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迷宮都市のはしっこカフェ  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ


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トゲバナナのパウンドケーキー魔力上昇効果を添えてー

「あらあら、今回はお話を快くお受けいただき、ありがとうございます!」


 白猫の獣人ケインは、猫獣人特有のなまりを片鱗さえ見せず、流暢な商売人言葉でそう言った。

 持ち帰り商品を迷宮表通りに店を構える大商店「千のスプーン」に卸す。

 そう決めたフィンとエマは今、千のスプーンの応接室的な場所に通されていた。

 キトはいない。店内でダラダラゴロニャンとしていた。きちんと流行の服を着て背筋を伸ばして座っているケインとは雲泥の差である。


「ではさっそくですが、フィン様に卸していただきたい商品ですが、体力増強効果のある『結晶ブドウの寒天ゼリー』を百個、身体能力一時向上効果のある『ポカポカの実のクッキー』を百個、それから探求者の方々からのご要望が多い、魔力上昇効果のある保存が効くお菓子も百個、毎日納品していただけるとありがたいのですが……」


 〆て毎日三百個のお菓子を納品。

 フィンは目を剥いた。


「僕の店、僕とエマの二人でやってるので……毎日三百個は難しいかもしれません」

「左様でしたか。……どれほどの量ならば可能でしょうか?」

「そうですね。ちょっとエマとも相談させてください」


 そう言ってフィンはエマを見た。

 フィンの作るお菓子に魔法を付与するのはエマの仕事だ。彼女のキャパシティをオーバーする量のお菓子を納品することはできない。

 だから最優先に考慮すべきはエマの魔力量である。


「何個までなら魔法付与できる?」

「そこまで魔力を消費しない魔法ばかりなので、300個くらいでしたら余裕ですが……」

「ですが?」

「……毎日100個の結晶ブドウの皮を剥くのはちょっと骨が折れますね」

「確かにそうだよな……」


 皮の硬い結晶ブドウの処理も、ポカポカの実の下処理も、地味に大変な作業だ。

 魔力量云々というより、普通に菓子を作る作業に無理があった。


「五十個ずつくらいなら行ける気がする。僕が頑張ればいい話だし」


 結晶ブドウは皮むきが大変だし、ポカポカの実は下処理が要る。

 残る一つ、魔力上昇効果のあるものは今から新商品を考えなければならない。

 と考えると、五十個が妥当なところだろう。

 ケインはフィンの提案に対し、にこりと微笑んでくれた。


「では、各商品五十個ずつということで、当面の間はお願いいたしますわ」

「はい、こちらこそお願いします」


 納品価格や商品の搬入方法など、細かな条件を詰め、契約書にサインをすればこれで話は成立だ。

 ケインは契約書をヒラヒラと振る。


「こちらの契約書、魔法契約になっておりますので、もしも履行されないことがありましたら強制ペナルティが発生いたします。相互に契約を遵守し、良い関係を築けるようにいたしましょう。では、今後ともよろしくおねがいいたしますわ」


 千のスプーンの店を出て、迷宮表通りを歩く。


「いいお話がまとまってよかったですね、フィンさん」

「うん。それもこれも、全部エマのおかげだよ」

「いいえ、フィンさんのお菓子が美味しいからこそですよ。誰にでも力を貸すわけじゃないんです、私」


 こちらを見上げるエマはとても良い顔をしている。にぱっと笑うその顔は、あどけない五歳の女の子のものなのだが、その実彼女は凄腕の付与魔法士なのだ。一見しただけではそうは見えないだろう。

