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宝石イチゴの三段ケーキー絶望と希望を添えてー

「もうだめだ……」


 夜半過ぎの店内に、甘い香りが充満する。

 一人の青年がカウンターの中で一心不乱に何かを作っていた。

 青年の姿は控えめにいってもボロボロだ。

 ひとくくりにされた金髪の上からぐるぐると包帯を巻き、腕や胸元にも包帯が巻かれていて、顔にも青あざが目立つ。顔立ちは整っているのだが、いかんせんボコボコのため、顔の良さより傷に目がいってしまう。


「おしまいだ……どうせ僕にはなんの才能もないんだ……」


 青年はその口ぶりのネガティブさとは対照的に、手を高速で動かして、見るも鮮やかで芸術的なケーキを作り上げていた。

 カウンターの席に腰掛けている猫の獣人が呆れた声を出す。


「おミャぁの才能、菓子作りに全振りしてんじゃねえのかみゃあ」

「うううぅうう……」

「名高い騎士の家系、ランバルド公爵家の長男が剣より泡立て器持たせたほうがいい仕事するってんだから、おミャぁさんもかわいそうな奴だみゃあ」

「うううう!」


 なじられればなじられるほど、青年の手はますます素早く動き、繊細で芸術的なケーキが出来上がっていった。

 猫獣人はもふもふした腕を組み、ヘーゼル色の瞳を開いてホゥと感嘆の息を漏らした。


「迷宮で採れた宝石イチゴ。青砂糖のシャンティクリーム……三段重ねのその見事なケーキは一体誰用なんだみゃあ?」

「探求者のイシとアンさん。酒場で結婚式だって」

「探求者同士の結婚式でこんな貴族くらいしか食べないケーキを出すのか!」


 猫獣人がゲラゲラ笑うと、青年はキッと睨みつけた。


「頼まれたから全力を出しただけだ」

「おミャぁのそういう生真面目なとこが、いいところでもあり悪いところでもあるんだろうみゃあ、フィン」


 フィンと呼ばれた青年は、出来上がったばかりのケーキを眺めてため息をつく。

 憂いの色濃いため息は、超大作のケーキを仕上げた職人のそれとは程遠い。

 青年の名前はフィン・ランバルド。

 ハロディング王国の公爵家にして、迷宮都市の直轄管理を賜っているランバルド家の長男だった。


「ランバルド家といやぁ、剣の腕で右に出る者がいない名門公爵家……歴代当主は迷宮主を討伐したとか、山の上の伝説の竜を倒したとか、海の大渦を斬ったとか、そういう話に事欠かねえ。なのにおミャあは公爵家を出て迷宮都市のはしっこでコソコソ菓子作って生きてるんだからしょうもねえみゃあ」

「キト……! 僕の心の傷をえぐるのはやめてくれ」

「みゃみゃみゃ、許せ。おミャあの苦しそうな顔を見るのが好きなんだみゃあ」

「ドS獣人め……!」


 フィンがキッと睨んでも、キトはどこ吹く風である。

 もはやフィンは諦めていた。こんなんでもキトは店の常連だし、なんだかんだフィンを応援したり励ましたりしてくれる。フィンの数少ない友人だ。たぶん。こんなんでも友人に違いない。フィンの苦しむ顔を肴に酒を飲むような奴だけど。


「はぁ……もう、このマタタビクッキー持ってさっさと帰ってくれ」

「おぉ、待ってましただみゃあ!」


 キトはもふもふの腕でフィンの差し出したクッキーを掴み、掲げ上げた。


「迷宮産の極悪マタタビを練り込んだクッキー! 一口かじれば泥酔間違いなしだみゃあ!!」

「ここで食べないでくれよ」


 フィンは念を押した。迷宮産の極悪マタタビの効果は抜群だ。以前、このクッキーを食べたキトが興奮状態になり、それはもう大変だったのだ。


「食べるなら家に帰ってからにしてくれ」

「わかってるみゃあ。はいこれお代」


 雑に硬貨を投げ渡し、フィンがそれをキャッチする。

 ふんふんふーんとご機嫌にキトが去っていこうとしたその時、表がにわかに騒がしくなった。


「なんだぁ? 御用だみゃあ?」

「珍しいな……迷宮都市の中は治安がいいのに」


 バタバタバタと複数人の走る足音、叫び声、そして……店のドアがバァンと開いた。

 入ってきたのは、旅行用の外套を身に纏った、五歳くらいの少女だった。オレンジ色の髪を振り乱し、緑色の目にすがるような色を宿している。


「突然すみません、追われていて……! 助けてください!」

「追われてるだみゃあ?」

「街に入った途端、ガラの悪い人たちに追いかけられてしまったんです!」

「待ちな、お嬢ちゃん!!」


 続けて入ってきたのは、見るからにガラの悪い奴らだった。全身に刺青を入れ片手斧を持った男と、抜刀している虎の獣人の二人組だ。

 少女はカウンターの奥まで駆け抜け、カウンターの中に勝手に入り込み、フィンのそばにうずくまって身を隠す。

 侵入者に対して動いたのはキトだった。


「みゃっ!」

「うぉっ!?」


 迎撃の構えを見せたキトは、目にも止まらぬ速さでパンチを繰り出す。キトの肉球から放たれたパンチは衝撃波を伴って侵入者たちに襲い掛かり、向こうが手出しうする隙もなく撃退してしまった。

