結晶ブドウの寒天ゼリーー体力増強効果を添えてー
「怒涛の一日だった……」
フィンが店兼自宅に帰ったのは、結局真夜中だった。
イシとアンがなかなかフィンを解放してくれなかったのだ。
「けど、お二人とも、幸せそうでしたね」
「そうだな」
エマに言われフィンは素直に頷く。
探求者同士の結婚というのはキルデアではよくあることで、ああして酒場に集まってワイワイ仲間内で祝杯を上げるのが日常らしい。
ただ、あそこまで豪華なケーキが出てくることはないということだ。
フィンは曲がりなりにも貴族家出身で、お菓子を作ってほしいと頼まれたので、それがクリームたっぷりの豪華なケーキを作ることへと繋がったのだが、いざケーキをお披露目した時には随分驚かれた。
「はりきりすぎたかな……ま、喜んでもらえたんだからいいか」
イシとアンは、この店を始めてまもない頃からの常連客だ。
キト以外誰も来なかった店にやってきて、フィンの作る菓子を美味しいといって食べてくれる。そしてフィンの腕を認め応援してくれている。そんな希少な二人なのだ。
だからフィンも二人の門出を全力で祝したかった。
作ったケーキは大幅に予算を超えていて完全に赤字なのだが、それでも構わなかった。
フィンはぐっと伸びをする。
気分はとても晴れやかだ。
「色々あったけど、いい一日だった。よぉし、それじゃあ」
「はい。では、明日の営業に向けての仕込みをしましょうか!」
「え!?」
「え!? じゃありませんよ。今日キトさんのおかげでお店にあんなにたくさんのお客さんがいらしたんですから、明日は万全の状態で迎え入れられるように今から準備しませんと」
話が耳を疑う発言にエマを二度見したが、彼女の表情は本気である。
「もう夜も遅いし、疲れてるし、明日がんばればいいんじゃないかな」
「フィンさん。人には、多少無理をしてでも頑張らないといけない時があるんです。そしてそれが今だと私は思います」
「…………」
「私も手伝いますから!」
「…………」
「あっ、その顔、さては相当お疲れですね? よぉし、私に任せてください」
エマはフィンに向けて手のひらをかざすと、止める暇もなく呪文を唱えた。
「付与魔法・体力増強、気力増強!」
フィンの体を魔法の光が包み込むと、心身ともに疲れ果てていた体に体力とやる気がみなぎってきた。
「なんか、やれる気がしてきた!」
「その調子です!」
「よし、今ならなんでも作れるぞ……! 今ある材料で明日の営業に使えそうなものというと!」
俄然やる気が沸いたフィンは、材料をゴソゴソと漁る。
エマも興味を持っているらしく、カウンターを回って厨房へと入ってきた。
「今日の感じだと、お客が店に入り切らないくらい来るよな。あんまり待たせないで、短時間でパパッと出せるものがいいんだけど」
「でしたら持ち帰りの焼き菓子にしたらどうですか?」
「小麦粉も卵も切らしてるんだよ……あっ、寒天がある。これと結晶ブドウを使ってお菓子を作ろう」
寒天を使ったお菓子作りは簡単だ。
フィンはエプロンを手に取り、紐を締める。それから酒場でもみくちゃにされたことによって乱れていた髪もキチンと縛り直した。
隣にいるエマのためにレシピの解説をする。
「まず、糸寒天を水にいれて戻している間に、結晶ブドウの下処理をする」
「結晶ブドウってこれですよね? 普通のブドウに見えますけど」
「そのままだとね。皮を剥いてごらん」
「皮が結構硬いですね……わ! すごい綺麗な実!」
「結晶ブドウは黒っぽい外皮を剥くと、中が結晶のように透き通って見える。だからこその名前なんだ」
「へぇ〜、綺麗ですね」
エマが結晶ブドウの実を明かりに透かして眺めている。
「一つ食べていいよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
エマが実を口に押し込み、頬張った。
「普通のブドウより甘くて、えぐみがない……!」
「この甘さが結晶ブドウのいいところなんだ。皮は硬いけど、錬金術の材料になるから取っておいて今度買取所に持っていくから取っといて」
「はい、わかりました」
2人で結晶ブドウの皮をひたすら剥く作業をした。
皮は硬くて剥きにくいし、手が果汁でベタベタになるし、実を潰さないよう細心の注意を払いつつの作業でなかなか骨が折れるのだが、隣のエマは全く文句を言わずむしろ楽しそうに皮剥き作業をしている。
「君、楽しそうだね」
「こういう地道な作業は得意です」
「王立研究所の研究員ってどんな仕事なんだ?」
「テーマによって色々ですけど、私は食物への魔法付与をメインに研究していたので、どんな食べ物にどんな魔法を付与したら効果上昇を見込めるのか、持続時間はどのくらいなのか等を調査していました」
「へえ……なんだか難しそうだな」
「そんなことないですよ。一度に成果が出ることはありませんけど、徐々に精度が上がっていくのでやっていて楽しいです」
