守城の名将:袁崇煥:第4章:寧遠の章②
◯1626年 寧遠、決戦のはじまり
中国の東北地方、冷たい北風が雪を巻き上げながら吹きつける中、遼東半島の一角――寧遠の地に、ある緊迫した空気が立ちこめていました。
そこに迫るのは、北方に勢力を広げる後金の軍勢です。指揮するのは、後金の創始者にして絶対的なリーダー――ヌルハチです。
ヌルハチは、満洲族のハン(皇帝)で、かつて小さな部族にすぎなかった一族をまとめあげ、明にとって手ごわい敵となっていました。彼の眼差しは鋭く、冷たく、そして燃えるような野心を宿していました。
この日、ヌルハチは沈黙を破り、部下たちの前に姿を見せました。
「明軍が少し退いたようだな。今こそ攻めどきだ。」
その低い声に、まわりの将たち(将軍たち)が息を呑みました。
傍ら(かたわら)に控えるのは、後金に降った明の元役人、李永芳。冷静で計算高く、作戦を立てるのが得意な男です。
「敵の守りは堅いですが、我が軍の兵は十万から十三万。最低でも六万もいれば十分に勝てます。」
李永芳が、何事もないように言うと、ヌルハチは力強くうなずきました。
「ならば用意できる人数だ。うおし、出兵だ。寧遠を我が手に落とす。」
戦いに出る命令が下されました。
ですが、ヌルハチはすぐには剣を抜きません。まずは、敵の気持ちを揺さぶる作戦に出ました。寧遠を守る明軍に、一通の手紙を送ったのです。
「兵数を二十万と書け。実際より大きく見せて、敵の心を折ってやる。」
その手紙には、実際より大げさに書かれた数字が記されていました。戦わずに勝つ――それがヌルハチの狙いでした。
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・明軍の決意
手紙を受け取ったのは、寧遠の防衛を任されていた明の将軍――袁崇煥です。若くして頭角を現した優れた人物で、作戦を立てる力と度胸を兼ね備えています。
袁崇煥は、手紙に目を通すと、くすりと笑いました。
「二十万だと? そんなに集められるものか。せいぜい十三万だな。」
傍らには、猛将の満桂が立っていました。ハイテンションで破天荒な性格の満桂は、戦場で何度も袁崇煥とともに戦ってきた信頼の部下です。
「返事をどうしますか、殿? オレなら『かかってこいやー!』って書いちゃいますね!」
「もちろん、書いてやるさ。『こちらは降伏などせぬ』と、はっきりな。」
さらに、明軍のもう一人の守将、祖大寿がにやりと笑いました。皮肉屋のベテラン将軍です。
「むしろ二十万もいるなら好都合だ。奴らの密集陣形、砲撃でまとめて吹き飛ばせますね。まあ、本当に二十万もいるのかどうかは疑わしいですがね。」
袁崇煥はその言葉にうなずきつつ、冷静に口を開きました。
「籠城戦では騎兵の利はない。敵は城壁に殺到してくるだろう。我らの大砲で迎え撃つ。」
そうして書かれた返書には、明軍の決意が込められていました。
「我らは死すとも降伏せず。寧遠はびくともせぬ。」
数日後、その返書を受け取ったヌルハチは、無言のまま内容を読みました。やがて、ふっと目を細め、つぶやきました。
「降伏せぬか。だが、予想通りだ。ならば力で奪うまでよ。」
このようにして、寧遠の戦いの火ぶたは、ゆっくりと切られようとしていました。
北風が吹きすさぶ中で、二つの運命が静かに、だが確実に、ぶつかろうとしていたのです。
◯西暦1626年:天啓六年
寧遠の風、袁崇煥の決意
明という国の東北、遼東地方。その最前線にある大切な場所、寧遠。そこは広い草原と険しい山々に囲まれ、異民族・後金の軍勢と激しくぶつかり合う最前線の砦でした。
冷たい風が寧遠の城壁を吹き抜ける中、一人の将軍が静かに立っていました。
その名は、袁崇煥。
役人の家に生まれながら武術にも詳しく、冷徹な戦い方と落ち着いた判断で名を上げた守りの将軍です。彼が守るこの寧遠に、なんと十万を超える後金の大軍が迫っていました。率いるのはヌルハチ、女真族の英雄であり、後の清という国を作る男です。
「敵が来るぞ――だが、俺たちは負けない。」