 なし崩し的に受け入れた存在だったけど、今ではフィンにとってかけがえのないパートナーとなっていた。


「エマがそう言ってくれるから、僕ももうちょっと頑張ってみようかな、という気持ちになれる」

「その意気です、フィンさん! っとと……」


 エマが道端のちょっとした小石に足を取られ、転びそうになった。


「大丈夫か?」

「はい。この体、なんか頭が重くって、バランスの取り方にまだ慣れてないんですよ。たまに転びそうになるんです」

「幼児体型だから……危ないから手を繋いでおこう」

「ありがとうございます」


 右手を差し出すと、エマの左手が伸びてくる。


「こうして手を繋いで歩いていると、歳の離れた兄妹みたいですね」

「確かに、見えなくもないかもな」


 むかし、フィンはこうして、実の弟と手を繋いで歩いていた気がするーー。

 夢と希望に輝いていたかつての自分を思い出し、思わず自嘲しそうになった。

 しかし隣を歩くエマの純粋な笑顔を見ていると、なんだかそんな気分も吹き飛んでいく。

 過去に思い悩んでくよくよしたって仕方がない。

 とにかく、今できることを精一杯やればいい。


「よし。帰って新作お菓子を考えるか」

「はい、そうしましょう!」

「魔力上昇効果を付与する菓子、エマはどんなものがいい? やっぱりシャーベットみたいにさっぱりしたもの?」

「そうですねぇ……果物は好きなので使ってあると嬉しいですけど、探索に持っていくなら、もっとお腹に溜まるものがいいかもしれないです」

「確かに、保存食も兼ねてるから腹持ちする菓子がいいかもな。とすると、寒天ゼリーは失敗だったか……」


 寒天ゼリーはさっぱりヘルシーなお菓子なので、腹持ちの良さとは対極に位置している。

 しかもあれにかけられている魔法は、体力増強効果なので、前衛職の探究者が食べるだろう。

 ならばますます、もっとボリュームのある菓子にすればよかったと悔やまれる。


「いえ、あれはあれで合っているんですよ」


 クヨクヨ悩み出したフィンの上に、あっけらかんとしたエマの声が降ってきた。


「……合っている?」

「体力増強効果は、むしろ後衛職にこそ必要な付与魔法です。前衛に比べてスタミナが劣る後衛職は、ともすれば迷宮内で足を引っ張りがち。そこに体力増強効果が付与された寒天ゼリーを食べれば、彼ら彼女らのスタミナは前衛に負けないほどのものとなります」

「なるほど……!」

「体力増強付与魔法は食べやすい寒天ゼリーに、魔力上昇効果は腹持ちのするお菓子にすれば、お腹いっぱいになることなくバランスもいいです」

「君は探求者じゃないのに、よくそこまで迷宮探索のことを考えられるな」

「食物への付与魔法研究は、いかに多くの人に食べてもらえるか、がテーマですから。色々考えて、自分でも迷宮に潜って得た答えなんです」


 胸を張って答えるエマ。

 どうやら彼女は本当に、食べ物へ魔法を付与する研究に情熱を注いでいるらしい。

 ならば自分も、本気でお菓子作りをしなくてはならないだろう。

 どんな材料があるか、店に帰って見てみなければ。


「急いで帰ろう」

「あんまり早く走ると、追いつけませんっ」


 エマの歩幅に合わせながら、小走りで店までの道をかけていった。



 店に帰ると、キトはいなくなっていた。気ままな性格なので、どこかをフラフラしているんだろう。


「何を作ろうか」


 フィンは材料を確認した。

 何か新しいお菓子、それも腹持ちの良いもの。といえば焼き菓子だ。

 クッキーはポカポカの実を使ったものをすでに作っているので、次は違うものにしよう。

 そう考えたところで、棘バナナを大量に保管していたことを思い出した。

 棘バナナは迷宮で採れる果物の中でもひときわ癖のあるものだ。皮に無数の棘がついているのだが、それが異常に鋭利で、落とし穴トラップの底などによく敷き詰められている。落ちたら串刺しで即死である。バナナに貫かれて死ぬなど冗談ではないが、実際そうしたトラップがあるのだから厄介極まりない。

 ただ、バナナはバナナなので、木に実っているまだ誰も殺したことのないバナナであれば、棘のある皮を剥いたら普通に美味しく食べられる。

 バナナトラップに引っかかったことのない者ならば、棘バナナは美味しい果物なのだ。

 一度でも引っかかったことのある人にとってはトラウマレベルのものであるけれども。

 そんなやや癖のある果物だが、現在フィンの店にはこの棘バナナが何房も大量にあるので使わない手はない。


「よし、棘バナナのパウンドケーキを作ろう。たくさん焼けるし、作るのも簡単だし」

「お手伝いします!」

「じゃあ、皮剥きを手伝うもらうーーのはやめておこう」


 棘バナナの棘は人体を串刺しするために発達している。薔薇の棘なんかとは比べ物にならないほどの鋭さだ。こんなものの皮剥きを、5歳の少女に依頼すべきではないだろう。皮膚がズタズタになってしまう。


