【終話】顛末
火竜討伐から数日が経った。
迷宮都市は今日も相変わらず探求者が集い、迷宮に潜っている。
賑わいを見せる都市のはしっこに一軒のカフェがあり、そこには、ひと時の安らぎを求めて客が集っていた。
「あ〜〜〜〜〜〜ささみスカッシュが迷宮潜って疲れた体に染み渡るみゃあ。おかわり」
「焼き魚入りケーキも極上の味わいですわ」
相変わらず色モノメニューを美味しそうに食しているのはキトとケインの獣人二人だ。
エマはにこにこしながらささみスカッシュのおかわりを作っている。
「フィンさん、お二人のためにはりきってメニュー開発していたんですよ」
「新しいメニュー出せってキトがうるさかったからね」
飽きっぽいキトは同じメニューが続くと機嫌が悪くなる。おかげさまでフィンは猫獣人の好みに妙に詳しくなってしまった。
それを隣の席に座って見ているのは、フィンの弟のヴィクターだ。心なしか眼差しがキラキラとしている。
「さすが兄上、伝説級探求者の好みに合わせたものを作るとは」
「何がさすがなのかわからない」
本当にわからない。
「本来の実力を隠し、こうしてひっそりとカフェを経営し、キルデアの情報収集をしながら探求者たちを支える……とてもではないが俺にはできません。俺には剣を振る以外の能力はありませんので」
「僕もそんなことしてるつもりないんだけど……」
カフェ経営はただの現実逃避から始めたことで、高尚な理由なんてひとつもない。
剣を手に騎士を率いて魔物を屠るヴィクターの方が、よほど公爵家にふさわしい行いをしている。
「それにしてもあの時の兄上のお力は凄まじかった。やはり兄上はとんでもない力を秘めていたのですね。俺の目に狂いはなかった」
「あれは僕の力じゃなくてエマのおかげだよ」
火竜討伐した際のフィンの力は確かに目を見張るものがあったが、フィンの実力かと聞かれれば断じて違うと言い切れる。
「あれだけ能力向上山盛りにしていたら、誰だって実力以上の力が発揮できるというか……エマがすごいというか……」
「それは違いますよ」
「エマ」
「確かにあの時私はフィンさんに付与魔法てんこ盛りにしましたけど、一番効果があったのが潜在能力解放です。対象者の潜在能力を一時的に限界まで引き出すこの魔法のおかげで、フィンさんの肉体は強化され、剣戟は研ぎ澄まされていたというわけなんです」
「ということは、つまり……僕も磨けば、まだ剣の腕が上がるってこと?」
「そうなります!」
なんということだろう。
一度諦め、放棄した剣の道にまだフィンが進める可能性があったなんて。
それはまばゆく輝く一番星のように明るい希望に満ちた光だった。
流石に一朝一夕であの時の力が手に入るとは思っていないが、地道に訓練を続ければ不可能ではないということである。
「……がんばろう」
フィンは新たなる決意を口にした。
「フィンさんがやる気になったのはとてもいいことだと思いますが……これでお店がおしまいになるのは残念です」
確かに、フィンが再び剣を手に取るというのはすなわち、実家であるランバルド公爵家に帰るということを意味している。迷宮都市のはしっこでカフェを営んでいる場合ではない。
「あれ。けどそうしたら……エマの居場所がなくなるね」
現状のエマは「体は子供、心は大人」という極めて厄介な状態だ。
保護されて孤児院なんかに入れられるのは本望ではないだろうし、一人で宿に泊まれる年齢でもない。街をウロウロしていたら、出会った時のようにまた妙な人攫い連中に目をつけられるかもしれない。
「エマ、一緒にランバルド家に来る?」
「お気持ちはありがたいのですが、さすがに貴族でもないただのいち研究員の私が公爵家でご厄介になるわけにはいきません」
エマはキッパリと断った。
「でも一人にするの心配なんだけど……そもそも僕が店を辞めたらどうするつもりなんだ?」
「そうですねぇ。フィンさんのお菓子以外に魔法を付与する気はないので、当初の目的通り肉体年齢を元に戻す魔法薬を作ったら、エスカルマに戻って研究を再開しようかと思います」
「何っ。エマ嬢がいなくなるのは、迷宮都市にとってこの上もない損失……どうにかならないものか」
ヴィクターが焦った顔を見せる。
事態を黙って聞いていたキトが、ささみスカッシュのグラスをトンと置き、言った。
「オイラは反対だみゃあ」
「は?」
「フィンがやる気になったのはすげえいいことだと思うがみゃあ。でも店を完全に閉じるのには反対だみゃあ。おミャぁの作るマタタビクッキーやかつおだしコーヒーやにぼし入り紅茶が味わえなくなるのは嫌なんだみゃあ」
まさかのキトまでが反対するとは。
ともあれこうして褒められると菓子作りも継続したいと思ってしまうのは意志薄弱だろうか。
悩むこと数分。
フィンは結論を下した。
「……よし、両方やる」
「兄上、両方とは?」
「剣の修行も店もどっちもやる。どっちもやりたい」
かなり無茶だが、今のフィンはどちらか一方だけを取ることはできない。
ならばどちらもやればいいじゃないか。
無理かどうかはやってみないとわからないのだ。
「兄上、流石のご決断です。現在のキルデアには、兄上の作る菓子が必要不可欠……辞めてしまっては困る者が多数おりましょう」
ヴィクターが目を輝かせてフィンの意見に賛成をする。
「私としてもフィンさんのお店からの納品がありませんと、売り上げが下がって大いに困りますわ」
ケインは確かに商売柄、困るだろう。今や付与魔法付きの菓子は店の目玉商品となっているらしい。
「みゃみゃみゃ。その意気だみゃあ。オイラも応援するみゃあ」
キトは上機嫌に笑っている。気まぐれ感は否めないが、フィンにとっては心強い味方だ。
そしてーー。
「私も全力で支えます! がんばりましょう、フィンさん!」
満開の笑顔でそう言ってくれるエマ。
フィンの諦めた夢をすくいあげてくれたかけがえのない恩人。
彼女がいれば、なんだってできる気がするのはきっと間違いではない。
「うん。よろしく」
「もうダメだ」という言葉を吐くのは止めようと決意する。
そんな言葉を言うのは、ここまでフィンにしてくれているエマに失礼だと思うから。
数年後、見るも逞しくなったフィンは迷宮に新たに顕現した迷宮主を倒すべく騎士を率いて迷宮最下層に突入し、その隣には大量の菓子を抱えたオレンジ色の髪と緑の瞳の美少女がいたのだが、それはまた別の話である。
お読みいただきありがとうございます。
本作はこれで完結になります。
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