黄金モモのコンポートー疲労回復魔法付与を添えてー②
「はは、お嬢ちゃん、どこのおうちのお使いだい?」
「迷子かな? 警備兵のいるところまで連れて行ってあげようか」
「悪いがお店屋さんごっこに付き合ってる暇はないんだ」
「うぐぐ……!」
迷宮都市の中心部にて客引きをするエマに対する人々の反応は、大体がこんな感じだ。
「ダメだ……こんな見た目じゃ、誰もまともにとりあってくれない」
エマは基本的にポジティブである。研究員をやっていれば長く成果が出ないことなんてザラだし、いちいち気にしていたらキリがない。
失敗したら次またがんばればいい、繰り返すうちに成果が出るーーそういう思考の持ち主である。
けれど現状のこれはちょっといただけない。
「フィンさんにあれだけの大口叩いたのに、一人もお客さんが捕まらないなんて、カッコ悪すぎる……!」
エマは頭を抱えた。
と、そこに、ぽふんと肩を叩く人物が一人。
見上げればそこには、フードを目深に被った怪しげな人物。しかしにょっきりのびた茶トラの毛並みとキラリと光るヘーゼル色の瞳のおかげでエマには誰だかすぐにわかった。
「キトさん」
「お嬢さん、お困りのようだみゃあ。まあ、座りたまえよ」
キトが手で示した噴水のヘリに二人で腰をかけた。
「どうしたんだみゃあ」
「実は、フィンさんの作ったお菓子に私の疲労回復の魔法を付与したものを作ったので、お客を呼び込もうと思ったんですけど……誰も相手にしてくれなくて」
端的に事情を話すと、キトはふむぅと肉球で顎を撫でた。
「キルデアは実力主義の都市なんだみゃあ。名前が売れれば注目されるし、無名の新人には見向きもしない……フィンの奴は、悪い意味で知られている」
「悪い意味?」
「騎士の名家のランバルド公爵家、知ってるかみゃあ?」
「はい。ハロディング王国の五大公爵家のうちの一つですよね。キルデアもランバルド公爵家の領地だと記憶しています」
「その通りだみゃあ。そんで、フィンはみゃあ、ランバルド家の長男なんだみゃあ」
「……フィンさんが……ランバルド公爵家のご子息……?」
あまりに突然の事実だ。
ランバルド公爵家といえばハロディング王国でも名高く、武勇で知られている名家。歴史も古く、建国時に時の王とともに戦場を駆け抜け、その背を守ったことでも有名だ。
「そんな名家のご子息が、なんであんなはしっこで菓子を作ってるのかっつーと、あいつは剣の才能がなくてだみゃあ。家に居られなくなって飛び出してきたんだみゃあ。んで今に至る」
「なるほど。そんな理由が……」
騎士の家系で剣の才能がないというのは、さぞかしいたたまれなかっただろう。
しかも長男とあれば、普通ならば家督を継ぐべき存在だ。
「だから、あいつはキルデア内では、才能なしの落ちこぼれとして知られてる。そこそこ人目を引く見た目をしてるから、隠れることもできない。金髪青目はここらじゃランバルド家の人にしかいない特徴だからみゃあ」
「そうでしたか……」
エマはきゅっと眉間にしわを寄せた。
「でも……それって別に、フィンさんのせいじゃないですよね」
「みゃ?」
「剣の才能がなくても、フィンさんにはあんなに美味しいお菓子を作る才能があります。私はみんなに、フィンさんの作るお菓子を食べてほしい。私、お菓子に目がないんです。エスカルマ中のお菓子を食べ歩いたけど、あんなに美味しいお菓子は初めて食べました。私が魔法付与したいお菓子はこれだ……って。だから、だから私は……諦めません!」
エマはぴょんと噴水のヘリから飛び降りると、道行く探求者に話しかける。
「あの……探求帰りですか? お疲れでしたら、ここから南に向かった城門近くにあるカフェで一休みしませんか? 疲労回復効果のある、とびきりのお菓子が出るんです!」
「なんだ? ここは子供一人でくるところじゃねえぞ」
「あうっ」
あえなく弾き飛ばされてしまった。
尻餅をついたが、それでもエマは諦めない。そんなことくらいで諦めていたら、エスカルマの王立研究所の研究員などつとまらないのだ。
立ち上がり再び違う探求者に話しかけようとした、その時。
「みゃあ。本当にこの子の話、無視していいのかみゃあ?」
「誰だぁ……って! その毛並み、その眼光の鋭さ……伝説の探求者『肉球のキト』さん!?」
「その通りだみゃあ」
