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酒場の結婚式ー新郎新婦は探求者ー


 店が唐突に静かになった。

 空いた皿を洗いながら、フィンはチラリとキトに視線を送る。


「キトが僕の店を宣伝するなんて、意外だな。これまでそんなこと、したためしがなかったのに」

「そりゃ、おみゃあやる気なかったからみゃあ」


 キトはティーカップを傾けながらそう言った。隣に座るエマは漂う紅茶の香りを嗅いで首を傾げる。


「なんか、変わった香りがしますね。何のお茶ですか?」

「にぼし入り紅茶」

「なるほど、それで魚の香りが……美味しいんですか?」

「おうよ。超絶絶品だみゃあ。オイラ、この紅茶が一番好きだみゃあ」

「へえ、私も飲んでみようかな」

「やめた方がいい。味覚がおかしくなる」


 フィンは即座に制止の声をかけた。しかしエマは首を横に振る。


「何事も挑戦してみないとわからない、が私の信条です。にぼし入り紅茶、私にもください!」

「後悔しても知らないぞ……」


 フィンはしぶしぶ、にぼし入り紅茶を淹れてあげた。

 エマは香りを十分に堪能した後、カップを持ち上げ、一口。


「ぶはっ!」

「だから言ったのに……にぼし入り紅茶は獣人専用の飲み物だ」

「口の中に磯の香りが広がって、にぼしの出汁と紅茶のえぐみとが競合し合う、なかなか独特な味わいでした」

「こんなにおいしいのにみゃあ。人間って損してるみゃあ」


 優雅にティーカップからちびりちびりとにぼし入り紅茶を飲むキトに賞賛の目を送るエマ。


「私もいつか、にぼし入り紅茶を美味しく飲める大人の女になりたいです」

「おうよ、がんばりたみゃえ」

「君ってポジティブだよね」


 出会ってわずか二日だが、エマの性格はわかりつつある。彼女は確実にポジティブだ。何事もナチュラルにプラス思考へと転じることのできる、生粋の陽の気を感じる。フィンとは真逆の性格である。