袁崇煥の声が、集まった将士たちの耳にずしりと響きました。
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・集まる将軍たち
集まったのは、たくさんの戦いを経験してきた猛者たちです――
まず、遊撃将軍の満桂。雲南出身の荒々しい将軍で、誰よりも勇敢です。ハイテンションで破天荒な性格で、ちょっとしたことで笑ってしまう癖があります。
さらに、補給作戦を立てるのが得意な何可綱。彼は気弱でいつもお腹が空いている補給担当です。
そして、背が高く痩せている、長身痩躯弓の名手で、たくさんの戦いを経験してきた将軍である祖大寿。彼は皮肉屋でもあります。
「袁殿、これだけの数の敵が押し寄せてきたら、どう戦いますか? まさか、じっと耐えて何もしないとか言わないですよな?」
祖大寿が、あえて皮肉を込めて聞きました。
袁崇煥は、まるで風を切る刃のような目で前を見据えたまま、静かに答えました。
「敵を密集させ、射程に誘い込む。あとは大砲で一掃する。――予定通りだ。」
このときすでに、彼は紅夷砲という新しい西洋式の大砲をたくさん置いていました。後金の馬に乗った軍団は、大砲の餌食になる運命だったのです。
ですが、それでも兵士の数では圧倒的に劣っていました。
だからこそ――彼は皆に言い放ちました。
「だが、ただ戦うのではない。死ぬ覚悟を持て。命は、今ここで定まる。」
風が止まったように、空気が張りつめました。
趙率教が、こくりとうなずき、顔を引き締めます。何可綱は黙って刀を抜き、満桂が力強く言いました。
「将軍、必ずお守りします! 死ぬ気で頑張りますよ!ひやっほ~い!」
その眼差しは、炎のように燃えていました。
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・必死即生、幸生即死
袁崇煥は、仲間一人ひとりの顔を見て、最後に口を開きました。
「昔の教えにある――『必死則生、幸生則死』。」
「死ぬ覚悟で戦えば、生き残れる。だが、命を惜しめば、かえって死ぬという意味だ。」
その言葉に、祖大寿は思わず眉をひそめました。
「袁殿、それってつまり……『死ぬつもりで戦えば勝てる』ってことですか? なんだか無茶苦茶ですね。」
「その通りだ。」
きっぱりと、袁崇煥は言いました。
「お前が命を懸けねば、誰が民を守る? 誰が仲間を救う?」
その真っ直ぐな言葉に、満桂が笑いました。
「さすが将軍。俺も死ぬ覚悟で、一歩踏み出しますよ! イェーイ!」
その言葉に、祖大寿がにやりと返します。
「お前が死んだら、俺の飯は誰が作る? 俺が戦うのは、お前の料理を食うためだぞ! まあ、その前に敵を蹴散らすがな。」
「な、な、なんと! 意外なるも、嬉しいお言葉!」と何可綱が応えます。
わずかに笑いが広がりますが、それは覚悟を固めた者だけが持てる、心の余裕でもありました。
袁崇煥は、そんな仲間たちを見回して、最後に言いました。
「よし、出陣だ。命を惜しむな。覚悟なき者には、この戦いは勝てぬ。」
その声に、全員がうなずきました。
戦はすぐそこまで迫っています。ですが、この城の空気には、不思議な静けさと、そして揺るがぬ決意が満ちていました。
◯1626年:寧遠の夜明け――袁崇煥、炎に誓う
それは、秋の風が冷たく吹きつける頃――。 寧遠の町は、煙に包まれていました。
空には黒い雲が垂れ込め、地上では炎が踊っています。人々の暮らしていた家々が、容赦なく焼かれていました。ですが、それは敵に焼かれたわけではありません。味方が、自分たちの手で焼いたのです。
「……全てを、焼け。」
そう命じたのは、明の将軍・袁崇煥。 清に改まる前の後金――今でいう満洲の部族たち――が攻めてくるその時を前に、彼は町ごと火の海にしたのです。
「後金の者どもが、この地に何も得ずに帰るように。残すものなど、何もいらん。」
燃えさかる煙の中で、彼の目はまっすぐに北を睨んでいました。
