍は、ようやく撤退を決断するしかありませんでした。
「撤退するぞ!」 ヌルハチの命令に従い、後金軍の兵士たちはバラバラになりながら退却を始めます。 ホンタイジが、部隊をまとめようと試みるも、もはや後金軍の戦う気持ちは完全に壊れていました。
その時、袁崇煥は、ただ静かにその様子を見つめていました。
「よし、勝った。」
そう呟いた瞬間、満桂が近づいてきました。
「将軍、無駄な戦力を使ってしまいましたが、成功しましたね! やったー!」
袁崇煥は、淡々と答えます。
「無駄ではないさ。ただ、次の準備を急ぐ。」
後金軍が退却したその夜、明軍はその戦いの成果に安心しつつも、次の戦いに向けて冷静にその準備を進めていったのでした。
◯1626年
ヌルハチ(ぬるはち)は、寒風が吹き荒れる中、戦況をじっと見つめていました。城の包囲がうまくいかず、最前線の兵士たちも疲れきっています。 「このままでは、寧遠の包囲は失敗する。」 冷たい目で、ヌルハチ(ぬるはち)はその現状を受け入れていました。しかし、彼の頭にはまだ一つの作戦がありました。 「覚華島を攻撃せよ。」 その命令は、軍の指揮官たちにすぐさま伝えられました。
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・凍結した海を渡る奇襲
覚華島は、寧遠の主な食料である穀物の貯蔵場所でした。しかし、後金は、船を持たず、水兵も弱かったため、攻撃は不可能だと信じられていました。ヌルハチも、最初はそう考えていました。しかし、この年、冬の寒さが厳しく、海水が凍り始めたことに気づくと、その可能性に目をつけました。 「凍った海を渡れるのは今だけだ。騎兵を使う。」 彼の命令で、モンゴル騎兵部隊が素早く動き出しました。
ヌルハチ(ぬるはち)の兵士たちは、冷たい風に身を震わせながら、凍りついた海を渡って覚華島に向かっていました。馬の蹄が氷を打つ音が響き渡り、部隊はまるで大きな川を渡るかのように進んでいきます。 「進め! 覚華島に着くまで止まるな!」 その声が響き、騎兵隊は一気に覚華島に迫りました。
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・油断と上陸
一方、覚華島では、明軍が守りを固めていました。しかし、彼らは後金軍の突然の攻撃(奇襲)を予測していませんでした。島の守りは、船が足りないことと水兵の訓練不足を理由に、ほとんどゆるいものでした。島の警戒を任されていた兵士たちは、凍った海を後金軍が渡ってくるなど夢にも思っていなかったのです。 「こんなところで攻撃されるわけがない。」 兵士たちはのんきに言葉を交わしていましたが、その油断が命取りとなります。
数時間後、ヌルハチの軍勢が覚華島に上陸しました。 「襲撃開始!」 ヌルハチの命令が下ると、モンゴル騎兵たちが一斉に島を駆け巡り、目の前に立ちはだかる明軍を次々に打ち倒していきました。 「死ぬな! 守れ!」 覚華島の守備兵たちは必死に立ち向かいますが、後金軍の騎兵の激しい攻撃にはかないませんでした。
数千人もの兵士が倒れ、食料である穀物の貯蔵庫も破壊されていきます。目に見える範囲で煙が立ち昇り、農作物が焼け尽きていくのを見たヌルハチは、冷たい目でその光景を眺めていました。 「食料の貯蔵庫は壊れたが、島は奪えた。」 彼は満足げに言いましたが、その声には一切満足感が見えませんでした。戦争における勝利とは、あくまで次の戦いのための準備に過ぎないと考えていたのです。
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・完全な勝利には至らず
しかし、覚華島は完全には落ちていませんでした。 「島は明の勢力下に残っている。」 明軍は必死に抵抗を続け、その結果、ヌルハチ(ぬるはち)の攻撃は完全な勝利には至りませんでした。それでも、覚華島の食料貯蔵地帯に対する支配権は、後金に一時的に渡ったのでした。