「そっか。僕はどれだけ練習しても剣の腕が上がらなかったからな……」
昔のことをつい思い出しつい、自分のダメさ具合に暗くなった。
「でも、フィンさんはお菓子作りが上手じゃないですか。私は食べるのは好きですけど、作るのはあまり得意じゃなくて……だからこんなに美味しいお菓子が作れるフィンさんのことを尊敬していますよ」
「……ありがとう」
エマは満面の笑顔だった。彼女は体力も気力も付与魔法で増強していないはずなのに、未だ何の問題もなく元気そうで、おまけにこうして落ち込んだフィンを励ましてくれるくらいである。
「君は……すごいね」
「いえいえ。今も結晶ブドウを傷つけないよう皮を剥くのに必死です」
確かによく見ると、エマの手はプルプルと震えている。
「地道な作業は得意なんですけど、身体年齢が後退したせいで手が小さくなってしまって、ちょっと扱いにまだ慣れていないんです……」
「ちょっと貸して」
フィンはエマが苦戦しているブドウをひょいとつまみあげた。
「難しい時は軸にほんの少しだけナイフを当てて切り込みを入れてあげると剥きやすくなる」
「わっ、本当ですね!」
プツッと切り込みを当てると、中の果肉が顔を覗かせる。左右に皮を引っ張れば簡単に剥けるという寸法だ。
「よし、私も!」
エマにナイフを手渡すと、彼女はすぐにコツを掴んで結晶ブドウの皮を剥いていく。
こうして大量の結晶ブドウの皮むきを終えた頃には、糸寒天もすっかり柔らかくなっていた。
「よし、次に、糸寒天と水を火にかけて、かき混ぜながら煮溶かす」
店にある中で一番大きな鍋にたっぷりの水と糸寒天とを入れ、焦がさないよう気をつけながらゆっくりとかき混ぜつつ、寒天が溶けるのを待つ。
「寒天が溶けたら砂糖を加える。砂糖が溶けたら型に流し入れて、そこに結晶ブドウを入れていく」
四角い型に寒天の液を注ぎ、そこに結晶ブドウもそっと入れた。バラバラではなく、きちんと一列に並べる。
「これで固まるのを待てばいい」
「へぇ〜、きれいですね!」
結晶ブドウの紫色の実が、透明な寒天液の中に沈んできらめいている。
「固まるともっときれいになるよ」
「楽しみです! どのくらいで固まりますか?」
「そうだなぁ、冷やして三十分ってとこかな」
「なるほど。なら、これならもっとすぐに固まりますね。付与魔法・凍結!」
エマの魔法によって、即座に寒天液が固まる。フィンは首を傾げた。
「付与魔法って、こんな呪文もあるんだ? 僕が知ってるのは一時的な身体能力向上とか魔力譲渡とか……」
「結構色々あるんですよ」
キルデアにも付与魔法士はいるはずだが、総数はかなり少ない。
理由は簡単で、付与魔法士はあくまでも補助の役割しかできないので、一人で迷宮に潜るのに不向きだからだ。
同じ魔法でも、攻撃魔法や回復魔法の方が断然に需要も人気も高い。
だから魔法の才能があるなら、そうした呪文を習得する。
そんなわけでフィンが付与魔法士とまともに接したのは実はエマが初めてだった。
「そんなことより、固まったので味見してもいいですか?」
「あ、うん。そうだね」
ワクワク顔のエマに急かされ、フィンは寒天菓子を切り分けた。
結晶ブドウ一粒入りの、四角い寒天ゼリーの出来上がりだ。
「透明なゼリーの中に紫色の結晶ブドウの粒が入っていて、宝石みたいに綺麗ですね。食べるのがもったいないくらいですが……いただきます」
エマがフォークを手に、ゼリーとブドウの実を上手く切り取り、それをパクリ。
「黄金モモのコンポートよりもっと濃い感じのジューシーな甘さが、結晶ブドウの実からひしひしと溢れ出てきます! それを寒天の優しい甘さが包み込んでいて、とても美味しいです!」
「食レポうまいね」
エマはとても具体的にフィンが作ったお菓子の味を褒めてくれた。
イシとアンもフィンのお菓子を褒めてくれるけど、「美味しい!」くらいなもんだし、キトに至っては「マタタビクッキーうみゃみゃみゃ〜ん」というコメントしかもらったことがない。
それだってれっきとした褒め言葉なのだから嬉しいのだけれど、こんなにも細かく褒められると、より一層嬉しくなる。
エマは寒天ゼリーを噛み締めながら、思案げな表情を浮かべる。
「うーん、このお菓子にぴったりな付与魔法は……これです! 付与魔法・体力増強!」
「これって、さっき僕にかけてくれた魔法と一緒?」
「はい。効果は弱めにしていますけど。私の付与する体力増強魔法は食べてから丸一日効果が続くので、迷宮に潜る探求者のみなさんにピッタリかと」
「寒天ゼリーは保存が効くから、迷宮に持って行って中で食べるのもアリだな。これ一つ食べるだけで体力増強が見込めるなんて、便利すぎる」
付与魔法というのはあまり役に立たないものと思っていたが、フィンの見当違いだったのかもしれない。
「よし……なんだかノってきた。他にも何か作ろう」
「そうしましょう!」
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