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後編〜霊峰フルルイン編〜

「クーちゃん、見えたよ!」

サザーリアから数日、干からびた大地を抜け、幾つかの集落とも呼べないほど小さな人間の生活の跡をたどり、ようやく大地に緑が見え始めた頃、小さな丘の上でアリアが嬉しそうに言った。

「あれこそが私達の目的地、霊峰フルルインだ!」

ビシッと指し示された先にあるのは標高3096メートルを誇ると言われる、この国有数の巨大な山だった。

しかし、それは俺のデータベースにあった霊峰フルルインという山とは全く違う形をしていた。

山麓から山頂に至るまでまるで虫にでも食われたかのように大小様々な穴が空き、ここからでも向こうの空の色が見て取れる。

聞いていた山の標高から考えると、一番大きなものでは直径二百キロメートル近く、小さなものでも直径十キロメートル以上のものが殆どだ。

その痕跡は余りにも正確な円を描いているため、恐らくは巨大なビーム兵器か何かの痕跡なのだろう。しかし…

「あの山、なんで崩れないんだ?」

標高3000メートルを超えるほどの山となれば、当然それ相応の力が加わる。これだけの数そして規模の大穴を開けられて山が崩壊しないはずがない。

「んん? 気になる?気になっちゃうよねぇ〜」

俺の声に反応して、アリアが口を開く。

「聞きたい?聞きたいんでしょ! じゃ〜あ〜、アリアお姉さん、教えて下さいって…あぁっ、やめて! ミシミシ言ってる! 人体から出ちゃいけない音が出てるの!」

…こいつは学習しないのだろうか?

アリアは頭を抑えながらあとちょっとでりんごさんだったよとか、女の子には暴力振るっちゃだめって教わらなかったのかなとか言っていたが、例のごとくしっかり無視していく。

「で、あれはどういうことなんだ?」

「あれはね、もともとあの山自体当時のせんりゃくきょてん?ってやつで山を全部くり抜いて中に色々詰め込んでたらしくって、山っぽく見えるのは外側だけで、中身は全部人工物なんだってー」

情報屋さんが言ってたー、とアリアは頭をすりすりしながら答える。

「あれが全部人工物か…」

「すごいよねー、あれも昔の戦争の遺産ってやつなんだってね」

終わりなんてないかのように思っていたあの戦争も今では80年以上も昔の話なのだ。

世界は滅びかけてこそいるが、この世界には戦争はない。

戦うために生み出された俺の居場所も。

「戦争の遺産、か…」

それはあの山だけじゃなくて俺自身も…

「もー、どうしたのー、クーちゃん。行こ?」

一足先に駆け出していたアリアが手を降っている。

「…あぁ、そうだな」



「これで上に行くのか?」

俺達は今霊峰フルルイン、の内部に構築された戦略拠点内を移動するためのエレベーター前に来ていた。

「うん、途中まではね。でも、頂上付近はエレベーターが壊れちゃってるらしいから、最後の方は自分の足で登らなきゃだよ」

見ると確かにエレベーターのすぐ脇にご丁寧に「F176以上侵入不可」と書かれた看板が立てかけてある。

F176とやらがこの山の一体どこら辺なのかは皆目検討もつかないが、エレベーターで頂上まで一直線というわけにはいかないようだった。

そして、それ以外にも看板には後から書き足されたのであろう字体の異なる文章でこの戦略拠点内における情報が乱雑に殴り書きされている。

「それじゃあ、はりきって〜スイッチオーン!」

「あぁ、ドアのスイッチも壊れてるからこじ開けて入ってくれだって…なにやってんだ?」

アリアは、ユニークなポーズと共に壊れたスイッチを押したまま顔を真っ赤にした状態で硬直していた。

そんなアリアをおいて俺はエレベーターのドアをこじ開ける。

エレベーターの前には恐らく先人が用いてきたのだろう少し折れ曲がった鉄の棒が転がっていたが、機械化兵にはそんなものは必要ない。

扉と扉の間に僅かに空いた隙間に指を差し込みグイッと扉を開く。

エレベーターの移動に関してはそれが本来の仕様なのか、はたまた誰かが改造したのかは不明だが、スイッチを介さずとも行えるようになっているらしく、俺が扉をこじ開けた先には、数十人は入れるだろう小部屋がしっかりと待機していた。

