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黄金モモのコンポートー疲労回復魔法付与を添えてー①

 店に帰った二人は、早速お菓子を作るべく用意をする。

 と言っても作るのはフィンだけで、エマはカウンターの席に座ってフィンの様子を見守っていた。


「これだけ大量の材料があると圧巻だな」

「何を作るんです?」

「そうだな……」


 フィンは食材の中のひとつ、黄金色に輝くモモを手に取った。

 日の光を受けてキラリと光るこのモモは、迷宮三十階層通称「迷いの森」で採れる果物だ。

 この階層は昆虫系、植物系の魔物が大量に出る。しかも催眠ガスを吐いたり痺れ鱗粉を撒き散らしたりと、やたら状態異常を招く攻撃技を仕掛けてくる魔物が多く、並の探求者ではまず間違いなく返り討ちにあう階層だ。

 まかり間違っても、何の装備もない丸腰の人間が立ち入っていい場所ではない。

 そしてそんな階層で採れるものは何でも高値で取引される。

 黄金モモもそんな高級食材のひとつだった。


「黄金モモを使ったコンポートを作ろう」


 コンポートとは、果物を砂糖水でに詰めて作るデザートのことだ。

 ジャムよりも果物の食感や風味が残っていて、かつ糖度も低いので、そのままデザートとして食べられるし、ケーキに添えて出してもいい。

 それに、空気に触れるとすぐに変色してしまうモモの色落ちも防げる。

 使用用途が幅広いのでフィンもよく作る料理のひとつだった。

 そんなわけでフィンは黄金モモのコンポートを作り始める。


「まず、皮を剥いで半分に切る」


 黄金モモの皮と種は錬金術の素材になるため、綺麗に剥いで取っておく。あとで売れば結構なお金になるだろう。


「次に、鍋に水と砂糖を入れる」


 砂糖は先ほど迷宮に潜った時に採取できた青砂糖だ。

 ほの青い砂糖は普通の砂糖よりも上品な甘さで、貴族受けもする類のものである。

 これは迷宮三十階層「迷いの森」に生えている砂糖樹から採れるものだった。

 砂糖樹は袋状の葉の中に砂糖を蓄えていて、これで虫を誘き寄せる。

 その砂糖が絶品なので、こうしてフィンも採取してきたという寸法だ。


「沸騰したら黄金モモを鍋に入れて、レモン汁を垂らし……少し煮詰める」

「これで完成ですか?」

「うん」

「へぇぇ!」

「本当は粗熱を取って冷やした状態が一番美味しいんだけど……味見する?」

「いいんですか?」

「どうぞ」


 なし崩し的に一緒に行動を共にしているが、自分のお菓子が美味しいと言われれば悪い気はしない。

 フィンは基本的に口下手だし、あまり人付き合いが上手いほうではないので、こうして懐かれると嬉しくなってしまう。

 お皿に綺麗に盛り付けたコンポートをカウンターの上に出す。


「はいどうぞ」

「いただきます!」


 エマはナイフとフォークを手に、黄金モモのコンポートを一口サイズに切り分けると、五歳と思えぬ上品な所作で口へと運ぶ。

 途端にエマの表情がとろけた。


「んん……! まだ残るモモのシャックリした食感、それにこのとろけるような甘さ……まさに天上の味わい!」

「気に入ってもらえたようでよかった」

「はい。この味はまさに、疲れた体に効く甘み。そう、疲労回復にうってつけ。というわけで……『付与魔法エンチャント疲労回復ディストレス』」


 エマは、フィンが作って置いておいた残りのコンポートに何かの呪文をかける。


「え、ちょっと……勝手に魔法かけられると困るんだけど」

「食べてみてください」


 エマに言われ、フィンは魔法がかけられたコンポートを恐る恐る一口かじってみた。

 するとどうだろうか。

 食べた瞬間、体の中にじわりじわりと広がっていく、活力。

 迷宮五十階を探索しつつ駆け上がり、全身を蝕んでいた疲労感が一気になくなっていく。

 代わりに体中に力が漲ってきた。


「お、おぉ……? すごい! 何だか体が軽くなった!」

「私の付与魔法、疲労回復による効果です。体中の疲労感が軽減される魔法ですよ」

「へえ、付与魔法ってすごいんだな」


 迷宮都市キルデアには魔法を使える者も多数存在しているが、こんなに効果抜群の付与魔法の使い手はそうはいないだろう。

 エマは胸を張る。


「この黄金モモのコンポートのとろけるような甘さには、体力回復効果が一番合っていると判断いたしました。迷宮探索で疲れた探求者の体を癒す、とっておきの一品! 大ウケすること間違いなしです。さっそく、呼び込みに行きましょう!」

「えっ……じ、自分達からお客の呼び込みするの?」

「当たり前です。じっと待っていたらお客がくるなんて思っていたら大間違いですよ。ましてこのカフェは、こんな、迷宮都市のはしっこにあるんですから! さっ、行きましょう! いえ……フィンさんには仕込みをしてもらっていたほうがよさそうですね。私一人で行ってきます」

「えっ」


 エマは一人、言うだけ言って店から去って行った。


「ど……どうしよう。追いかけたほうがいいのだろうか」


 しかしフィンが行ったところで、一体どうなるというのか。

 そもそも迷宮都市を統治するランバルド公爵家の嫡男ということで、フィンの顔はそこそこ知られている。それも、いやな感じに。

 迷宮都市を守るという立場にありながら、剣が振れない落ちこぼれ。

 迷宮に潜っても満足な成果を上げられない、ランバルド家の、いや迷宮都市の不適合者。

 フィンに関する噂というのは概ねそんな感じだ。 


「…………!」


 外に出て人に何を言われるのかーー考えただけで足がすくみ上がる。


「いいや……どうせそんなに人も来ないだろうし。今日採れた素材の下処理と保存を済ませよう」


 この迷宮都市のはしっこで、ほそぼそ生きられればそれでいい。

 エマには悪いがフィンには大した野望も、生きる希望も持ち合わせていなかった。


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