キトはエマの両脇を持って立たせ、それから両肩にぽふんと手を乗せる。
「この子の言うカフェはだみゃあ、オイラもよく使ってるんだみゃあ。マジでおいしーから騙されたと思って行ってみみゃ」
「キ……キトさんが……!?」
「おうよ」
キトは自慢げに髭を引っ張りながら喋り続ける。
外套を脱ぎ払い、正体をあらわにしたキトの周囲にいつの間にか人だかりができている。
「オイラはそこの極悪マタタビクッキーがお気に入りだみゃあ。あれのおかげで伝説級の探求者にまでなれたと言っても過言ではないみゃあ」
「そんなにすごい店が、この迷宮都市にあったなんて……!」
「場所はどこですか!?」
「城門近くの路地にあるんだみゃあ。店の名前は……知らんけど。まあ探せば見つかるみゃあ」
ざっくりした説明にもかかわらず、話を聞いていた探求者たちが一斉に走り出した。
「よし、オイラたちも行くみゃあ!」
「わっ!」
キトはエマの体を抱えると、探求者たちが押し合いへし合いしながら突き進む通りは通らず、軽く体を曲げて跳躍し屋根の上まで飛び上がると、そこからたたたーっと屋根を伝ってフィンの店まで進み出した。
「わぁー、キトさんすごいんですね!」
「みゃはは、オイラにかかればこのくらいどうってことないんだみゃあ」
そのまま一団を追い抜かすと、一足先にフィンの店へと戻る。
「フィンさん、戻りました! 仕込みはどうですか?」
キトに下ろしてもらったエマがカウンターまで駆け寄ると、フィンは何やら大鍋でぐつぐつと何かを煮込んでいるようだった。
「いやぁそれが、ポカポカの実のアク抜き作業が楽しくて楽しくて」
「今日出すものは?」
「あぁ……コンポートを五人前くらい仕込んだかな」
「五人前!? 全然足りませんけど!」
「いや。これでも多すぎて余ると思うよ。夕飯後のデザートにしよう」
「おミャぁはのんきだみゃあ。この足音が聞こえんのか」
「足音……?」
「耳をすませば聞こえてくるだろう、探求者たちがこの店を探し求める足音が!」
「確かになんか大勢の走る音が聞こえるような……」
「おい! 『肉球のキト』さん御用達の店ってのはここかぁ!?」
「ひえっ」
「おう遅かったおミャぁら」
「キトさんがいる! ってことはここで間違いないな! おーい、見つけたぞ!!」
どどどど、という足音と共に探求者たちが店に詰めかけた。
狭い店内に探求者たちが一挙に押しかけたせいで、店はパンパン、破裂寸前である。
突然すぎる事態にフィンはドン引きだった。
「ひええ、なっ、何だこの状態!」
探求者たちはしきりに何かを言っている。いっぺんにしゃべるので何を言っているのか全くわからない。
「どっ、どうすれば……!」
「とりあえずお客さんですから、商品出しましょうよ」
「って言っても今日出せるのはコンポート五人前だけだけど」
フィンがまごまごしていると、エマがカウンターの前に立ち、大声を出す。
「今日はコンポート五人前しか用意がないので、先着順にします! また明日、お越しください!」
一斉にワーワーブーブーとブーイングが巻き起こる。
気の弱いフィンはこれを聞いただけですくんでしまったのだが、矢面に立っているエマはそうではないらしい。
エマとキトは五人の探求者だけを残し、残りの押し寄せてきた探求者を店の外へと締め出してしまった。
扉を閉めたキトはくるりとこちらを振り向くと、髭を引っ張りながら期待に満ちたまなざしをむける。
「さて……今日のメニューは極悪マタタビ入りコンポートだったかみゃあ?」
「いや、黄金モモのコンポートだけど……」
「正確には『黄金モモのコンポート、疲労回復付与魔法を添えて』ですよ!」
どうやら今日のメニュー名は『黄金モモのコンポート、疲労回復付与魔法を添えて』というらしい。フィンもたった今知った。
なお、この五人の冒険者は、コンポートを食べるなり「何だか体の疲れが取れた」「慢性的な肩こり腰痛がよくなった」「探索帰りとは思えない体の軽さだ」と言い、驚愕の表情を浮かべていた。
エマの疲労回復の付与魔法は効果が抜群だったようだ。
五人はいい笑顔を浮かべ、「美味しかった」「また来る」と言い残し、店を去って行ったのだった。
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