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守城の名将:袁崇煥:第2章:宿敵の章④

◯1585年――復讐の炎が燃え上がる


・ヌルハチの怒りの始まり


今からおよそ440年くらい前、中国の東北地方にヌルハチという若者がいました。彼はまだ25歳で、小さな部族のリーダーでした。


ある冬の日、ヌルハチは雪の積もる丘に立っていました。彼の心には、燃えるような怒りがこみ上げていました。


「おじいさま、お父さん…私はこのままでは終われない!」


彼の祖父のギョチャンガは、昔、中国の明という国に忠実に仕えていた人でした。しかし、たった2年前、明の軍隊が出した戦いの最中に、ギョチャンガは何も悪いことをしていないのに殺されてしまったのです。


________________________________


・裏切り者のニカン・ワイラン


なぜそんなことになったのでしょうか?


実は、明の将軍が、ヌルハチの祖父の親戚がいた「グレ城」という場所を攻めたときのことでした。ヌルハチの祖父と父親は、城の中にいる親戚を説得するために城に入っていました。


ところが、その時、同じ女真族のニカン・ワイランという男が、明の軍隊に協力して城を攻撃しました。その混乱の中で、なんとヌルハチの祖父と父親も殺されてしまったのです。


ニカン・ワイランは、昔、ヌルハチの家族と仲間だと誓い合った仲でした。でも、自分の身を守るために明に協力し、ヌルハチの大切な家族を見殺しにしたのです。


「ニカン、裏切ったのか…俺たちを、祖父と父を売ったのか!」


この出来事があってから、ヌルハチの胸の中には、ニカン・ワイランへの復讐の気持ちが燃え続けていました。


________________________________


・それから数日後。


ヌルハチは、たった13着の鎧と数十人の兵士しか持っていませんでしたが、氷が張った川を割って進みました。目指すは、裏切り者のニカン・ワイランが住むトゥルン城です。


家来の一人が「兵士が少なすぎます、ヌルハチさま!」と心配そうに言いました。


しかし、ヌルハチはきっぱりと答えました。 「それでも行くんだ。俺が立ち上がらなければ、誰が女真族を一つにまとめるんだ?」


トゥルン城を攻め落としたとき、ニカン・ワイランはもう逃げ出していました。


________________________________


次にヌルハチが目指したのは、ニカン・ワイランと親戚関係にあるノミナが治める「サルフ城」でした。


ノミナは、最初ヌルハチに協力するように見せかけました。でも、実は夜中にこっそりニカン・ワイランと連絡を取り合っていたのです。


ヌルハチはまたもや罠にはまりそうになりました。でも、彼は決して引き下がりませんでした。裏切りを知ったヌルハチは、ついにノミナを倒し、サルフ城を自分のものにしました。


「これで、おじい様と父上の無念を少しだけ晴らせた…」


しかし、ヌルハチの復讐はまだ終わりではありません。心の中には、まだニカン・ワイランへの怒りがくすぶっていたのです。



◯1587年


・新しい城と新たな戦い


今からおよそ430年くらい前、1587年の寒い冬のことです。中国の東北地方に、ヌルハチという男が、新しい城を築きました。ヌルハチは、以前に祖父と父親を殺され、それから10年以上も、復讐と女真族を一つにまとめるために戦い続けてきた、若いリーダーでした。


「さあ、ここからだ。みんな、俺についてきてくれ!」


ヌルハチの目はまっすぐに仲間たちを見ていて、その声には強い決意がこめられていました。


この年、ヌルハチは、女真族の南にいたジェチェン部という部族の土地へ攻め込みました。敵は山の上にある砦にいましたが、そこを守っていたのはアルタイという勇敢な将軍でした。でも、ヌルハチが本当に狙っていたのは、城の頑丈さではなく、敵の兵士たちの心だったのです。


________________________________


・戦場でのトラブルとヌルハチの行動


戦いの途中で、思いがけないトラブルが起きました。兵士たちが、戦いで手に入れたものをどう分けるかで大声で言い争い始めたのです。


「おい、どうなってるんだ、あの取り分の話は!」 「ふざけるな、お前だけ多く持ち帰るつもりか!」


「…またか。こんな時に」


ヌルハチは、あきれたようにため息をつき、鎧を掴んで争っている場所へ駆けつけました。


「静かにしろ!」


彼の声は、まるで鉄を叩くかのように冷たく響き渡りました。


「大事なのは戦利品じゃない。命を守って、家族の元に帰ることだ」


しかし、問題はこれだけでは終わりませんでした。兵士たちの士気が乱れている間に、敵の軍隊が反撃を仕掛け、ヌルハチのいとこが危ない状況になってしまったのです。


「無駄な争いはやめろ。兄貴が来たぞ!」


ヌルハチは、まだ鎧をきちんと着ていないのに飛び出し、いとこの元へ駆けつけました。敵の矢が彼の肩をかすめましたが、ひるまずに進み、弓を引いて敵の将軍ニングチンのおでこに矢を放ちました。いとこは助けられ、砦はヌルハチのものとなりました。