「ほら、行くぞ」

「う〜」

エレベーターの中は階層を選択するためのボタンがずらりと並んでおり、それらは10から20個ごとに資材エリアや研究エリア、防衛エリアというふうに目的ごとに別れているようだった。

このエレベーターで行ける最上階であるF176は航空エリアというところの丁度中間あたりのようだ。

「押していいぞ」

「う〜、クーちゃんのばか〜でもやるのがアリアさんです! それじゃあはりきって〜スイッチオーン!」

アリアがスイッチを押すと同時に俺たちが入ってきた扉がゆっくりと閉まり、エレベーターが動き始める。

振動はほとんど感じないが、壁に取り付けてあるモニタがこのエレベーターが確実に上に向かって上昇していることを告げている。

上昇のスピードを見るに目的の階層までは一分とかからなそうだった。



チーン

小気味よい音と共に扉が開く。

それと同時にエレベーター内に風が吹き込んできた。

「これは…」

「うひゃ〜、こいつは聞いてた以上だねぇ」

地上から見えていた穴の内のどれかだろう。

壁は消え失せ、床もなくなり、鉄筋が顔を出す。

ここまで聞いただけではまるで悲惨な廃墟のようにも思われるだろうが、壊れた設備やら消滅した床や壁などどうでも良くなるほどに、目の前に広がる景色は…

「綺麗だ…」

「うんうん、そうだろそうだろ」

どれも見たことのないものだった。

緑に覆われた山々に、雲の切れ間から光が指す。

湖畔が輝き、鳥の群れが空を駆ける。

あの戦場では消してみることのできなかった命の輝き。そう呼ばれるものがそこには広がっていた。

作り物のはずの心が暖かくなる。

吹き抜ける風も、目に映る景色も、この胸の高鳴りさえも心地良い。





あぁ、そうか…これがアリアが見せたかった宝物だったのか。

俺は素直にアリアにお礼を言おうと振り返り…

「アリア?」

その場に崩れ落ちる彼女を目にした。



「アリアっ! 大丈夫か! アリア!」

俺はすぐさまアリアに駆け寄った。

幸い頭を地面に打つ前に支えられた為これといった外傷は見られない。

「おー、支えてくれたんだね、ありがとクーちゃん」

「どうして急に倒れたんだよ」

「あはは、もうちょい持つかなーって思ったんだけど、だめだったみたい」

「は? だめってどういう…まさか…」

「まぁ、私もただの人間だからね」

「ドライフラワー…」

今現在人類を滅亡の危機に陥れている生物兵器。

感染力は極めて高く、一度感染すれば致死率100パーセント。治療法も症状の抑制すらできない最悪の生物兵器。

アリアの体を蝕んでいるのは正にその生物兵器なのだという。

「もー、そんな顔しないでよ」

当たり前といえば当たり前だ。アリアだってこの地上で何年も生活してきたのだ。ドライフラワーに感染していないなんて言う方がおかしな話なのだ。

そして、ドライフラワーの症状が出始めてしまったということは彼女の命はもう数十分もないということだ。

俺には…戦うためだけに作られた俺には彼女を救う術などなかった。

「ねぇ、聞いてクーちゃん」

アリアの手が俺の顔を捉える。逃さないように、そらせないように。

「人間にはね、死ぬまでに一回だけ相手になんでも言うことを聞かせられる魔法の言葉があるんだ」 

「魔法の…言葉?」

「そう、魔法の言葉。それを今から使います」


「クーちゃん、私の一生のお願い、聞いてくれる?」


いつもと変わらない顔で、これまで何度となく見せてくれたその笑顔で、アリアはからかうようにそういった。