「僕が皮を剥くから、バナナを潰してくれる?」

「わかりました。ですがこのバナナの皮を剥くとなると、フィンさんが怪我してしまいますね」

「革手袋嵌めるから大丈夫」

「人体を易々と貫きそうなほど尖ってますよ。手袋で防護できる代物ではないのでは?」


 エマのもっともな指摘にフィンは喉を詰まらせる。


「まあそうなんだけど、素手よりはマシだから」

「フィンさん、私にもっといい考えがありますよ。付与魔法・身体硬化エンチャント・フィジカルスティール!」


 エマの付与魔法により、フィンの両腕が光る。


「フィンさんの腕を鋼鉄以上に硬くしました。今ならそのバナナ相手でも、かすり傷ひとつ負いません」

「本当だ。棘の方が折れていく」


 フィンが手のひらで棘をゴリゴリこすると棘の方がぼきりと折れた。

 これはすごい。棘バナナの処理が楽に終わる。

 かつてないほど楽々と皮を剥き、中身をポイポイとボウルの中へとあけていった。それをエマがぐいぐいの木の匙で潰していく。


「どうしてバナナを潰してしまうんですか?」

「その方が生地に混ぜやすいから」


 バナナを生地に混ぜ込んだパウンドケーキは美味しい。砂糖控えめでバナナの甘みが際立ったそのお菓子は、女性のみならず男性でも食べやすいはずだ。

 材料はバター、卵、砂糖、牛乳、小麦粉にふくらし粉。


「まずはバターと砂糖をすり合わせ、ここに卵黄を加えてよく混ぜる。それから牛乳と、エマに潰してもらったバナナも加える。それが終わったら、卵白をよく泡立てる」


 卵白の泡立てはなかなかの重労働だが、そもそも剣術の稽古に一日を費やしていたフィンなので、できないこともない。

 高速でひたすら泡立て器をシャカシャカシャカシャカと動かし、途中で砂糖を加えつつ、卵白を泡立て続ける。

 するとどうだろう。

 透明だった卵白がみるみる白く、そしてフワフワになっていくではないか。

 エマが目を輝かせてメレンゲができる様子を見守っている。


「わぁぁ、魔法みたい……!」

「自動でできる魔導具もあるんだけど、金がなくて買えなくてね……まあ、自分でできるからいいんだけどさ」


 公爵家の厨房では起動すれば勝手に卵白を泡立ててくれる魔導具があったが、フィンの店では必要なかったので買っていない。金がなくて買えなかったという理由もある。


「生地に粉類を加えてさっくりと混ぜ、混ざったらさらにメレンゲを加えて……と」


 メレンゲも数回に分けて加えることが重要だ。 

 こうして生地が出来上がったら、型に入れてオーブンで焼けば完成だ。


「危ないから下がってて」


 オーブンに鼻先をくっつける勢いでパウンドケーキが焼ける様を見守っているエマに、フィンは苦笑混じりに言った。


「あ、すみません。つい……」


 足踏み台の上に爪先立ちになり、上半身を前のめりにしてオーブンを見ていたエマは、恥ずかしそうに後退する。

 待つこと三十分ほどしてからオーブンから取り出したパウンドケーキは、甘いバナナの香りが漂う実に美味しそうな見た目に焼きあがっていた。


「わ、美味しそう!」


 待ちきれない様子のエマのために、さっそく型から外して一切れ切り分ける。


「はい、どうぞ」

「いただきます!」


 パクリと相変わらず上品かつよい食べっぷりを見せるエマ。


「ほわぁ……このパウンドケーキは、バナナの甘みが効いていて優しい味わい……! ふわふわでなめらかな生地、いくらでも食べたくなるあと引く味! うぅーん、完璧! というわけで、付与魔法・体力増強スタミナブースト!」


 残るパウンドケーキ全てにエマの付与魔法がかけられる。


「よし。じゃあ、寒天ゼリーとポカポカの実のクッキーも作ろう」

「はい!」


 こうしてフィンは、ケインの店に納品すべく菓子を作ることになった。


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