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・城を守るための工夫
袁崇煥は広東出身の武将。沈着冷静、ですが心の奥には熱い志を秘めた男でした。彼が守っていたのは、遼東の入り口――寧遠という城です。
この城を落とされれば、明の領土はたちまち後金に踏みにじられます。だから、袁崇煥は覚悟を決めていました。
彼は城壁の上を歩き、部下たちに静かに命じました。
「硝石を、壁の基礎に埋めろ。」
硝石とは火薬の材料です。敵が攻めて来ても、壁を簡単に壊させないための工夫でした。
さらに、彼は城に新しい兵器を据え付けていました。それは、紅夷大砲――ポルトガル式の巨大な大砲です。西洋から伝わったその大砲は、敵の軍勢を一撃で粉々にできると噂されていました。
「この砲で、奴らの度肝を抜いてやる。」
福建から呼び寄せた優秀な狙撃手たちが、静かに銃口を構えていました。風の中でも微動だにせず、まるで彫像のようでした。
「福建に赴任して働いた俺が、福建の狙撃手に命運をゆだねる。つくづく、俺は福建に縁があるらしい。」
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・夜の誓い
夜になると、町にはひとときの静けさが訪れました。 ですが、それは嵐の前の静けさにすぎません。
袁崇煥は城壁を歩きながら、兵士たちの様子を確かめていきました。兵士たちは彼の姿を見ると、思わず背筋を正しました。
「将軍!」 一人が声をかけると、袁崇煥は振り返り、にやりと笑いました。
「明日から、いよいよ後金との戦いだ。」 「だが、恐れることはない。死を覚悟すれば、命などいくらでも動かせる。」
そう言って彼は、兵士たちと固く握手を交わしました。 その手は、熱かったのです。
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・将軍たちの会話
その場には、他にも勇敢な将軍たちが集まっていました。 ひとりは満桂――気さくで明るい性格ですが、戦場では勇ましく勇敢な将軍です。彼はハイテンションで破天荒な性格で、ちょっとしたことで笑ってしまう癖があります。
もう一人は祖大寿――たくさんの戦いを経験してきた将軍で、少し皮肉屋ですが、腕は確かです。
そして、無口でまじめな何可綱もいました。彼は気弱でいつもお腹が空いている補給担当です。
「袁将軍、明日の戦、勝てますかね? 俺、勝てる気がしてきちゃいましたよ!」と、満桂が気楽な口調で聞きました。
袁崇煥は静かに答えました。
「勝つために、ここにいる。」
その目は、冗談を受け付けない真剣そのものでした。
「でもなあ、後金の奴ら、大砲の音を聞いてすぐ逃げ出すんじゃないか? それではつまらんですな。」と、祖大寿が言えば、
何可綱が口元に笑みを浮かべて返しました。
「ヌルハチが率いる以上、やつらは逃げません。安心してください、祖大寿殿。それにしても、お腹が空いてきました……ぐぅ……。」
彼らの会話には、戦を前にした高揚感がありました。 ですが、油断ではありませんでした。彼らは心の底から、この戦に賭けていたのです。
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・決意の夜明け
その夜、城内には厳しい命令が次々と下されました。 脱走兵には容赦しないこと。山海関――遼東の玄関口――の警備も強化されました。
もはや、退くことは許されません。
袁崇煥は、最後に静かにこうつぶやきました。
「かわいそうだが逃げ出すものに情けはかけられん。」 「……明日だ。」
そして、彼の手は再び剣の柄を握ります。
「命を懸けて、この戦を挑む。」
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寧遠の空が明るみ始めました。 その時、風の中に戦の気配が満ちていました。
そして、東から太陽が昇ります。
寧遠の戦いは、ここから始まるのです。