「ところでフィン、そんなゆっくりしてていいのかみゃあ?」

「え?」

「酒場で結婚式。そろそろ始まる頃だみゃあ」

「しまった!!」


 洗ってる皿をそのまま放置して、フィンは冷やしておいたケーキを取り出した。


「やばい、時間が……! 超特急で運びに行こう」

「場所はどこなんですか?」

「中心部からちょっとはなれた『海洋亭』ってとこ」

「私も行きます」

「オイラも行くみゃあ。土竜のステーキ焼いてもらうんだみゃあ」


 フィンは外套を羽織ってフードを目深に被ると、昨日作っておいた三段重ねのケーキを入れた木箱を抱え、慎重に、しかしなるべく速度を出して店へと急ぐ。

 そうしてたどり着いた店は、中心部から少し離れてはいるものの、なかなかに賑わっている店。

 フィンは立ち止まり、なるべく気配を消して中へと入る。

 ギィィィと音を立てて開いた扉の中では、探求者たちが集っていて活気に満ちていた。

 中心にいるのが今夜の主役のイシとアンだ。


「お邪魔しまーす」

「なんでそんなに小声なんですか?」

「目立ちたくないから」

「あーっ、フィン、やっと来たわね! 待ちくたびれたわよ!」

「まあこっちに来て一杯やれや!」

「ひぃ!」


 フィンの希望も虚しく、主役二人にがっしり首根っこをつかまれたフィンはずるずると店の中心にひきずられていった。


「僕は頼まれていたケーキを届けに来ただけだから……!」

「これ!? 開けていい!? わぁすごい!」

「まるでお貴族様の食べるケーキだな! すげえや!」

「喜んでもらえてよかった。じゃ、僕はこれで……」

「よぉし、フィンのケーキで乾杯といこう!」

「さんせーい!」


 主役二人は既に完全に出来上がっている。

 両脇からフィンを捕まえ、全く解放する気はなさそうだった。

 グラスが集った人々の手に渡り、なみなみと黄金色のエールが注がれる。


「あたしたちの前途と! フィンの今後を祝って! 乾杯!」


 乾杯、乾杯と方々から声が聞こえてくる。

 続いてケーキが切り分けられ、酒場中の人々はその味を口々に褒め称えた。

 エマと正体を隠したキトは店の端っこでその様子を眺める。


「なんだぁ、フィンさんちゃんと仲間いるじゃないですか」

「みゃあ、数少ない仲間だみゃあ。そこにいるイシとアン、それにオイラくらいだよアイツの味方は。あとの集った連中は、ただの酔っ払いだみゃ」


 確かに酔っ払ってただただ騒いでいるだけのように見える。


「ヤベェ、土竜のステーキめっちゃうみゃあ」


 迷宮で狩ってきた土竜のステーキをはぐはぐしながらキトが言う。


「おみゃあも食うか?」

「もらっていいんですか?」

「もちろんだみゃあ。オイラは気前がいいからな」

「実はお腹がぺこぺこだったので、ありがたいです。お言葉に甘えることにします」


 ずいと皿ごと差し出された土竜のステーキをありがたくいただく。

 ステーキは冗談みたいに柔らかく、びっくりするくらい美味しかった。

 騒がしい酒場のはしっこでしばらく並んでステーキを食べる。

 半分くらいステーキがなくなったところで、キトが会話を再開した。


「あいつよぉ、めっちゃボロボロだろ?」

「確かにボロボロですね」


 エマが出会った時からなぜかフィンはボロボロだった。一体なぜだろうと思ってはいたのだが、理由は聞きそびれていた。


「イシとアンがよ、数日前に宝石イチゴを持ってフィンの店を訪れたんだみゃあ。これでケーキを作ってくれろっつって。宝石イチゴはけっこーレアな食材でだみゃあ、なかなか見つかんねえんだわ。で、そんなレア食材を使うからには、他も相応のものを使いたいつって、迷宮三十階層に青砂糖を採りに潜ったんだよ、あいつ」

「え……一人で?」

「一人でだみゃあ。ろくに使えもしねえ剣を持って、転移魔法陣に乗って」

「け、結果は……?」

「食虫植物に捕まって死にかけてたところオイラが救出したみゃあ」


 今日迷宮に潜ってわかったが、キトの強さは本物だ。

 エマは研究員という職業柄、エスカルマ近郊にある迷宮に何度か潜ったことがある。そこで出会ったことのある探求者に比べても、キトはレベルの違う強さを誇っていた。

 だいたい、特に魔法を使っている形跡もなく、「ほあー!」の掛け声と共にパンチを繰り出すと衝撃波と共に敵が吹き飛ぶのだ。理屈が全くわからないし、理解できるレベルの強さではない。

 食虫植物に食べられかけたフィンがキトに鮮やかに助け出される図をエマはありありと想像できた。


「けど、あいつ、どーしても一人で青砂糖を採りたいつうんでみゃあ。しょうがねえから見守っていたわけだみゃあ」

「どうしてそこまでして一人で採りたかったんですか?」

「イシとアンは、オイラ以外でフィンのことを馬鹿にしない初めての探求者だったからだみゃあ。きっとフィンは、そんな二人の新しい門出を祝福したくて、無茶をしやがったんだみゃあ」

「…………」

「フィンは、自分を大切にしてくれる人を大切にする。だからオイラもアイツのことを放っておけないんだみゃあ」


 中心で盛り上がっている輪をエマはそっと見た。

 フィンはイシとアンと親しそうに喋っている。ちょっと困り顔だったけれど、楽しそうだ。


「フィンさん、あんなに美味しいお菓子を作るんだから、いい人に決まってるって私も思っていました」

「おうよ。アイツはいいやつだみゃあ。おっちゃん、サバ焼酎ひとつ!」

「あいよ」

「サバ焼酎って美味しいですか?」

「この世のものとは思えない美味さだみゃあ」

「私にもサバ焼酎一つください!」

「残念ながらお子様には出せねえなあ」


 酒場の店主の返答を聞き、エマはショックを受けた。


「くっ……そういえば、体、五歳なんだった……!」

「おっちゃん、土竜のステーキおかわり!」

「ウチは海鮮専門の酒場なんだが……」

「うめーモンには肉も魚もかんけーねーんだみゃあ!」


 酒場での結婚式は夜更けまで続き、結局フィンが解放されたのは真夜中をとっくに過ぎてからのことだった。


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