このごにおよんで、全然笑えない冗談だったけど、なんだかアリアらしいな、と逆にしっくりきた。

「…あぁ、もちろんだ」



細い道を歩く。

山頂へと続くその道を。

「まだ生きてるか?」

「生きてる生きてる! っていうかもうすぐ死にそうな人にその聞き方はどうなの? デリカシーって言葉知ってる?」

「悪いな、生憎俺の時代にはデリカシーなんてもの必要無かったからな」

「またそんなこと言ってー、女の子にもてないよ?」

「はいはい」

アリアを背負いながら山頂への道をゆく。

アリアの一生のお願いは一緒に山頂まで連れて行ってというものだった。

「ほらよ、ついたぞ」

山頂に至る最後の一段を登り終え背中の少女に語りかける。

「おぉ~おつかれおつかれ。まぁ、乗り心地は悪くはなかったよ?」

「へいへい、そりゃ良かった…で、アリアはここで何をしたかったんだ?」

「ん〜、別に何かをしたかったってわけじゃないんだ〜」

俺は背後の声に耳を澄ませる。

死が目の前に迫っている人間のものとは思えない程穏やかな声だった。

俺はアリアを背中からおろし、座らせるとその体を支えるように隣に腰掛けた。


「だいぶ前に死んじゃったお父さんがよく言ってた。ごめんねって、こんな世界に産まれさせてしまってすまなかったって。まるで私が不幸な子供だって言うかのように」

それはそうだろう。

そう思った。滅びかけの世界、確実に死に至る病、人類の終焉のその手前。

お世辞にも幸せとは言えない。

けれど…

俺は彼女の表情を今一度確かめた。

「私はそんなことはないって証明したかったの。たとえ生まれた世界が地獄だったとしても、私には産まれた意味があったし、人生は楽しいものだし、世界は輝いているんだって絶望なんてしてやらない。最後の最後まで笑って何かを成し遂げてやる! そう思って生きてきた」

彼女にとっては産まれた場所や環境なんて関係なかったのだ。

どう生きるか、どう生きたか。

それこそが彼女にとっての幸せか不幸かを定義付けるものだったのだろう。

「本当はね、クーちゃんを修理するところまでだと思ってたの。でも、君は生きることに絶望していた」

だからアリアは俺の手を引いたのだろう。

「私はそんなの悲しいなって、君にも人生を楽しんでもらいたいって」

今なら分かる。

あの時アリアが見せた表情の意味が。

「私はね、わがままなのだからクーちゃんには命の恩人である私のお願いを聞いてもらいます」

「…一生のお願いはさっき聞いただろ」

「それとこれとは別なの」

まったく自分でいうだけあって確かにわがままだ。

けどまぁ、命を救ってもらったのは本当だ。

「お願いってなんだ」

「…生きて」

「私が、私たちが生きられなかった分生きてこの世界が美しいって確かめて」

あぁ、これは…

「ごめんね、私きっとひどいこと言ったよね」

「…いや、いいんだ。どうせ暇だからな」

「ありがとう…クーちゃん」




墓はこの山の一番景色のいい場所に立てた。

山になっているのは外見だけだと言っていたが、流石に人一人分の墓穴を掘る程度の土量はあったようだ。

「アリア、俺はそろそろ行くよ。命の恩人様のお願いをかなえなくちゃいけないからな」

アリアの残した言葉は寿命などなく自ら死ぬことすら出来ない機械化兵にとってはきっと呪いになる。

けれど、あぁ、そうだったしても。

いつか消えてしまうかもしれない祝福よりも自ら解こうとしない限りこの胸に残り続ける呪いの方がこの長旅には都合が良いだろう。

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