「ふん、なんとか勝てたか」


血に濡れた戦利品を拾いながら、ヌルハチは低い声でつぶやきました。


その勢いのまま、彼は渾河こんがという川のそばにいた渾河部のバルダ城を攻め、勝利を手にしました。


________________________________


・新しい家族と仲間たち


この頃、ヌルハチは周りの部族との結婚を通して、自分たちの力を強めていました。彼が結婚したのは、フルガン部という部族のリーダーの娘、アミンという女性でした。この結婚はただの政治的な結婚ではありませんでした。アミンはとても賢く、人々の気持ちに寄り添う優しい心を持っていました。


「これで、さらに強力な仲間を手に入れたな」


ヌルハチはアミンの手を取ると、まっすぐに見つめて笑いました。その目に、アミンも静かに微笑み返しました。


________________________________


・広がる仲間たち


やがて、ヌルハチのもとには、次々と他の部族が味方になってやってくるようになりました。


最初に加わったのは、スワン部のリーダー、フョンドンという人でした。スワン部は、高い山の中に住む狩りの得意な部族で、とても独立心が強い小さな部族でした。しかし、フョンドンは早くからヌルハチの才能に注目していました。


「私たちが間違った道を選ばないためには、強い者と一緒に行くしかない」


彼はそう言って、ヌルハチに従いました。


次に現れたのは、ドンゴ部のホホリという人です。ドンゴ部は、川の近くに広がる土地に住む漁師の部族で、川と共に生きる賢い一族でした。ホホリは経験豊かな平和を望むリーダーで、戦いよりも穏やかな暮らしを願っていました。


「私たちは長い間静かに暮らしてきましたが…時代が変わるのなら、それに合わせるしかありません」


そうしてホホリも、ヌルハチの旗のもとに加わりました。


そして最後に加わったのが、ヤルグ部のフルハンという人です。ヤルグ部は、広い草原に暮らす馬に乗るのが得意な部族で、女真族の中でも特に勇敢でした。フルハンはまさにその代表のような強い男で、傷を誇りに思うような戦士でした。


「俺が従うのは、強い者、ただ一人だけだ」


彼の言葉に偽りはなく、そのままヌルハチの軍に加わりました。


________________________________


・強くなる国と明への視線


ヌルハチの勢力が大きくなるにつれて、彼の元には商人たちもたくさん集まるようになりました。中国の明という国との貿易も、これまでにないほど盛んになりました。鉄の道具、絹、塩など、さまざまな豊かさが集まり、小さな部族は次第に国のような形を作り始めていました。


「明がどう動くか、楽しみだな」


そうつぶやくヌルハチの視線の先には、遠く離れた明の都、北京がありました。彼は、明との関係がどうなるか、考えていたのでしょうね。



________________________________


◯1593年:大きな戦い「九部族連合との戦い」


今からおよそ430年くらい前、1593年の夏のことです。イェへ部という部族のナリムブルというリーダーが、どんどん強くなるヌルハチを危険だと感じていました。そこで彼は、周りの女真族の部族たちに呼びかけ、大きな「連合軍(協力して戦う軍隊)」を作ったのです。その軍隊には、フルン部を中心に、九つの部族が集まりました。彼らが狙っていたのは、ただ一つ、ヌルハチが拠点にしている「マンジュ」という場所でした。


「フルン部か…これは厄介なことになりそうだな」


ヌルハチは静かにそうつぶやき、馬に乗りました。


ヌルハチの軍は、敵を迎え撃つ兵士がたったの100人しかいませんでした。でも、ヌルハチは一つの作戦を立てて、戦場へと向かいました。


霧が深い谷間を通り抜け、夜中にこっそり敵の横から攻撃を仕掛けました。矢は風のように飛び、刀は月の光を切り裂いて舞いました。連合軍は大混乱になり、やがてヌルハチの軍に囲まれてしまいました。


「ここで決着をつけるぞ」


ヌルハチの声が響きわたり、勝負はたった一夜で決まりました。


この戦いで勝ったことで、女真族の他の部族たちは震え上がり、次々とヌルハチに「あなたの言う通りにします」と申し出てきました。中国の明という国も、ついにヌルハチを無視できなくなり、「竜虎将軍りゅうこしょうぐん」という高い位の称号を与えて、彼の勢いを抑えようとしました。