 キトはぽふんぽふんと肉球をたたき合わせて埃を払うと仁王立ちになって侵入者たちを睨め付ける。


「ふん……大方、迷宮で稼げないド三流探求者たちが人攫いに手を染めようとしたんだみゃあ」

「警備を呼ぼう」

「オイラが行くみゃあ。おみゃあさんはその子を保護しておくんだみゃあ。縄をくれ」


 フィンから受け取った縄で侵入者二人を縛り上げると、そのまま侵入者をひきずって店から出て行くキト。

 フィンはカウンター下でうずくまっていた女の子に目を向けた。


「怖かっただろう? もう大丈夫だよ。えーっと……どこの家の子かな? 名前は?」


 すると女の子はすっくと立ち上がると、フィンをしっかりと見つめた後、ペコリと頭を下げるではないか。


「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。私の名前はエマ・オベール。エスカルマから旅に出て、先ほど迷宮都市についたばかりです」


 とてもではないが五歳の女の子の発言とは思えない堂々たる態度である。

 フィンは目を白黒させた。


「え……えっと……随分と大人びてるね? それに、エスカルマって……ここから馬車で十日はかかる場所にある街の名前じゃないか」

「はい。これには深い事情があるのですが……」


 エマはここで一旦、言葉を切り、カウンターの上に未だ置かれたままの三段重ねのケーキに目をやった。


「あの……ここって食べ物屋さんですよね? お金は払うので、何か食べさせてもらえませんか。実は、お腹がペコペコで……」


 エマのお腹がキュルル〜と小さな音を立てて鳴った。可愛い音だった。


「えっと……お菓子でよかったら、あげるけど」

「お菓子! 大好きです!」

「ほんと? よかった。確かここに、クッキーとワッフルとパウンドケーキと……そういえばチーズケーキもあったな」

「すごい、たくさん!」


 エマはカウンターに並んだお菓子の数々に目を輝かせた。

 なんだか変わった子だが、小さい子が自分の作ったお菓子を見て嬉しそうにしているのを見ると、こちらまで嬉しくなってしまう。

 フィンの中のサービス精神もといお人好しな部分が顔を覗かせた。


「せっかくお店で食べるんだし、もう一工夫しようか」


 先ほど使った宝石イチゴとクリームの残りを使えば、このお菓子たちはもっと美味しくなる。

 お皿に菓子を綺麗に盛り付け、クリームを絞ってイチゴを添えた。


「はい、どうぞ。焼き菓子の盛り合わせにクリームとイチゴを添えてみたよ」

「わぁぁ……! すごい! 貴族の食べる茶菓子みたい! こ、これ、食べていいんですか?」

「もちろん、どうぞ」


 この子がいくら持ってるのか知らないが、クリームとイチゴはサービスだ。

 どうせ余っていたのだし、食べてもらえるならその方が食材たちも喜ぶだろう。


「では、いただきます」


 エマは差し出されたフォークを手に、意外にも上品な所作で菓子を食べた。


「!」


 エマの緑色の瞳が大きく見開かれる。


「おいしい……こんなに美味しいお菓子、初めて食べました……!」

「そうかい? それはよかった。お菓子を作るくらいしか僕には取り柄がないからね、褒めてもらえると嬉しいよ」

「お菓子を作るくらいしか? とんでもない! このお菓子は芸術です。こんな迷宮都市のはしっこでこんなにも美味しいお菓子を食べられるなんて、夢にも思っていませんでした。……わたし、決めました」


 エマは皿の上のお菓子を綺麗に平らげると、フォークを置き、至極真剣な顔でフィンを見る。

 その表情はどう見たって、五歳児が浮かべるようなものではない。

 例えるなら、数多の考察をし、さまざまな事例を見た研究者が浮かべる類のものだ。 

 フィンも思わず居住まいを正す。

 そしてエマは言った。


「わたし、今日から、フィンさんのところでお世話になります」

「?」


 言われたことの意味がわからず首を傾げたちょうどその時、店の扉が開いて、キトが警備兵を伴って店に戻ってきた。


+++

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