「将軍か。…ならば、将軍としての道を進むとしよう」


ヌルハチは静かにその称号を受け取り、さらに遠くを見据えていました。彼の戦いは、まだ終わっていなかったのです。



◯1616年:新しい国「後金」の誕生


それからしばらく経った1616年の春、ヌルハチは遼東地方の「ヘトゥアラ」という場所で、自分を「ハン(汗)」と宣言しました。これは、国の王様になったという意味です。


この時、彼は若い頃に味わったつらい経験や、残念な死を遂げた祖父や父の仇を胸に、強い決意を抱いていました。


ヌルハチの見た目は飾り気がなく、声は低く、落ち着いた雰囲気がありました。しかし、その目の奥には、激しい情熱が燃えていました。彼の目は、すでに遠い未来を見つめていたのです。


「…ついに、始める時が来たな」


低く絞り出すようなその声に、そばにいたエルデニとガガイという二人の大切な家来は、歩みを止めました。


エルデニは、ヌルハチに忠実な家来で、役所の仕事や文書の整理などを任される、穏やかな役人タイプの人でした。


一方、ガガイは戦いが得意で、若い兵士たちをまとめる強い将軍でした。二人はそれぞれ違う性格でしたが、ヌルハチのリーダーシップのもとで協力し合ってきた仲間でした。


「リーダー、ついに新しい国をお作りになるのですね」


エルデニが慎重な声で尋ねました。


「そうだ」ヌルハチはうなずきました。「国の名前は金(後金/あいしん)だ。昔、私の祖先である完顔阿骨打わんやんあくだが作った女真族の国と同じ名前にする。年号は天命てんめい。これからは、私たちを支配してきた中国の漢人かんじんたちの力を打ち破り、新しい時代を切り開くのだ」


あいしん…」エルデニはその名前に込められた意味をかみしめるように、目を伏せました。


「後金」という名前は、かつて中国の北東部を支配していた「金王朝」という国をもう一度作り直すという意味がありました。女真族の子孫であることを誇りに思うヌルハチにとって、それは民族の誇りを示す大切なシンボルだったのです。


「でも、リーダー…あの、モンゴル文字を直して使うという話ですが、本当にうまくいくのでしょうか。あの文字は、どうにも難しすぎて…」


エルデニの言葉は、慎重ながらも現実的な心配でした。


昔、モンゴル帝国で使われていた文字は、女真族の言葉を書くのに向いていなくて、読み書きを覚えるのが難しかったのです。


それを聞いたガガイが、豪快に笑いました。


「エルデニ、何を言ってるんだ! ヌルハチ様が決めたことだ。難しいなら俺たちが覚えればいいだけのことだろう?」


ヌルハチは二人の様子を見て目を細め、やがて静かに話し始めました。


「ガガイの言う通りだ。でも、これはただ文字を直すだけじゃない。私たち満州人まんしゅうじんとしての誇りを残すものなのだ。新しく作る『無圏点文字むけんてんもじ』は、女真族の言葉を書き記し、私たちが独自の文化と国を作る証しとなるのだ」


この「無圏点文字」は、後に「満文まんぶん」として完成する文字です。ヌルハチの時代にはまだ試行錯誤の段階でしたが、彼の中には確かな信念がありました。


「さらに、私の軍を一つにまとめる。名前を八旗はっきとする」


「八旗」とは、後に中国を治める清という国を支えることになる軍隊と役所の仕組みです。旗の色でメンバーを分け、軍隊の活動と行政の仕事を一体化させた制度でした。


「八つの旗のもと、満州人が一丸となって動くのだ。これはただの軍隊じゃない。民族の団結のシンボルなのだ。旗を中心に家族ごと所属し、戦う時は軍隊になり、平和な時は協力し合う共同体となる。私たちの未来は、ここにあるのだ」


ガガイはその言葉に興奮し、拳を握りしめました。


「八旗…! それなら、今までのバラバラだった軍隊とはまったく違う。僕は、すごく楽しみです!」


エルデニも、真剣な顔でうなずきました。その目には、ヌルハチへの忠誠心と、未来への希望が満ちていました。


ヌルハチは静かに空を見上げ、言葉を続けました。


「これであいしんという国の基礎が築かれた。誰にも、私たちを止めることはできないだろう」


その横顔を見つめながら、エルデニはふと、口元を引き締めて目を細めました。


「さすが、リーダーですね…」


ヌルハチは少しだけ笑みを浮かべ、肩をすくめました。


「…これからが本当の戦いだ」


この言葉をきっかけに、「後金」という国では、満洲文字(無圏点文字)を作る作業と、八旗制度という軍隊の仕組みを作ることが本格的に進められました。


この二つの大きな改革こそが、後に明という国を滅ぼすほどの大きな力となる「しん」という国を支える土台となり、満州人たちの団結と勢力拡大の基礎となったのでした。

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